うたた寝は生活を狂わす
第3回

アメリカのBTSと銀河で一番静かな革命

カルチャー
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なんてことないことがなくなったら、なんてことあることしかなくて大変だ。これは、カルチャー誌『ケトル』の副編集長である花井優太が、生活の中で出会ったことをざっくばらんに、いや、ばらっばらに綴り散らかす雑記連載です。おそらく毎週更新されます。おそらく……。第三回目は、アメリカのBTSと最近読んだ小説の話。

* * *
「BTSを世界的なスターに育てる、モバイルゲーム『BTS WORLD』が6月にリリース」。「Rolling Stones」が6月7日に配信したニュースの見出しである。考えずとも、これが防弾少年団の情報であることはわかる。韓国が生んだスーパー・グループ、今となってはすぐにそう理解できる。でも、このBTSという文字の並びに出くわすと、違うものを思い浮かべてしまうのだ。

ビルト・トゥ・スピル、略してBTS。USインディの良心であり、デスキャブもストロークスも憧れる最高のバンド。ベン・ギバードの歌い方なんて思いっきり影響丸出しだし、僕もバンドをやっていたころはだいぶ彼らからアイデアを拝借していた。フィードバックも、クリーンのアルペジオも、気持ちよく入るトレモロも、ジョージ・ハリスンとジョニー・マー譲りのトリッキーなフレーズも、何もかもである。お気に入りのアルバムは『キープ・イット・ライク・ア・シークレット』と『エンシェント・メロディ・オブ・ザ・フューチャー』の2枚(年齢がバレますなあ)。郊外の中古レコード屋から始まった、僕のアーバン・ブルーズへの憧憬。

そんな背景があるもので、数年前にテレビから初めて「BTSが今、女性に人気です」と聞こえてきたときには、至極驚いた。なんだと!? あの髭をたくわえたオッサンが大人気だと……。どうなっちまってるんだ。まったく錯乱で硬直。俺の青春、初代iPodから幾度となく流れた「Carry The Zero」、耳コピを諦め海外のサイトでTAB譜を探し求めるために酷使したWindows XP、全てがいっぺんに脳内スクリーンに映し出された。興奮しながら、そしてキャッキャとしながら勢いよく画面に顔を向けたら、ぜんぜん違うじゃん! 初めてコンバージョンを表すCVを目にした際、キャラクターヴォイスだと思ったぐらいの衝撃。こんなとき、どうしたら良いんでしょう、大塚明夫先生。アイオニオン・ヘタイロイでどうか亡き者にしてほしい。

ただ、BTSという文字を見るたびに、ビルト・トゥ・スピルから連想してシェラックやペイヴメントのレコードを棚の奥から引っ張り出し、USインディに浸るなんて時間が今でも生まれるわけだ。YouTubeを開いては、おはよう愛しのシー・アンド・ケイク、こんにちは麗しのザ・ディスメンバメント・プラン。ごきげんよう。「ピッチフォーク」をスマホで見て、スネイル・メールみたいな新しい才能に出会えたり、KEXPでレジェンドたちの近影を認識したりする。2代目BTSこと防弾少年団には、心より感謝申し上げます。

アイダホ、シアトル、ワシントンD.C.……、ネットの上を宛てもなく転がりつづけける旅は続く。シカゴに到着したところで、スティーヴ・アルビニがGEZANの新譜をプロデュースしていたことを知った。リリースされたのは昨年秋。やはり、アンテナを張っていないと情報は入ってこない。考えてみれば、最後に彼らの音源を聴いたのは3年ほど前ではないだろうか。曖昧模糊な記憶、音像は鮮明によみがえらない。普段だったらそこまで気になったりしないのだが、この時ばかりはCDプレイヤーで「blue hour」を再生。スマパンっぽいフレーズが入っていたなんてことも思い出し、嗚呼、確かにこういう曲だったと。沁み入るノスタルジー。容量600ml、サーモスの真空断熱タンブラーいっぱいに入れたハイボールが、いつもより美味しかったのも気のせいではないはずだ。

ほどなくしてある晩、ひょんなきっかけで『銀河で一番静かな革命』という小説をいただいた。著者はマヒトゥ・ザ・ピーポー。GEZANのボーカルである。なんたる偶然。自己告白的なものがくるのか、ネクロノミコンも慄然する名状し難い何かなのか。この瞬間からGEZANのこともマヒトのことも、書名も、一切の検索を禁じ、情報を遮断。本を開くまでは、何もわからないようにした。そして冒頭数行で、自己告白でも奇談でもないことはすぐにわかったのである。

あとすこしで終わってしまう世界で、孤独を抱える登場人物たちは何を見つけるのか。それぞれに与えられた寿命ではなく、それぞれが同時に終わりを迎える日を目前にして、何を思うのか。4人の視点から語られ、時に彼らは交差する。雑誌のキャプションに短くまとめろと言われたら、こんな風に書くだろう。うーん、これではあまり伝わらない。

