お笑いコンビ・鬼越トマホーク初の公式書籍『鬼越トマホークの弱者のビジネス喧嘩術』(太田出版)が、2025年9月29日に発売! YouTubeチャンネル登録者50万人を突破した鬼越トマホークが、二度の解散と再結成を乗り越え、激しい衝突の末に辿り着いた「コンプレックスの受け入れ方」「負けることの格好良さ」、そして逆張りを個性とする「弱者の戦術」――。
仕事や生活に悩むすべての人に贈る、強者だらけの世を生き抜くためのバイブル、『鬼越トマホークの弱者のビジネス喧嘩術』の冒頭、殴り合いの喧嘩が芸になった「運命の瞬間」を初公開します!

殴り合いの大喧嘩が「芸」になる
喧嘩芸を目にした瞬間、多くの人が驚く。なにしろ、笑いを期待して見ている最中に目の前で突然喧嘩が始まるからだ。場はピリッとした空気に包まれるが、実はこれは本気の揉めごとではなく、れっきとした「芸」である。
この争いを仲裁するのは、芸人やタレントといった共演者だ。「喧嘩をやめろ」と割って入った相手に、スキンヘッドの良ちゃんは反発し「お前は〇〇だろ!」と悪態をつく。続けてパーマの金ちゃんが「本当はそんなこと思っていないと思うんですけど」と、相方をかばうふりをしながら辛辣な一言でとどめを刺す。これはつまり、喧嘩を止めた人を良ちゃんが言葉の刃で斬りつけ、金ちゃんがその傷口に塩をすり込むという「お笑い」の型なのだ。
2014年に誕生したブラックユーモアを織り交ぜたこの芸は、今ではすっかりお茶の間にも馴染み、広く知られるようになった。このスタイルが今の形になるまでには、どのような過程を経てきたのだろうか。
良ちゃん もはや「芸」なんてものじゃなくて、最初は本当の喧嘩だったんですよ。吉本の本社は廃校になった小学校を使っていて、そこに体育館があるんです。当時の体育館は、芸人や社員、関係者が自由に使えるフリースペースみたいな感じになっていた。24時を過ぎても、大物も小物も関係なく芸人たちが集まって、打ち合わせしたり、雑談しり、ネタ作りをしていたんです。そんな中、僕らも単独ライブの打ち合わせをしてたら、ガチ喧嘩が起きました。
金ちゃん 会社から「単独ライブをやるように」とお達しがあって、強制的に開催が決まったんです。それでちょっと追い込まれてしまって。本番の2〜3日前の時点で、ネタが1本もできていないという状態でした。とにかく何か進めなければということで、構成作家さんから「舞台に出るときに流す出囃子だけでも先に決めましょう」と言われたので、互いに出囃子の案を持ち寄ることになったんです。
鬼越トマホーク初の単独ライブ『鬼が如く』は、2014年8月5日、渋谷にある約200席の劇場・ヨシモト∞ホールで開催された。このタイトルは、コンビの2人が敬愛するゲームソフト『龍が如く』(セガ)に由来している。
吉本興業と他の芸能事務所との違いは、自社で複数の劇場を所有している点にある。常設劇場では日々多くのお笑いライブが行われており、仕事が少ない若手芸人の主戦場となっている。2009年に東京NSC15期生として入学し、翌年に卒業したばかりの若手芸人だった鬼越トマホークにとって、単独ライブは大きなプレッシャーだったことは想像に難くない。
良ちゃん ライブでは6曲の出囃子が必要ということで、「フィフティ・フィフティの関係のコンビなんだから3曲ずつ持ち寄ろう」という話になりました。それで、お互いに自分の好きな曲の中から出囃子に合いそうなものを選んで用意したんですね。
僕はプロレスラーのテーマソングを選びました。プロレスが好きなのもありますが、それ以上に僕ら2人のビジュアルにしっくりくるし、単独ライブの雰囲気にも合うだろうと思ったんです。
