飯島愛のいた時代
第15回

フロム・サイレンスーー残された1枚のアルバム

飯島愛のいた時代

『日本エロ本全史』『日本AV全史』など、この国の近現代史の重要な裏面を追った著書を多く持つアダルトメディア研究家・安田理央による最新連載。前世紀最後のディケイド:90年代、それは以前の80年代とも、また以後到来した21世紀とも明らかに何かが異なる時代。その真っ只中で突如「飯島愛」という名と共に現れ、当時の人々から圧倒的な支持を得ながら、21世紀になってほどなく世を去ったひとりの女性がいた。そんな彼女と、彼女が生きた時代に何が起きていたのか。彼女の衝撃的な登場から30年以上を経た今、安田理央が丹念に辿っていきます。(毎月第1、3月曜日配信予定)
※本連載では過去文献からの引用箇所に一部、現在では不適切と思われる表現も含みますが、当時の状況を歴史的に記録・検証するという目的から、初出当時のまま掲載しています。

これほど話題のベストセラーともなれば、映画業界が放っておくはずもない。
『プラトニック・セックス』が刊行された一年後の10月20日に、映画『プラトニック・セックス』は公開された。
その約一ヶ月前の9月24日、28日にはテレビドラマ版の『プラトニック・セックス -娘の叫び! 親の涙…そして親子の闘いが始まる-』がフジテレビ系で前後編が放送されるなど、メディアミックス的な戦略が取られていた。
ちなみにテレビドラマ版は、主演は星野真里。他に佐野史郎、藤木直人、柏原崇、妻夫木聡、永島敏行、田中好子、網浜直子、さらに関ジャニ∞デビュー前の渋谷すばるも出演するなど、なかなか豪華なキャスティングとなっている。22.5%という高視聴率を叩き出し、主演の星野真里の体当たりの演技も話題となった。

一方、映画版『プラトニック・セックス』の主演は、オーディションで12083人の中から選ばれた当時16歳の加賀美早紀。それまでに演技経験のない新人だった。
監督はCMディレクターとして活躍後、阿部寛・羽田美智子主演の『人でなしの恋』で映画デビューし、吉川ひなの主演の『デボラがライバル』、米倉涼子主演の『ダンボールハウスガール』などを手掛けた松浦雅子。
脚本は、後に多くのテレビドラマの名作を書くことになる森下佳子。さらに総合プロデューサーとして飯島愛が所属するワタナベエンターテインメントの代表取締役社長である渡辺ミキが名を連ね、飯島愛本人も監修としてクレジットされている。

こちらの出演陣は、ヒロインの恋人役として、『仮面ライダークウガ』の主演で注目を集めていたオダギリジョー、謎の資産家として阿部寛、さらに加勢大周、石丸謙二郎などが脇を固めていた。援助交際の客としてブレイク前のカンニング竹山も出演している。
主題歌はスピッツの「夢追い虫」で、これはテレビドラマ版と共通である。

内容としては、飯島愛の書いた『プラトニック・セックス』は、あくまでもモチーフといった扱いで、主人公・門倉あおい(愛)と、新人DJの岩崎敏海の二人の恋愛を描いた青春映画となっている。AV出演にもあまり比重は置かれていないし、その後のタレントとしての活躍も描かれない。

飯島さんは映画では原作・監修という形になっています。舞台は現代を描いたものなので、原作にはない(筆者注:携帯電話の)メールなども出てきます。キャスティングや演技指導にも関与していませんし、もちろん本人の出演もありません。それに原作では家族との葛藤などがベースとなっていましたが、映画はラブストーリーとして作られています。援助交際、キャバクラ、AVなどの細かい設定は同じですが、もう一つのプラトニック・ラブ(原文ママ)として見てください(東宝・広報担当者) 
(『アサヒ芸能』2001年11月1日号)

映画誌から黙殺された映画化

全国170館での大規模公開、さらに女子高生のみを招待しての試写会や、初日から一週間は女子高生限定で入場料1000円興行をするなど、東宝もかなり力を入れた作品となった。
『Weeklyぴあ』(ぴあ)の「東京での公開日動員ランキング」は9位、「公開初日観客満足度ランキング」では第10位、平均78.9点という結果となっている。

