下北沢で飲むことになった。大好きだった焼鳥屋や大衆酒場も今はもうない。駅周辺も大規模な再開発により風景が変わり、ぼくにとってはパラレルワールドのような街になってしまった。とりあえず行き当たりばったりでいってみようと南口の商店街をふらふらしていると、横道に「落合酒店」という看板が見えた。
ここ最近、間違いなくいちばん頻繁に会っている友達が、小玉さんという青年だ。ふたりで始めたYouTubeチャンネル「パリコダマ」の撮影も兼ねて、ということが多いんだけど、まだまだ始めたばかりで、それが仕事になっているとかではぜんぜんない。撮影を口実に、ただ楽しいので隙を見つけては一緒に飲んでいるだけだ。
先日、僕も小玉さんもメンバーとして声をかけてもらっていた、とある飲み会があった。時間は夜7時からで、ならば早めの夕方からふたりで集まって、1、2本の動画でも撮れたらちょうどいい。ただ、会場の店が下北沢で、ふたりともそこまで詳しい街ではない。下北沢といえばかつては、老舗焼鳥屋の「八峰」や、大衆的でうまい酒場「宿場」が大好きだったが、寂しいことに今はもうない。駅周辺も大規模な再開発によって風景が変わり、知っている景色と知らない景色がつぎはぎのように現れる、ぼくにとってはパラレルワールドのような街になってしまった。
そこで、今回は行き当たりばったりでいってみよう、ということになった。集合場所に向かう電車内でなんとなく「下北沢 老舗 大衆酒場」などのワードでWEB検索して目星をつけつつ(事前検索をなるべくしないで飲み歩くのが僕のふだんのポリシーなんだけど、時間内に撮影できることが第一目的なので)、どの店に行くかは決めず、ひとまず街を歩きだす。
気ままに古着屋に寄って、閉店セールなのをいいことにうっかり買いものをしすぎたりしつつ、南口の商店街をふらふらしていると、横道に「落合酒店」という看板が見えた。確か気になっていた一軒で、店頭で角打ちできる店のはず。スタートにはちょうどいい。それにしても、何度も通ったことのある通りだけど、こんな場所にこんな雰囲気のいい角打ち、あったかな?
店は昭和50年創業の酒屋らしく、店頭のひさしの下に広めのスペースが設けられていて、入り口の両サイドにビールケースと板で作られた立ち飲みカウンターがある。ぎゅうぎゅうに入っても10人くらいが限度だろうか。運良く左側の席が空いていたので、そこへ陣取らせてもらう。
店内はいわゆるオーソドックスな酒屋で、豊富な酒類の他、乾きものなどのつまみもある。それらを店頭で飲める気軽さとリーズナブルさこそ、角打ちの醍醐味だろう。
ところが落合酒店の素晴らしい点はそれだけにとどまらず、生ビールやホッピーセット、サワーセット、熱燗など、通常は居酒屋にしかないメニューも提供している。「ホッピーセット」が税込480円で飲めて、おかわりの「中」(200円)まであるのは嬉しすぎる。
さらに驚くべきは料理メニュー。「枝豆」(350円)「マカロニサラダ」(350円)「フレンチフライ」(450円)なんていう定番ものだけでもありがたいのに、「豚ロースの炭焼き」(800円)「とりのシシカバブ」(350円)「パテドカンパーニュ」(700円)なんていう、およそ角打ちにあるとは信じられないものまであれこれある。最高級品は「アンガス牛赤身の炭焼きとポテトフライ」の2280円。一体どうなってるんだ、この店……。
店主さんと思われる女性に伺うと、落合酒店が通常営業とは別に角打ち営業を始めたのは、まだ昨年からなのだとか。どおりで知らなかったわけだ。料理メニューは、角打ち営業時間である午後4時から9時までのうち、火曜日以外の午後5時から注文でき、お隣にあるレストラン「Café de Sept 7 (カフェドセット)」からのテイクアウトだそう。カフェドセットは本格的なパリの移民料理店で、フランス大衆料理にとどまらず、レバノン料理やアラブ料理まで提供しているらしく、「ファラフェル 4ヶ」(600円)「シガラボレイ(1P)」(250円)など、聞いたこともない料理名も並んでいるのはそのためか。ならばその2品、頼んでみよう。
小玉さんと、まずは赤星こと「サッポロラガービール 中瓶」(550円)で乾杯し、しばらく飲んでいると、ファラフェルとシガラボレイが届く。あえて詳細を聞かないで頼んでみたのでどんな見た目かも想像がついていなかったが、ファラフェルは少し焼きすぎたクッキーのようで、シガラボレイは細めの春巻きのようだ。

まず、見た目はクッキーなのに香りはから揚げのような、不思議なファラフェルからひとかじり。ぽそりと崩れたとたんに強めのスパイシーさが広がり、口のなかの水分を奪ってゆく感じが酒のつまみにいい。あまりにも知らない料理で、うまく感想が説明できないのがもどかしいけれど。
ファラフェルはもう少しわかりやすく、チーズ春巻きにハーブを練り込んだようなものだった。さくりと噛みしめると、塩気の利いたチーズがとろり。それから独特のハーブの香り。その正体がどうしても思い出せなかったんだけど、小玉さんに言われて膝を打つ。ミントだ。和食ではあまり一般的でないので、料理に使う発想があまりないけれど、チーズとミントがこんなに合うとは。添えられた、ピリ辛の赤いソースをつけるとさらに酒がすすむ。
あとから調べてみたところ、ファラフェルは「ひよこ豆などをつぶして香辛料と混ぜ、固めて油で揚げた中東料理」で、シガラボレイは「白チーズとハーブを詰めて揚げたトルコ風の春巻き」だそう。ちなみにシガラは「たばこ」、ボレイは「ペストリー」を意味し、直訳すると「たばこの形に焼いたパイ状の料理」という感じになるらしい。
こんな未体験の味を、老舗酒店の店頭で、赤星やホッピーを飲みつつ味わえる店は唯一無二だろう。しかもすごいのがこのスペース、客が6人未満の場合には、パイプ椅子を出してきて座って飲むこともできるのだ。秋の心地よい風を感じつつ、ゆったりと異国料理とホッピーをやる時間は、なかなか優雅なものだった。
下北沢に新しく大好きな居場所ができたようで、とても嬉しい。

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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第36回は2025年11月20日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。







