日本の女性と家族、仕事と恋愛、幸せのかたちを描いてきたNHK「連続テレビ小説」(通称「朝ドラ」)。1961年度の誕生からこれまで、お茶の間の朝を彩ってきた数々の作品が、愛され、語られ、続いてきたのには理由がある。はたして「朝ドラっぽい」とは何なのか?
『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版刊)では、エンタメライターで「朝ドラコラム」の著者・田幸和歌子が、制作者のインタビューも踏まえて朝ドラの魅力に迫っています。
ここでは、その一部を特別に紹介していきます。(第1回目/全6回)
この51年、日本中の様々な「家族」がみんなで揃って見続け、ヒロインが困難に遭うときにはみんなで応援し、結婚・出産するときにはみんなで祝福し、家族の誰かが死ぬときにはみんなで涙を流す。そんな日本人みんなの共通体験・共通記憶となっている「連続テレビ小説」、通称「朝ドラ」。
ときには、相手役の俳優に対し、ヒロインと一緒に女性視聴者が恋をしてしまったり、ドラマ内で死ぬときに「殺さないで」という助命嘆願が出されたりと、視聴者と作品とのシンクロ度の高さ、熱狂度の高さにおいては、他に類を見ない存在でもあるだろう。
そんな朝ドラとは、国民的ドラマであり、日本人の心の「家族」的存在なのではないだろうか。
規格外の「朝ドラ」に「史上最高傑作」の声
2011年9月に登場した朝ドラ『カーネーション』では、ヒロイン・小原糸子の情熱が、日本中を魅了し、また新しい「熱狂」を巻き起こした。
著名ファッションデザイナーとして活躍するコシノヒロコ・ジュンコ・ミチコの「コシノ3姉妹」を育て上げ、2006年に死去した「小篠綾子」の生涯を基にフィクションを交えて描いた作品だ。
脚本を手がけた渡辺あやは、映画『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』『天然コケッコー』や、NHKドラマ『火の魚』などの作品によって、すでに多くのファンからの熱い支持を獲得していたものの、放送前には「連ドラ経験のなさ」を不安視する声も挙がっていた。まして1日15分×6本×半年間という長期にわたって、息切れせずにいけるドラマは正直、少ないもの。しかも、ヒロインのコテコテの岸和田弁とドスをきかせたしゃべりは「朝ドラ」の規格外であり、従来の視聴者にはそこに抵抗感を覚える層もいるのでは、と思われた。
ところが……。「緻密で丁寧な脚本の上手さ」「ヒロイン・小原糸子を演じた尾野真千子をはじめとした、出演者たちの演技力」などが高い評価を受け、『カーネーション』は各所で「朝ドラ史上最高傑作」と絶賛された。
NHK大阪放送局では、2012年2月5日に『カーネーション』ファンミーティングを開催。安岡八重子役の田丸麻紀、安岡勘助役の尾上寛之、縫い子の「昌ちゃん」役の玄覺悠子などがゲストとして登場し、トークショーやクイズ大会、ドラマに登場した衣装による“ミニファッションショー”などが行われた。
2012年3月31日には、岸和田のマドカホールで「NHK連続テレビ小説『カーネーション』最終回を観る会」が開催され、最後の放送を約500人のファンがともに観て、感動を共有した。
実は、前年10月3日には、朝に観たばかりにもかかわらず「NHK連続テレビ小説『カーネーション』第一回放送を観る会」というものが、お昼から岸和田の「浪切ホール会議室にて開催されるというお茶目なイベントもあり、約200人が集まったらしい(岸和田市HPより)。
また、『カーネーション』のセットをNHK大阪放送局で展示する「BKカーネーション祭り」も2012年3月に開催されていた。
さらに、第38回「放送文化基金賞」では『カーネーション』がテレビドラマ番組部門で「優秀賞」を受賞。選考理由には、以下が挙げられた。
「新しいタイプのパワフルな女性像をお茶の間に届けて多くの人々に感動と元気を与えた。登場人物の一人ひとりが実に人間臭く、生き生きと描かれ、脚本、キャスト、演出の三位一体の相乗効果で力強い吸引力のあるドラマになった。連続テレビ小説に新風を吹き込んだ」
<放送文化基金HPより引用>(※原文では「朝の連続テレビ小説」となっていたが、正しい名称は「連続テレビ小説」である。以下、本文・引用文ともに「連続テレビ小説」の表記で統一する。)
ちなみに、放送批評懇談会「第49回ギャラクシー賞」にも入賞している。
