酒場と生活
第12回

荻窪「カッパ」の「ゾートゥー」

暮らし
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荻窪でトークイベントがあった。とにかく驚いたのは来場者の方々の熱気。中央線文化を愛するお客さんたちが驚くほど大勢ステージ前に集まって、熱心に話に耳を傾けてくれた。終了後のお楽しみといえば打ち上げ。同行の3人で荻窪駅前の飲み屋街にくりだした。多くの立ち並ぶ店のなかから、今回飛びこんだのは「カッパ」だ。

10月に「中央線文化祭」というイベントからお声がけをいただき、トークゲストのひとりとして出演させてもらった。

「ルミネ荻窪」の7階にあるグリーンテラスという屋上庭園的な場所で、地元の飲食店や商店が出店し、ステージではライブやトークが行われるという、なんだか中央線らしいイベント。僕は、旧知の仲である作家でエッセイストの古賀及子さんとフリートークをするらしい。テーマはそれぞれの得意分野である「酒場」と「日記」。それ以外の細かいことは特に決まっていないまま、出演の1時間ほど前に会場へと向かう。

荻窪駅について驚いたのは、そのイベントのでっかい看板が、改札前の柱にどーんとあったこと。そういえば数日前から複数の知人が「イベントの告知で名前を見たよ」と連絡をくれたりしていたが、みんなこれを見てくれたのかもしれない。中央線に思い入れの強い自分としては、なんだか誇らしい。

会場に着くとちょうど夕暮れの時間帯。明かりの灯り始めた街のはるか向こうに山々が見え、なんともいい雰囲気だ。お客さんもたくさん来ている。会場でビールを買い、しばらくふらふら。

やがて古賀さん、そしてありがたくも僕たちの本の物販をしにきてくださった太田出版の森山裕之さんと合流。気づけば準備中のメインステージには、僕と古賀さんの写真が巨大プリントされた立て看板が立っている。なんだか大げさだな……大丈夫なのか……と不案になりつつ、出番を待つ。まぁ、勝手知ったる仲だし、そもそも古賀さんはトークがうまい。始まってしまえば45分ほどの持ち時間は、古賀さんに日記に関するお話などを興味深く聞いていたらあっという間に過ぎてしまった。

今回のイベントでとにかく驚いたのは、来場者の方々の熱気。我々だから特別というわけではないのだろう。このイベントや中央線文化を愛するお客さんたちが、驚くほど大勢ステージ前に集まってくれて、熱心に話に耳を傾けてくれていた。終了後の物販スペースにも行列ができるほどで、嬉しい悲鳴。とてもありがたく、忘れ難い体験となった。

さて。当然トーク中も酒は飲んでいたけど、終了後のお楽しみといえば打ち上げ。3人で、荻窪駅前の飲み屋街にくりだす。トークでも名前を出した、老舗の焼鳥屋ながら北海道直送の魚介類もうまい「鳥もと」は、なんと店の外にまで行列客があふれる大にぎわい。となれば、と飛びこんだのは、すぐ隣の「カッパ」だ。

カッパは、小さなコの字カウンターのなかで2代目の女将さんが串を焼く、創業昭和32年のもつ焼きの名店。その、ビニールシートでカバーされた半屋外のテーブル席に、運良く収まることができた。テーブルとは言うものの、正式名称で言えば“木製ラック”ということになるのだろうか。小さな天板の上にグラスを並べ、「瓶ビール(大)」(税込820円)で乾杯。先ほどのイベントの余韻による少しの興奮と、妙につつましい状況の対比が楽しい。

串はどれも1本130円。レバ、ハツ、タン、カシラなどの定番に続き、モドキ、ヒモ、トロ、リンゲル、ホーデン、オッパイ、マメなど、珍しい部位が続々と続くのがいかにも歴史の古い酒場らしい。ちなみに今あげたモドキ→マメまでのわかりやすい名称は、喉肉、大腸、直腸、膣、睾丸、乳房、腎臓となる。僕はこういうところで意外と保守的な面があり、珍しい部位に関しては、あるな、と思えればそれで楽しいタイプだったりする。なので、定番ものを中心に注文。備長炭で絶妙な焦げ目をつけて焼き上げられた串たちはどれも文句のつけようがなく、それがどんどん目の前で焼かれていく様もあいまって、大衆酒場で飲む純粋な喜びが全身をかけめぐる。