ところが、金ちゃんが持ってきたのはJUJUだったんですよ。たしかに「好きな曲で」とは言いましたが、正直意味がわからなかったですね。その瞬間に僕がカッとなっちゃったのが良くなかったんですけど。ただ、無名のハゲとデブの強面コンビが、JUJUの曲で舞台に登場したらちょっと奇妙じゃないですか。出囃子って、その芸人たちの雰囲気に合っていたり、漫才にスッと入れるような空気をつくれる曲であることが大事なんです。
たとえば、金ちゃんが「昔からJUJUが好きで、実は関わりもあるんです」みたいなエピソードがあって、そこにニンが付いている流れでJUJUを使うなら、まだ理解できます。
「ニンが付く」とは、お笑い用語で、芸人に定着しているキャラクターを意味する。語源は、もともと歌舞伎で役者の雰囲気や持ち味を指す「仁」から来ている。
良ちゃん とにかく、本番までほとんど時間がないというのに、金ちゃんはまるで焦ってる様子もなくて。「好きな曲を持ってこい」と言われて、マジでただ自分の好きな曲だけ持ってくるのはどういう神経してるんだって思いましたよ。
金ちゃん 漫才の練習をしていたら、良ちゃんが突然キレたんです。最初は廊下で激しい言い争いになって、そのまま体育館になだれ込み、取っ組み合いに発展しました。僕は左フックを食らって、その場に倒れ込んだ。
体育館には他の芸人がたくさんいたので、喧嘩が始まった瞬間、大騒ぎになったんです。もう笑えるような空気ではありません。周りの芸人たちも野次馬みたいに集まってきて、場の熱がぐわっと上がった。
そんな中で、止めに入ってくれた先輩がいました。インポッシブルさんという先輩芸人なんですけど、良ちゃんがボケを担当している蛭川さん(現・ひるちゃん)に、「うるせえなあ、お前は一生巨大昆虫と戦ってろよ!」と暴言を吐いたんです。温厚なインポッシブルさんも、自分たちのネタをイジられたことで「なんだてめえ」と怒ってしまい、一気に険悪な雰囲気になりました。
このエピソードは、これまでもたびたび語られてきたため、ご存じの方も多いだろう。インポッシブルは東京NSC10期卒のコンビで、鬼越トマホークより5期上の先輩にあたる。コントを得意とし、漫画『範馬刃牙』から着想を得たネタ「でっかい昆虫と戦おう!」で知られている。通常、先輩の芸を揶揄するのはご法度とされるが、鬼越トマホークはその禁を破ってしまったのだ。
良ちゃん これはガチの喧嘩だったんです。だからこそ、「喧嘩芸をやってます」なんて言うのは、僕らとしてはちょっと恥ずかしい。だって、実際の喧嘩をたまたま運良く芸にさせてもらえただけというか。
騒動を起こした瞬間は、「これはもうクビだな」と思いました。お笑いの世界は厳しい縦社会ですし、僕らもずっとその中でやってきたわけですから。
芸人の世界には、芸歴による厳格な上下関係が根付いている。特に吉本興業では、NSCの入学年を基準に芸歴が決まるという独特の慣習があり、先輩が後輩の面倒を見ることや、後輩が先輩に敬意を払うことは当たり前とされている。そうした文化の中で、後輩が先輩に暴言を吐くなど到底許されるものではない。
良ちゃん 今は少しずつ緩くなってきているとはいえ、芸人の世界は軍隊のような厳しさがあります。当時、NSCで受けた教育もかなりハードでした。目上の先輩がその場にいたらとにかく黙って頭を下げて、先輩が立ち去るまでその場にいる。完全に体育会系のノリです。
心の奥では、普段から先輩に対する不満みたいなものを感じていた部分があったかもしれないです。でも、それを直接ぶつけるような人間なんて、誰もいなかった。