100点「自分が10代の頃を思い出す。当時の自分と重ね合わせて見てしまい、人生や人の心、恋愛について考えさせられた。」(学生 23歳 男性)

80点「オダギリジョーがカッコよく、ファンになってしまった。TVとは少し違う、物語がよい。愛の形として羨ましい。」(学生 16歳 女性)

80点「加賀美早紀の演技が上手かった。スピッツの曲と作品の雰囲気が意外にマッチしている。TV版よりマイルド。」(アルバイト 19歳 女性)

結果的には興行収入7億円という、まぁまぁの成績となり、2001年度の年間興行収入ランキング(キネマ旬報調べ)では、『RED SHADOW 赤影』(監督:中野裕之)と並んで19位にランキングされている。ちなみにこの年の1位は、316億円を叩き出した宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』であった。
加賀美早紀は、日本アカデミー賞新人賞を受賞。作品自体も話題賞を受賞している。

ただし、映画雑誌などからは黙殺されており、あまり評論の俎上に取り上げられることはなかった。かろうじて『キネマ旬報』の「劇場公開映画批評」で触れられているが、どこか馬鹿にしたような書き方である。

何を隠そう、飯島愛先生の原作小説も読んでいるし、フジのTVドラマ版も観ているワタシなのである。メガヒットとなった小説に関しては、「私性(原文ママ)の生々しさ」と「スキャンダラスな吸引力」と「超古典的な波乱と泣き」が見事に合体した、抜群の大衆性を持った構造であり、むろん大ウケは十分納得。TVドラマは、正直ふざけた出来であったが、飯島先生の同時代人として90年代日本風俗史の側面を懐かしく楽しんだし、ピュア派の星野真里がヨゴレを演じるというだけである種のエロ心が動いたし、オチは普通にちょっと泣けてきたりして、電気代だけで観られる商品としてはこんなもんかと、一応の納得へは至った次第。
となると、非常に残念なことではあるが、この映画版が、最もネライのわからないシロモノに仕上がっているのであった。
まず、時代設定がよくわからない。てっきり原作&TVと同じだと思って挑んだのだが、どうも違う。「いま」のもよう。だがアイテム的に同時代をなぞる、その姿勢だけで時代のリアリティ(実質)を手放したようなものだし、お勉強不足の面では、いちいち強烈な違和が噴出する。阿部寛の変な服やテンションなどは、もはや意味不明としか形容しようがない。
また松浦雅子監督のストリートをとらえる視線は、当たり前すぎて日常では無視するはずの風景にわざわざ向いていて、よそ者オーラが漂いまくっている。
(中略)結局、原作の良さはあくまでも自分の痛みを語っているからだし、ヒロインをいまの10代に設定するのが企画の要請であったとしても、別モノで飯島愛の強度に対抗できると思った時点で誤算だったのでは。
(『キネマ旬報』 2001年12月下旬号、評者無記名)

その『キネマ旬報』を始めとする各映画雑誌でも、年間ベスト作品、そしてワースト作品にも『プラトニック・セックス』の名前は上がっていない。

クラブ・ミュージックのプロデュース

映画『プラトニック・セックス』の作中で、重要な役割を果たす「From Silence」という挿入曲がある。アーティスト名はNOT AT ALLとクレジットされている。
実はこの曲は、映画公開一ヶ月前にチャゲ&アスカがリリースしたシングル曲「C-46」のインストゥルメンタル・ヴァージョンである。

この「From Silence」にはリミックス・アルバムというものが存在する。ゲーム会社スクウェア(現スクウェア・エニックス)傘下のデジキューブから2001年12月にリリースされた、OPPOSITE名義による『From Silence』がそれだ。
ジャケットにはプロデューサーの名前はクレジットされていないのだが、『週刊プレイボーイ』の記事で、飯島愛本人がプロデュースを手がけていることが語られている。