酒類のメニューも独特で、瓶ビール、焼酎、日本酒、電気ブラン、ウイスキー、泡盛、それから初代が台湾の出身らしく「老酒」や「五加皮」といった中国酒まで揃うが、いわゆるサワー的なものはない。ただし炭酸水と烏龍茶はあるので、それと焼酎を割ればチューハイやウーロンハイが飲める。古賀さんはずっとビールの人だ。僕と森山さんはおかわりに「炭酸水」(350円)と「焼酎」(430円)を頼み、氷を入れてもらったグラスにちびちびとプレーンチューハイを作りつつ飲む。

料理メニューの構成がかなりストイックで、先ほどのもつ焼き類の他は、野菜の串が3種と、お新香におむすびくらい。けれど加えてもう3種類だけ、妙に目を引くメニューがある。それが、「ハツスパイス」「ガツのニンニク醤油」「ゾートゥー(カッパの煮こごり)」(各280円)。特に“カッパの煮こごり”の字面のインパクトがすごい。

実はこれら、ミャンマー人やベトナム人のスタッフが考え、メニューに加わったものだそう。特に、ゾートゥーは見たことも聞いたこともない。どうやらベトナムの伝統料理で、豚の耳、鼻、舌、きくらげなどを煮こごりにしたものらしい。で、こちらのゾートゥー、さすがはもつ焼き屋。くにゅりと噛みしめると、複数の部位からなる豚肉ならではのうまみがじわじわ口に広がり、なんともいいつまみだ。思わず、まだ割っていないほうの焼酎をストレートでいってしまうと、これが沁みる。

この記事を書くにあたり、カッパに関する情報をWEBで検索してみたところ、女将さんの娘さんのXアカウントが見つかった。それによれば現在、系列であるカッパの中野店は、娘さんのお兄さんが切り盛りしているらしく(吉祥寺にある同名のカッパもかつては親戚関係だったらしいが、現在は経営が分かれていると聞く)、さらに驚いたのは、ベトナムに帰国した元スタッフが、ハイフォン市内に新たに支店を出したという情報。つまりここカッパの系列店は、荻窪、中野、ベトナムの3店舗で営業中ということだ。

いつかベトナムのカッパでもつ焼きを食べるという、人生の新たな宿題ができてしまった。

*       *       *

『酒場と生活』次回第13回は2024年12月5日(木)17時公開予定です。

筆者について

パリッコ

1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。

  1. 第1回 : 秋津「もつ家」の「モツ煮込み」
  2. 第2回 : 大泉学園「あっけし」の「火の鳥」
  3. 第3回 : 西荻窪「をかしや」の「練り切り」
  4. 第4回 : 赤坂「赤ちょうちん ぶらり」の「角こんにゃく」
  5. 第5回 : 新宿「モモタイ」の「ミニカオマンガイ」
  6. 第6回 : 池袋「梟小路」の「天ぷらそば」
  7. 第7回  : 上井草「やしん坊」の「馬さし」
  8. 第8回 : 大阪・鶴橋「よあけ食堂」の「エビエッグ」
  9. 第9回 : 京都・西大路御池「髙木与三右衛門商店」の「国産牛モモビフカツ」
  10. 第10回 : 大阪・新大阪「松葉」の「串かつ」
  11. 第11回 : 大門「ときそば」の「辻がそば」
  12. 第12回 : 荻窪「カッパ」の「ゾートゥー」
連載「酒場と生活」
  1. 第1回 : 秋津「もつ家」の「モツ煮込み」
  2. 第2回 : 大泉学園「あっけし」の「火の鳥」
  3. 第3回 : 西荻窪「をかしや」の「練り切り」
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