今年2回目の仕事にかこつけての関西飲みツアーが実現した。いつもは関西在住の方々の案内によって飲み歩くことが多いのだけれど、今回は昼過ぎに新大阪に着き、夕方くらいまで特に予定も立てずにいた。これは大阪ひとり飲みのチャンス。そうだ、あの店へ行ってみよう!
関西方面で飲む楽しさを初めてしみじみと実感したのは、約10年前。飲み友達でライターのスズキナオさんが、東京から大阪へ引っ越したことがきっかけだった。
それまでにも大阪や京都へ旅行に行き、酒を飲んだこともあったが、今思えば観光地的な店が多かった。そうではなくて、土地の人たちに愛される、地元に根付いた酒場の魅力に触れられたのは、やはりナオさんをはじめとした関西在住の人々の案内によるところが大きい。
そんなわけなので僕は、大阪や京都や神戸でひとりで飲んだという経験があまりない。たいていは、ハシゴ酒中に移動した街と街の位置関係もわからないまま、ただ事情通たちについていくのみ。すると次から次へと名店で飲む体験が待っているわけで、考えてみれば都合が良すぎるし、恵まれすぎている。
ありがたいことにこの9月、トークイベント出演の予定を絡めての関西遠征に、7月に続いて行くことができた。初日は昼過ぎに新大阪に着く予定で、夕方くらいまでは特に決まった予定も立てていなかった。これは大阪ひとり飲みのチャンス。そうだ、あの店へ行ってみよう!
あの店とは「豚足のかどや」。仕事がら、飲み友達から全国の良い酒場情報を得ることも多く、以前から噂に聞いてあこがれていた店だった。けれどもこれまでの僕はたいてい人についてゆくばかりだったから、なかなかタイミングが訪れない。そういう宿題店はたくさんあって、この日が絶好の機会だったというわけだ。
かどやの名物は店名のとおり、柔らかくなるまで煮込まれた豚足。当然ほぼ全員が注文する他、串焼きなどのメニューもあるらしいが、行ってみないことには実際の雰囲気がわからない。暗黙のルールなどもありそうで、ちょっとした緊張感が漂うところへひとりで乗りこんでいく感じが、久しぶりで楽しい。
店があるのは難波エリア。僕は新大阪から1本のJR難波駅から向かう。駅周辺は大きなビルの立ち並ぶオフィス街的だが、裏道に入るとすぐに良さそうな酒場が並ぶ繁華街が現れ、そのなかに「焼肉・焼鳥・ホルモン・豚足 かどや」と書かれた赤いひさしを見つけた。
外観がかなり特徴的で、ひさしの下に紺色ののれんはかかっているものの、入り口と思われる幅の狭い隙間以外がビニールシートやベニヤ板に覆われ、なかの様子がほぼ見えない。入口の両サイドにはうず高く並ぶビールケースや、多数のゴミ箱。本当に営業中なのかも疑わしいほどだ。
ただ、入り口から店内を覗いてみると、そこはまるで別世界。活気ある酒場の風景が広がっていて嬉しくなる。右手が縦長の真っ赤なカウンター、左手がいくつかのテーブル席になっていて、午後1時すぎでほぼ満員状態。店員さんに「ひとり、入れますか?」と告げると、なんとか空いていたカウンター席に通してもらうことができた。
人気店だけあって多数の店員さんが働いていて、大まかなエリアごとに接客担当が決まっているようだ。僕が椅子に座るやいなやというタイミングで、目の前のお姉さんが聞いてくれる。
「豚足と生センマイ、食べはりますか?」
「は、はい」
「お飲みものはビールでいいですか?」
「はい!」
「1人前セット入りま〜す!」
このやりとりで注文は完了。暗黙のルールどころか、僕はYESとしか答えなくていいわかりやすさが心地良い。ちなみに生センマイもまたかどやの名物のひとつで、当然ながら通い慣れれば、これらの注文を自分好みにカスタマイズ可能というわけだ。
驚くべきスピードで目の前に届いたのは、「豚足」(税込800円)、「生センマイ」(650円)、「ビール」(750円)。そして、刻んだ小ねぎたっぷりの赤いみそだれと、センマイ用のごま油塩の小皿。大阪に到着してここまで約30分にして、なんとわくわくする光景だろうか。

ビールはスーパードライの大瓶で、これをグラスに注いでまずは喉を潤し、いざ巨大豚足にかぶりつく。薄く塩味がついただけの豚足は、むちむち、とろとろ。そこに、甘辛くほんのり酸味の効いたみそだれとねぎをたっぷりまぶせば、一気に恍惚の領域へと突入だ。豚足はかなりの量だが、卓上には追いだれがあり、さらに、ねぎの追加も無料なようなので安心。周囲からは盛んに「ねぎちょうだい」の声が聞こえてくる。
牛の第三胃であるセンマイは、焼肉屋でよく見る細切りの冷製タイプ。くさみなくあっさりで、しゃきしゃきぷりぷりの食感にごま油と塩がよく絡み、こちらもビールがすすむ。
壁の短冊メニューは、焼肉、ツラミ、ハラミ、バラ、ミノ、タン、焼鳥、キモ、マメ……と種類豊富に並び、基本的にどれも3本600円の串らしい。こちらもひとつくらい味わってみたいと「せせり」(600円)、それからビールがなくなり「一級酒」(350円)の冷やも追加する。
酒はちろりに入ってやってきて、ビアグラスに注いで飲む無骨スタイル。皿に残ったねぎだれだけでも飲めるくらいだけど、新たに届いた炭火の香ばしさをまとったせせり串が、弾ける食感でこれまたたまらない。
周囲からは追加ねぎの他に「スープちょうだい」の声も頻繁に聞こえる。これも噂に聞いていた程度だけど、確かスープもサービスで無料だったはず。そこで終盤、勇気を出して頼んでみると、すぐにやってきた。
みそ汁椀に入った熱々の白濁スープに刻みねぎ。ひと口すすってみて驚いたのは、その濃厚さ。大量に煮込む豚足の副産物なのだろうから当然だが、飲むたびにくちびるがぺたりとはりついてしまうほどで、相当うまい。
その日の夕方、友達と別の酒場で飲んでいて、かどやの話をしたら、すでに訪問経験豊富なその人が言った。
「あのスープに、コンビニで買って持っていった塩むすびを入れて、茶漬け風にして食うのがまたええんですよ」
なんと! かどやは、メニューにないソフトドリンクやごはんものの持ち込みが許されているそうで、だからこそできるアレンジメニューというわけだ。そんな話を聞いてしまったら、次回は試さないわけにはいかないぞ。いやむしろ、ゆでたそうめんを持っていってそこに入れるとか、なんならとんそくをコッペパンに挟んでサンドにするとか……。
さすが1951年創業の老舗店。一度行ったくらいではその魅力のうちわずかしか味わえるわけもないけれど、それでも大感激の、大阪飲みの幕開けとなった。

* * *
『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第33回は2025年10月2日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。