なすときゅうりと、非現実的もいいとこな夢 白央篤司『はじめての胃もたれ』より

はじめての胃もたれ 食とココロの更新記
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昔のように食べられないことは、みっともないことなんかじゃない。性別とか関係なく「自分」を大事にしていこう。

フードライターの白央篤司さんが、加齢によって変化する心身をなだめながら、作って食べる日々を綴った手探りエッセイ『はじめての胃もたれ 食とココロの更新記』を、10月29日に刊行いたします。

刊行を記念して、本書の一部を先行試し読み公開いたします。涼しくなってきたなと思ったら、まだまだ日中は暑い今日この頃。長引く残暑と変わりゆく季節に思いを馳せつつ、食と心身に向き合いながらお読みください。

 2024年、夏。あれ、きょうはちょっと涼しいのかな……? いや、猛烈に暑くないだけか。38度なんて気温を経験すると、32度ぐらいでも涼しく感じられてしまう。すっかり感覚がおかしくなっている。

 駅のホームで電車を待っていたら、熱風と照り返しでダメージを受けてしまいクラッときて、「あ、やばいかも」と思った瞬間が今夏二度ほどあった。冷房の効いてる一番近いところを探して、しばし休憩。しょうがないので電車を数本見送る。私は一度熱中症になったこともあり、真夏はかなり余裕をもって移動スケジュールを組んでいる。自衛するほかない。

 電車が止まるなどして、「水分補給したいのに出来ない」という状態は想像するだけでおそろしい。飲料の携帯は切らさないようにもしている。「のどが乾かないうちに水分補給を」というのは理屈としては分かるのだけれど、うっかりしてしまいがちだ。合間合間で水を飲んでいるが、夜や朝に脚がむくんでだるいときもある。くそう、とり過ぎだったか。かと思うと起きてすぐ足がつることもあり、水分が足りなかったかと反省もする。

 昔は足がつっても、準備運動でよくやる「アキレス腱をのばす運動」ですぐに治ったが、49歳の不健康もの書きだとそうもいかない。半日ぐらい「つり感」がふくらはぎに残ることもある。ここにもまた加齢の証(あかし)が。薬局の店頭によく貼ってある「足のつる人」に自分がなってしまうとはなあ。体に水分計メーターを取り付けられないものかと本気で思う。iPadのsiriが水分管理してくれないだろうか、とも。人間、自分の体のことすら本当によく分からない。

 ふらふらと帰宅して冷たいシャワーを浴びても体の芯にまだまだ熱が残っているように思える。ああ、きゅうりとなすが食べたい。体が欲しているのを強く感じる。普段はあまり作りおきをしないのだが、今夏は「軽く塩した薄切りきゅうり」と「蒸しなす」にかなり助けられた。作りおきというか、ちょっと手を加えておいたもの。

 きゅうりはごく薄い輪切りにして、少々の塩で全体を混ぜ、軽く揉む。本当にわずかな量の塩で全体がしんなりするので、何度か試してこの量を体感してほしい。きゅうり1本、軽くひとつまみで足りるはずだ。いざ料理に使うとき、塩気が強いと邪魔にもなるし、体にもよくないから。

 私の中の人はふたりいる。料理好きでまめまめしく、日々ていねいな暮らしを営む白央さんと、料理はきらいじゃないが面倒くさがりで口の悪い黒央さんだ。黒央さんが白央さんに言う。

「きゅうりをごく薄い輪切りにするなんて簡単に言うけどねえ、面倒くさいよ。薄く切ったほうがそりゃおいしいけど、慣れないうちは1本やるのも大変だ」

 そうなんである。ごく薄いきゅうりの輪切りひとつとっても、面倒なときは本当に面倒なものなのだ。だから「あ、いま出来るな」というときを逃さないようにしたい。一番はかどるのは、仕事で行き詰ったとき。どうにも書けないとき、きゅうり1本ゆっくり薄切りにでもするといい気分転換になる。「塩した薄切りきゅうり」が冷蔵庫にあると思うと、暑い時期は本当に安心でうれしい。料理のバリエーションも豊富に楽しめる。