飯島愛がプロデュースしたOPPOSITEよるリミックス・アルバム『From Silence』

彼女のプロジェクトが目指すのは、音楽の世界だけでは終わらない!? 著書『プラトニック・セックス』の映画化に伴い、その挿入歌を始めとした音楽プロジェクト〝OPPOSITE〟をプロデュースした飯島愛。「まぁ、税金対策ということで(笑)。でも、こういうことやりたかったんですよ。ただ〝飯島愛〟って人にはその人なりのキャラクターがあって、本が売れたからって急に写真撮ったり音楽やったりとかっていうのはありがちなパターンでカッコ悪いなと(笑)。才能あれば別だけどね。でも、今まで過ごしたなかでお友達っていっぱいできるじゃない? そういう人たちにお願いをすることはできるから、今回も好きにやってくださいってお願いして」
(中略)そう語る背景には彼女自身が、今作の制作に携わった中西俊夫を始め、様々なクリエイターたちに「お金じゃないなにかで育ててもらった」感覚があるからなんだと。
「そう、お世話になったし、今でもリスペクトしているんだけど、昔、GOLDや第三倉庫とかにいたそういう人たちが実際にサブカルチャーを作ってきたでしょ? でも、彼らが若い時にはその上にいた人が才能を見抜いてあげたわけで。まぁ、私のプロジェクトはそこまでクリエイティブじゃなくていいんだけど(笑)。そういえば、全然、音楽の話してないね。だって、あんまり語れないんだもん(笑)。子供の頃、サザンのテープ買いにいったら間違って〝ふきのとう〟(フォークデュオ)のを買ったりしてるくらいだから」
つねに自分が面白がれるものを天性の嗅覚で求め続けている彼女。そのセンスは〝飯島愛〟の一般的イメージのなかで最も前に出にくく、けれども最も大きな割合を占める部分なのかもしれない。
(『週刊プレイボーイ』 2002年1月15日号)

この記事の中に突然、中西俊夫の名前が出て来たことに驚く人も多いのではないだろうか。80年代にテクノポップブームの中心的存在であったプラスチックスのボーカリストであり、その後もメロンやLOVE T.K.O.などのユニットで活躍し、クラブ・ミュージック専門レーベルMAJOR FORCEを設立するなど、日本のクラブ・ミュージックを語る上で欠かせない存在のミュージシャンだ。

リミックス・アルバム『From Silence』に参加しているリミキサーのTYCOON TO$Hは中西俊夫の別名義であり、SKYLABも彼のユニット。他にもハウィー・B、アンドリュー・ヘイル、MALAWI ROCKS(EMMA、川内太郎)、FLATLANDといった中西周辺のミュージシャンが名前を並べている。

一般的な飯島愛のイメージとはかけ離れた、どちらかといえばアンダーグラウンド系の先鋭的なジャンルのダンス・ミュージックのアーティストばかりであり、音楽に詳しい人ほど、この顔ぶれは意外に思われるだろう。
クレジットも無かったように、このOPPOSITEは飯島愛プロデュースを前面に出すこともなく、プロモーションもほとんど行われなかったこともあり、あまり一般的な注目を集めることもなかった。
2003年に発売された飯島愛3冊目となる書籍『生病検査薬≒性病検査薬』(朝日新聞社)は『週刊朝日』連載のエッセイ「飯島愛の錦糸町風印税生活」をまとめたものだが、この中にOPPOSITEでのプロデュースについて触れたと思われる一節がある。

私、ここ一、二ヶ月、ぜんぜん遊んでないかもしれない。クラブには出入りしていたから、人には遊んでいるように見えたかもしれないけど、実はこれ、仕事なんです。
映画「プラトニック・セックス」のために書いてもらった曲を、12inch版(原文ママ)にして発売する、ということを六月からやっている。これは私の青春そのものだ。
(中略)でも実際やってみると、プロデュースってシロウトにはすごく難しい。本業の仕事以外の時間にやっている。時間がなくて予定どおりにも進まない。そして重大なことに気付いた。そもそもタレントの気持ちではプロデューサー業は成立しない。



また、YouTubeのショートインタビュー番組「ニートtokyo」に、日本のヒップホップDJのレジェンド的存在のひとりであるDJ KENSEIが登場した回(2020年5月配信 )で、飯島愛との関わりを語る下りがある。

