酒場と生活
第22回

上石神井「なすの」の「レバ刻みネギ塩」

暮らし

一年のなかで最高な季節がやってきた。天気のいい日は散歩ばかりしている。先日は散歩の末、西武新宿線の上石神井駅へたどり着いた。まだ昼過ぎにも関わらず、「なすの」という酒場が営業している。そのとき入って以来ブームが到来し、しばしば通っている。

ここのところ、春と初夏を行ったり来たりしているような、あまりにも気持ちの良い天気の日が続き、つい散歩ばかりしてしまっている。仕事をしなければいけないという頭とは裏腹に、体が勝手に外へ飛び出してしまうというレベルだ。

たいていは気のおもむくままに右へ左へと1時間くらい歩き回り、どこかの駅にたどり着いたらなんとなくゴール。その街のスーパーで買いものでもして帰るのがいつものパターン。家のある石神井公園を中心とし、西武池袋線か西武新宿線のいくつかの駅に行き着くことが多い。

先日もそんな散歩の末、西武新宿線の上石神井駅へたどり着いた。駅周辺をふらふらと歩いていると、まだ昼過ぎにも関わらず、「なすの」という酒場が営業している。過去に何度か入ったことがあり、早い時間からやっている認識もなんとなくあったけど、いったい何時オープンなんだ? 確認のため、という言い訳を勝手に作って、入ってしまうことに。それ以来ブームが到来し、しばしば通っている。

味わいのある手書きの看板に、店名よりも大きく「もつ焼き」とあるとおり、なすのはもつ焼きをつまみの中心とした、典型的な大衆酒場。地元エリアにもつ焼き屋は意外と少なく、とてもありがたい。なんと営業時間は木曜の定休日を除き、毎日昼の12時からとのこと。ここが上野や赤羽ならまだしも、練馬区の片隅であることを考えると、奇跡、もしくはなんらかのバグとすら思えるほどの存在だ。

店内はテーブルがいくつかとカウンター数席という、なんとも落ち着くサイズ感。カウンターに座り、「白ホッピーセット」(税込400円)を頼むと、すぐに焼酎濃いめのセットがやってくる。僕はふだん、ホッピーはソトイチナカニを基本としているが、ここのはソトイチナカサンがちょうどいい。昼間から酔っぱらいすぎないよう注意が必要ではあるけれど、内心はもちろん嬉しい。

トクトクトクとグラスに作り、ごくり。じわ〜っと全身に酒の成分がめぐりはじめるのがわかる。同時に開け放たれた入り口から爽やかな風が入ってきて、これ以上人生に何を求めるか? という気分だ。BGMが、シンプルにTVから流れるワイドショーというのもいい。

また、なすのはつまみの選択肢も多すぎて困る。メニューをすべて書き出してしまいたいほどだけど、たとえばもつ焼きは、多くが1串100円で、一部高いものでも120円。このご時世にすごい気概だ。「たん」「はつ」「レバ」などの定番はもちろん「サンドガツ」「ハツカン」「かしらあぶら」など、少しマニアックなものもいろいろあって楽しい。

煮込み系なら「もつ煮込み」「とろなんこつ」「とん足煮込み」、冷製なら「タン冷製」「はつ冷製」「こぶくろ冷製」、網焼き・炒めもの系なら「ホルモン焼」「塩カルビ野菜炒め」「ねぎタン塩」等々……やっぱりとても挙げきれないけれど、とにかく魅力的な品々がずらりで、来るたびに熟考はまぬがれられない。加えて、小さな文字でびっしりと埋めつくされたホワイトボードの日替わりメニューまであるんだから。

もつ焼きはどれも信頼の味。よく脂がのって旨味じゅわりの「かしら」(100円)、肉々しさとコリコリ食感のハーモニーが嬉しい大ぶりの「なんこつ」(100円)、味のベースはハツでありながら、ほんのりとレバーっぽい風味もあるような「ハツカン」(120円)、どれも塩加減絶妙でうますぎる。忘れてならないのが「自家製しょうが味噌」(100円)の存在。小皿で提供されるそれは、おろししょうがとみそを合わせたものと思われ、けっこうなピリ辛さがクセになる。これを串焼きにちょんとつけながら食べるのがたまらないのだ。

先日食べた日替わりメニューの「生うどマヨおかか」(190円)は、メニュー名どおりのシンプルな1品ながら、口のなかに春の訪れを感じられる逸品だった。「タン冷製」を頼んだら「今日は上タンもありますよ!」と言われ、値段不明ながら頼んだそれも(トータルのお会計が激安だったのでぜんぜん高いものではないと思われる)、しゃきしゃき食感と上質な旨味あふれる感応的な味わい。名物のひとつ「なすの漬」(180円)は、煮込みなどに使う大根の皮を、食べやすいチップ状に切って漬けたものだろう。素直な醤油味で、自宅で料理に使うときにも大根の皮は意地でも捨てない僕的に、とても好ましい一品だ。