幼い頃に見た「ドレム(ドレスのこと)」に夢中になり、ただひたすらに「洋服」を作る道に真っ直ぐ向かっていく思い。思い込んだら周囲と激しく衝突しながらも、誰も止められない勢いでまっしぐらに進んでいく「だんじり」のようなヒロイン・糸子の情熱には、誰もが圧倒された。そして、その熱に巻き込まれながら、視聴者も胸が熱くなる心地良さを感じたのではないだろうか。
近年は朝ドラだけでなく、ドラマや映画などフィクションの世界において「等身大」の人物を描く作品が多い中、糸子は等身大の女性像とはほど遠いヒロイン像だった。
主人公の人物像に「共感」を覚えるのではなく、「自分では見られない世界を見せてくれる」「圧倒的な存在感にワクワクする」という、まるで冒険ものや昔のハリウッド映画などを見るような興奮を思い出させてくれた作品だった。
しかも、このちっとも等身大じゃない、型破りのヒロイン「小原糸子」には実在の人物「小篠綾子」というモデルがいて、パッチ(ももひき)店で働くために父親に何度も直談判して女学校を中退したり、百貨店に自分のデザインしたユニホームを着ていきなり売り込みに行ったなどのエピソードが実話であることも、驚くべきことである。
糸子の情熱はテレビを通して視聴者にも伝染するかのように、瞬く間に広まっていった。ツイッターやFacebookでは、日々、『カーネーション』に関するコメントが猛烈な勢いで書きこまれていた。また、糸子に触発された人々に関して、『女性セブン』(2012年2月16日号)では、こんな記事も登場している。
「『カーネーション』の糸子みたいに縫ってみたい! ミシンカフェ、宅配レンタルも登場」
「大阪の岸和田が舞台の『カーネーション』が始まった昨年9月以降、ミシンの創作活動スペースやミシン教室などへの問い合わせの数が増えています」
「昨年9月以降、家庭用ミシンの販売・修理やミシンの講習も好調です」
実は昭和7年生まれの我が父も、裁縫経験はおろか、自分のボタンつけすらしたことがないにもかかわらず、『カーネーション』を観ながら、「ミシンを買いたい」と唐突に言い出し、「そんなもの買って、何する気?」と妻である我が母にツッコまれたらしい。糸子の影響力は凄まじいものだ。実際、中高年向きのカルチャースクールのチラシなどにも「朝ドラで人気の洋裁教室」のようなフレーズをたびたび見かけた。若い人のミーハー心だけでなく、年配層への訴求力も大きなものであったことを実感してしまう。
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※この続きは、本書『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(田幸和歌子・著)にてお読みいただけます。
※本書では、他にも最高視聴率62.9%の”お化け番組”『おしん』の大ブームや、『ゲゲゲの女房』で挑んだ大変革、朝ドラの「職業」の変遷、新人女優の”登竜門”ヒロインオーディションについてなどを朝ドラの人気を紐解くエピソードを多数収録しています。『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(田幸和歌子・著)は、各書店・電子書籍配信先にて大好評発売中です!
筆者について
たこう・わかこ 1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。『日経XWoman ARIA』『通販生活web』でのテレビコラム連載のほか、web媒体などでのドラマコラム・レビュー執筆や、週刊誌・月刊誌での著名人インタビュー多数。エンタメ分野のYahoo!ニュース個人オーサー、公式コメンテーター。
かり・すまこ。福岡県出身。1994年に『SWAYIN' IN THE AIR』(「蘭丸」/太田出版)にてデビュー。BLから青年誌、女性誌まで幅広く活躍し、読者の熱い支持を集め続けている。2006年に『ファミリーレストラン』(太田出版)が映像化。2020年、『あした死ぬには、』が第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。『幾百星霜』(太田出版)、『どいつもこいつも』(白泉社)、『感覚・ソーダファウンテン』(講談社)、『うそつきあくま』(祥伝社)、『ロジックツリー』(新書館)など、著書多数。