彼女がスタジオみたいなのを作ってくれたんですよ。僕、ちょっとDJ忙しくて、せっかく制作できる場所を作ってくれたのに、全然行けなくて。
なんで作ってくれたのかと言うと、僕がFinal Dropっていうユニットをやっていたんですけど、そのアルバムすごい気に入ってくれて、いろんな人に買って紹介してくれて、感動したからもっと音楽作ってほしいってこと言われたんですよ。
そこからすごい仲良くなって、彼女がやってるラジオ番組で、そのお礼で何かできないかなっていうのでスピッツのミックス物を作ったんですよね。彼女がスピッツが好きだっていうから。
(中略)すごい男前のかっこいい人でした。

あまり語られることはないが、飯島愛にはこうした人脈を持っているという一面もあったのである。

筆者について

安田理央

やすだ・りお 。1967年埼玉県生まれ。ライター、アダルトメディア研究家。美学校考現学研究室卒。主にアダルト産業をテーマに執筆。特にエロとデジタルメディアの関わりや、アダルトメディアの歴史の研究をライフワークとしている。 AV監督やカメラマン、漫画原作者、イベント司会者などとしても活動。主な著書に『痴女の誕生―アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』『巨乳の誕 生―大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』、『日本エロ本全史』 (以上、太田出版)、『AV女優、のち』(KADOKAWA)、『ヘアヌードの誕生 芸術と猥褻のはざまで陰毛は揺れる』(イーストプレス)、『日本AV全史』(ケンエレブックス)、『エロメディア大全』(三才ブックス)などがある。

  1. 第0回 : はじめにー90年代に何が起きていたか
  2. 第1回 : “ノスタルジックで清楚な美少女”ー初期の飯島愛
  3. 第2回 : 1992年は飯島愛の年だった
  4. 第3回 : ランキングから消える飯島愛の「変化」
  5. 第4回 : 「AV業界」との複雑な関係
  6. 第5回 : 『ギルガメッシュないと』が生んだスター
  7. 第6回 : 期待される「キャラ」と「役割」
  8. 第7回 : 「ライバル」たち、そして東大五月祭事件
  9. 第8回 : 自衛隊との「共演」、そして「テレビCM」へ
  10. 第9回 : 飯島愛と“ギャル”の誕生
  11. 第10回 : 「外見と違って、実はちゃんとしている」という物語
  12. 第11回 : CGアーティストという「夢」
  13. 第12回 : 引退と卒業、評価と中傷
  14. 第13回 : 20世紀最後のベストセラー、『プラトニック・セックス』
  15. 第14回 : 同構造の「純愛」物語――”ケータイ小説”と『プラトニック・セックス』
  16. 第15回 : フロム・サイレンスーー残された1枚のアルバム
連載「飯島愛のいた時代」
  1. 第0回 : はじめにー90年代に何が起きていたか
  2. 第1回 : “ノスタルジックで清楚な美少女”ー初期の飯島愛
  3. 第2回 : 1992年は飯島愛の年だった
  4. 第3回 : ランキングから消える飯島愛の「変化」
  5. 第4回 : 「AV業界」との複雑な関係
  6. 第5回 : 『ギルガメッシュないと』が生んだスター
  7. 第6回 : 期待される「キャラ」と「役割」
  8. 第7回 : 「ライバル」たち、そして東大五月祭事件
  9. 第8回 : 自衛隊との「共演」、そして「テレビCM」へ
  10. 第9回 : 飯島愛と“ギャル”の誕生
  11. 第10回 : 「外見と違って、実はちゃんとしている」という物語
  12. 第11回 : CGアーティストという「夢」
  13. 第12回 : 引退と卒業、評価と中傷
  14. 第13回 : 20世紀最後のベストセラー、『プラトニック・セックス』
  15. 第14回 : 同構造の「純愛」物語――”ケータイ小説”と『プラトニック・セックス』
  16. 第15回 : フロム・サイレンスーー残された1枚のアルバム
  17. 連載「飯島愛のいた時代」記事一覧
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