 まずはトーストにマヨネーズをぬって薄切りきゅうりをたっぷりのせてかぶりつこう。ひんやりとした爽快感が口にあふれるこの感じ、ああ夏の朝食大賞だ。体内にこもっていた熱がス――――ッと消えていくようで、いい1日の始まりとなる。

 刻んだみょうが、わかめと混ぜて酢のものは定番の使い方。甘酢でなくぽん酢醤油で手軽に和えるのもいい。しらすと和えてオリーブオイルをちょっとかけ塩ぱらりなら、一気にオードブルに。バジルやディルなんかを散らすと白ワイン無しでは無理だ。ごはんのおかずにするなら、ツナと一緒に冷奴にのせ、醤油をかけてどうぞ。キムチと焼いた豚、温泉玉子で簡単ビビンバの具としても活躍するし、炒り玉子と刻んだちくわで日常用の散らし寿司を作ってもおいしい。酢めしときゅうりのパリッとした感じがよく合うんだ。ゆがいたえびや刺身をのせればごちそうにも早変わり。

 夏の簡単な1食なら冷やし茶漬けがうれしい。薄切りきゅうり×ほぐし鮭×塩昆布なんてトリオで冷やし茶漬けにすると、もうたまらない。冷やしておいた出汁なら実においしく仕上がるが、麦茶など好みの冷茶でいいし、なんなら冷水でもいい。塩昆布がきちんとうま味要員として働いてくれる。鮭じゃなく、ツナやアボカドでもよく合う。

 夏は何が怖いって食欲の低下だ。冷たいお茶漬けぐらいなら食べられる、という人も多いのではないだろうか。サラサラと口に入って食べやすい。1食抜いてしまうと体力も落ちがち。食べないと気力がもたないというのは真実だなと年々思う。

 蒸しなすも折々で作っては冷蔵庫に入れて、味つけもせずにつまんでいた。キンキンに冷えたなすが口の中でとろり崩れて舌やのどに寄りかかるその感覚がなんとも気持ちいい。飲み込むと体内に涼感が送り込まれていくようだった。蒸しなすはへたと先を包丁で落とし、ピーラーで3か所ぐらい皮をむいて(しまめにむく、という)、ラップで包んで2~3分加熱。そのまま放っておいて熱が取れるのを待つ。このまま冷蔵庫に入れればいい。

 冷え冷えになったところで適当な大きさに切り、たっぷりの輪切りきゅうり、おろししょうがと一緒にめんつゆに入れ、そうめんのつゆにする。疲れているときは、梅干しの叩いたのを薬味にするとなおいい。このつゆでそうめんをすすると「生き返る……!」という気持ちになれることうけあい。殺人的な暑さの夏に覚えておきたいザオリク的なレシピである。

 ベジタブルファーストはどうなったんだ、と思うかもだが、前に書いたように食前につるっと1パックもずくやめかぶを食べるようにしているわけだ。めかぶ1パックぐらいでどの程度効果があるのかは分からないが、「やらないよりまし」という気持ちでいる。そうめんは夏にぴったりの食事だが食物繊維は不足しがち。めかぶなどを“前菜”にするのは、それなりに意味があるだろう。そうめんにたんぱく質を加えるなら、ちくわ、かにかま、温泉玉子、ハム、ツナなんかが手軽でいい。さんまのかば焼き缶詰なんてのも意外と合う。「そうめんのお供」もいろいろだ。

 大のごはん&味噌汁党である私も暑さに負け、今夏は本当によく冷やし麺を食べた。中でも「豚しゃぶと生野菜のっけ冷やし麺、ピリ辛ごまつゆ」というのをハードリピートしていたんだが、ここに作り方を書いておきたい。

①豚しゃぶの用意
 沸騰したお湯に少量の水を加えて弱火にし、豚しゃぶ用肉を入れて加熱する。こうすると肉が柔らかく仕上がる。肉の赤いところがなくなったらざるに上げて水気を切る。

②麺の用意(好みの麺で。私はひやむぎでよくやる)
 袋の指示どおりに加熱して冷やし、水気をよーく切ってうつわに盛る。

③野菜の用意
 好みの野菜(レタス、オニオンスライスなど。カット野菜でいい。ミニトマトがあるとなおいい)、輪切りきゅうり、蒸しなすなどを麺の上に散らす。

④つゆの用意
 めんつゆ(3倍濃縮)と冷水を1:2程度で割って、すりごまをたっぷり加え、ラー油を好みの量混ぜたものをまんべんなくかける。ラー油は桃屋のヒット商品「辛そうで辛くない少し辛いラー油」がフライドガーリックとフライドオニオン入りで気に入っている。冷やしサラダ麺にとても合う。

ポイント:麵の水切りをしっかりと!