と、その魅力を語り出したらきりがないなすの。まだまだ頼んだことのないメニューはいくらでもあるので、あくまで暫定ではあるけれど、個人的に第1位のメニューが「レバ刻みネギ塩」(330円)。ころころとカットされたレバーが熟練の技でふわりと焼かれ、そこに最強の味つけことごま油×塩、そしてたっぷりの刻みねぎがのり、にんにくが添えられる。こんがりと香ばしい香りとまったり甘い肉に、たっぷりのねぎのしゃきしゃき。そしてはずれようのない味つけ。まさに黄金の組み合わせで、これがホッピーに合う合う。

ちなみになすのには、キンミヤ焼酎のストレートに梅シロップをたらした「梅割」と、薬草やエナジードリンクの風味を感じるオリジナルシロップを使った「なすの割」もあって、それぞれ390円。ホッピーソトイチナカサンのあとにこれを飲めばだいぶ夢心地になれるけど、同時に酔っぱらいすぎにはくれぐれも要注意(特に自分)。

*       *       *

『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第23回は2025年5月1日(木)17時公開予定です。

筆者について

パリッコ

1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。

  1. 第1回 : 秋津「もつ家」の「モツ煮込み」
  2. 第2回 : 大泉学園「あっけし」の「火の鳥」
  3. 第3回 : 西荻窪「をかしや」の「練り切り」
  4. 第4回 : 赤坂「赤ちょうちん ぶらり」の「角こんにゃく」
  5. 第5回 : 新宿「モモタイ」の「ミニカオマンガイ」
  6. 第6回 : 池袋「梟小路」の「天ぷらそば」
  7. 第7回  : 上井草「やしん坊」の「馬さし」
  8. 第8回 : 大阪・鶴橋「よあけ食堂」の「エビエッグ」
  9. 第9回 : 京都・西大路御池「髙木与三右衛門商店」の「国産牛モモビフカツ」
  10. 第10回 : 大阪・新大阪「松葉」の「串かつ」
  11. 第11回 : 大門「ときそば」の「辻がそば」
  12. 第12回 : 荻窪「カッパ」の「ゾートゥー」
  13. 第13回 : 三軒茶屋「ebian」の「メンチ」
  14. 第14回 : 和光市「濱松屋」の「肉汁ハンバーグ」
  15. 第15回 : 立石「ゑびす屋食堂」の「生揚げ煮」
  16. 第16回 : 青井「橙橙」の「鯛のうす造り」
  17. 第17回 : 吉祥寺「戎ビアホール」の「エルビスサンド」
  18. 第18回 : 保谷「丸越」の「ソーセージ入りおにぎり」
  19. 第19回 : 神田「鶴亀」の「ニラモヤシ」
  20. 第20回 : 名古屋・伏見「大甚本店」の「煮アナゴ」
  21. 第21回 : 小田原「潮若丸」の「湘南しらすせんべい」
  22. 第22回 : 上石神井「なすの」の「レバ刻みネギ塩」
  23. 第23回 : 駒込「逆転クラブ」の「とりもも肉のグリル」
連載「酒場と生活」
  1. 第1回 : 秋津「もつ家」の「モツ煮込み」
  2. 第2回 : 大泉学園「あっけし」の「火の鳥」
  3. 第3回 : 西荻窪「をかしや」の「練り切り」
  4. 第4回 : 赤坂「赤ちょうちん ぶらり」の「角こんにゃく」
  5. 第5回 : 新宿「モモタイ」の「ミニカオマンガイ」
  6. 第6回 : 池袋「梟小路」の「天ぷらそば」
  7. 第7回  : 上井草「やしん坊」の「馬さし」
  8. 第8回 : 大阪・鶴橋「よあけ食堂」の「エビエッグ」
  9. 第9回 : 京都・西大路御池「髙木与三右衛門商店」の「国産牛モモビフカツ」
  10. 第10回 : 大阪・新大阪「松葉」の「串かつ」
  11. 第11回 : 大門「ときそば」の「辻がそば」
  12. 第12回 : 荻窪「カッパ」の「ゾートゥー」
  13. 第13回 : 三軒茶屋「ebian」の「メンチ」
  14. 第14回 : 和光市「濱松屋」の「肉汁ハンバーグ」
  15. 第15回 : 立石「ゑびす屋食堂」の「生揚げ煮」
  16. 第16回 : 青井「橙橙」の「鯛のうす造り」
  17. 第17回 : 吉祥寺「戎ビアホール」の「エルビスサンド」
  18. 第18回 : 保谷「丸越」の「ソーセージ入りおにぎり」
  19. 第19回 : 神田「鶴亀」の「ニラモヤシ」
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  24. 連載「酒場と生活」記事一覧
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