喧嘩の勢いのまま、特に関係があるわけでも、恨みがあるわけでもない先輩にまで暴言を吐いてしまった。普段からムカついていた先輩には、「お前のことを尊敬してるやつ、1人もいないからな」って言いましたよ。今でこそ、僕らの喧嘩芸でよく言うセリフみたいになってますけど、あの場ではあり得ない発言でした。普通の会社にも、「あの人には誰も触れたがらない」みたいなタイプがいるじゃないですか。あのときの自分は、もうテンション的に「どうなってもいい」「どうせクビだろうし」と開き直っていて、そんな相手にまで暴言を吐きました。ウケるわけがないし、「なんだコラ」とか普段そんな荒い言葉を聞き慣れていない人たちは引いていましたね。
喧嘩は、誰か1人が止めに入った感じじゃなくて、4人くらいに取り押さえられました。記憶はないんですが。ネルソンズの岸(健之助)さんも止めに来てくれました。後になって、「俺だけ何も言ってもらえなくて、スルーされたのが一番傷ついたわ」って言ってました。
金ちゃん 実は、最初に止めに入ってくれたのは岸さんなんですよ。
良ちゃん 芸人が大声を上げていたら、普通は「コントが始まったのかな」って思いますよね。それで様子を見に来たら、実は本気の大喧嘩だった。体育館には30〜40人はいたかもしれません。「みんなが見ている中で喧嘩するのは嫌だな」と思ったことは、今でも覚えています。
責任感のある先輩が止めに来てくれたのに、僕はその人たちまでボロクソに言ってしまったので、案の定、すぐ噂になりました。
それを元Bコースのタケトさんが、千原ジュニアさんのラジオ番組で、「とんでもない後輩がいましたよ」と話したんです。ジュニアさんは、「いやいや、そんなんあかんなあ」「そんなやつおるんや」と言って、ちょっと引いている感じでした。ラジオではこんな感じだったけど、まさかジュニアさんが僕らの救世主になるなんて想像もしなかった。
ただ、もともとジュニアさんとは少しだけ面識があったんです。「こんなにコンビで仲いいやつおらんし、こんなにガチで喧嘩するやつもおらん。兄弟みたいな、不思議なコンビやな」と言われたことがあって。金ちゃんと出会ってまだ5年も経っていなかったころの話です。問題児だった僕らに対しても、「こういう組み合わせは変やで」と言いながら、受け入れてくれたのがすごく印象に残っています。
周囲の先輩まで巻き込んだ大喧嘩を起こし、本来であれば吉本を解雇されてもおかしくない状況に追い込まれていた鬼越トマホーク。そんな彼らを救ったのは、千原ジュニアの驚くべき発想だった。
第2回「喧嘩芸の生みの親は千原ジュニア? 鬼越トマホークが語る「喧嘩芸はジュニアさんの作品」」(10月14日更新)に続く!
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『鬼越トマホークの弱者のビジネス喧嘩術』
著・鬼越トマホーク
構成・石川嵩紘
お笑いコンビ・鬼越トマホーク初の公式書籍『鬼越トマホークの弱者のビジネス喧嘩術』が、2025年9月29日に発売となります。YouTubeチャンネル登録者50万人を突破した鬼越トマホークが、二度の解散と再結成を乗り越え、激しい衝突の末に辿り着いた「コンプレックスの受け入れ方」「負けることの格好良さ」、そして逆張りを個性とする「弱者の戦術」。
仕事や生活に悩むすべての人に贈る、強者だらけの世を生き抜くための「弱者のビジネス喧嘩術」を初公開します。
「コンプレックスから逃げずに受け入れてきたからこそ、ずっと一緒にいられたし、それをネタとして消化してきたんです」(金ちゃん)
「弱いからこそ、喧嘩芸が成立するのかもしれない。これは、完全に『弱者の戦術』なんです」(良ちゃん)
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