 冷やし麺を作るときは、麺の水切りがポイントになる。そうめんでも蕎麦でもうどんでも、ぎゅっとざるに押さえつけるようにして水気をしっかり切る。やってみると「こんなに水気出るのか」と驚くと思う。意外と潰れないものなので、怖がらず力を入れてやってみてほしい。麺全体をキッチンペーパーでふき取るようにしてもいい。冷やし麺がおいしく仕上がらないときは、麺の水気が残りすぎで、つゆの薄まっていることが多い。
※ゆで立ての麺は水にさらしてもなかなか熱が逃げないので、手で触るときは気をつけて。夏の水道水のぬるさではなおさらだ。

 きゅうりもなすもほとんどが水分で、「栄養に乏しいから食べる意味、あまりない」なんてことを言う人もいるのだが、私はそう思わない。夏の太陽に照らされた後、きゅうりやなすを口にすると独特の快さが広がるじゃないか。水なすにかぶりついたときの多幸感なんて格別だ。きゅうりやなすが持つ独特の青い香りがキーのように思える。このフレイバーが、夏に溜まりやすい疲労感やストレスを軽減する上で重要なはたらきがあるように思えてならないのだが、どうだろう。

 青い香りを思い出していたら、スペイン料理のガスパチョが飲みたくなってきた。毎夏、もっと日本で流行らないものかと強く思う。トマトを主体としてきゅうりや玉ねぎ、ピーマン、少量のにんにくなどをミキサーにかけ、パンも入れて作る冷たいスープだ。これがね、うまいんだ。飲んだら体が小躍りして喜ぶような夏のレスキュースープなんである。

 野菜はざく切りにして水適量とオリーブオイル、塩、酢少々とミキサーにかける。パンはちょっと硬くなったものでOK。野菜の分量は本当に人それぞれで、スイカを入れる人も。パンを入れるのはとろみをつけるため。酢はなんでもいいが、私はシェリービネガーを多めに入れるのが好きだ。パンを多めにしてもったりと作り、カペリーニで冷たいパスタにするなんてのもいい。私は今季、ソルダムをちょっと加えて甘めで作ってみたらなかなかおいしく仕上がった。

 いきなり話は飛ぶけれど、ガスパチョといえば私には荒唐無稽な夢がある。それは夏季限定で、海辺でガスパチョとワカモレとレモンサワーだけの屋台を開きたいというものだ。そんな光景が見たいのだ。私にとっては天国にいちばん近い光景に思える。自分が海に行ってそんな屋台があったら間違いなく随喜の涙をこぼすだろう。非現実的もいいとこだが、夢なんだからそれでいい。暑いなあ……なんて思いながらヒーコラ原稿を書いているときなど、石垣島あたりでガスパチョ屋台を引いてる自分を妄想して、しばし現実逃避を楽しんでいる。

*  *  *

「あなたの胃は、もう昔のあなたの胃ではないのですよ」
そう気づかせてくれたのは、牛カルビだった。

調子にのって食べすぎると胃がもたれる。お腹いっぱいが苦しい。量は変わらないのに、ぜんぜん痩せない……老いを痛感する日々がだんだん増えているはず。

人生の折り返し地点を迎えて、いままでのようにいかないことがどんどん増えていく。でも厚揚げやみょうが、大根おろしみたいに、若い頃にはわからなかったおいしさを理解することだって同じくらいあるはず! いまこそ、自身を見つめ直して「更新」してみませんか?

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  1. なすときゅうりと、非現実的もいいとこな夢 白央篤司『はじめての胃もたれ』より
『はじめての胃もたれ 食とココロの更新記』試し読み記事
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