本書は紛れもなく、詩人であり音楽家である人間が紡いだ物語なのである。冒頭でいきなり訪れる無音、フィクションのなかで聞こえてくるタンジブルな生活音、はっきりと情景は浮かぶが、くどさはまったくないしなやかな筆致。テンポも心地よい。とても音楽的で、とても詩的。

映像は時間を盗むことができると本に書いたのは、神山健治監督だったか。子どもが門限を過ぎても帰って来ない親のもとに、一本の電話がかかってくる。受話器をとった母親は驚愕の表情を浮かべる。次のシーンでは家の前にパトカーが止まっている。ここまでで、誘拐事件に巻き込まれた可能性が思い浮かぶ。これが、1ヶ月の出来事を2時間に閉じ込められる映像の魔法である。歌詞に許される時間はもっと短い。たいがい3分、5分、長くて10分のなかに言葉を置いていく。それ以外ない言葉を、それ以外ない音に乗せ、尺と文字数以上の情報量を作り上げていく。

曲よりも長く、言葉を紡ぐことを許されたことで生まれた本作は、小説のかたちをしたコンセプト・アルバムなのではないか。綱渡りをして過ごす人たちが、最後の最後で見つける希望。折り重なるア・デイ・イン・ザ・ライフ。「人と人は別れられないんだよ。出逢うだけなんだ」ということだろうか。それにしても、結局ここまでストーリーの細部にまったく触れてねえ。いや、それがいい。その方が、ストーブの暖かさを感じられるはずだ。

■NOTES
1●防弾少年団
韓国の男性ヒップホップグループ。2013年デビュー。

2●ビルト・トゥ・スピル
アイダホ州出身のインディー・ロックバンド。ギターボーカルで作詞作曲を務めるダグ・マーシュを中心に1992年に結成。

3●デスキャブ
デス・キャブ・フォー・キューティ。アメリカのロックバンド。1998年デビュー。中心人物は、ギターボーカルで作詞作曲を務めるベン・ギバード。バンド名はビートルズの映画『マジカル・ミステリー・ツアー』に出てくる架空のバンドから。

4●ストロークス
アメリカのロックバンド。1999年結成。メンバーはデビュー時から変わらず、ジュリアン・カサブランカス、ニック・ヴァレンシ、アルバート・ハモンドJr.、ニコライ・フレイチュア、ファブリツィオ・モレッティの5人。

5●フィードバック
ギターとアンプを向き合わせると鳴るハウリング。あれです。

6●アルペジオ
和音を構成する音を、一つずつ弾くこと。

7●トレモロ
奏法もありますが、ここで指すのはエフェクター。歪んだ不思議な音がします。

8●ジョージ・ハリスン
1962年、ザ・ビートルズのギタリストとしてデビュー。1943年2月25日生まれ。2001年11月29日没。

9●ジョニー・マー
1983年、ザ・スミスのギタリストとしてデビュー。1963年10月31日。ノエル・ギャラガーに髪型とギターを真似されている。

10●TAB譜
音符ではなく、弦を押さえる場所が載っている譜面。

11●大塚明夫
声優。1959年11月24日生まれ。代表的な役に『メタルギア・ソリッド』のスネーク、攻『殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』のバトー、『Fate/Zero』のライダーなど。

12●アイオニオン・ヘタイロイ
王の軍勢。イスカンダルの宝具です。

13●シェラック
シカゴ出身のマス・ロックバンド。1992年結成。中心人物はギターボーカルのスティーヴ・アルビニ。アルビニは「キム・ゴードンズ・パンティ」という曲をソニックユースとの対バンで演奏し、キムの(当時の)夫であるサーストン・ムーアにぶん殴られてます。

14●ペイヴメント
カリフォルニア出身のオルタナティヴ・ロックバンド。1992年デビュー。ローファイ界の雄。どのアルバムも好きです。

15●シー・アンド・ケイク
シカゴ出身のロックバンド。1994年デビュー。地面にマイクを埋める男として有名なトータスのジョン・マッケンタイア先生がいます。最高。

16●ザ・ディスメンバメント・プラン
ワシントンD.C.出身のロックバンド。1995年デビュー。ギターボーカルのトラヴィス・モリソンのソロも良い。『Emergency & I』と『Change』は鼓膜破れるほど聴きました。

17●ピッチフォーク
ピッチフォーク・メディア。アメリカの音楽メディア、及びそのウェブサイト。

18●スネイル・メール
2016年に16歳でデビューしたUSローファイの神童、リンジー・ジョーダンのユニット名。去年一番聴きました。曲最高、声最高、ギターの音最高!

19●KEXP
アメリカのFMラジオ局。スタジオライブ映像がYouTubeで見られます。

20●GEZAN
2009年大阪で結成したオルタナティブロックバンド。メンバーはマヒトゥ・ザ・ピーポー、イーグル・タカ、カルロス・尾崎・サンタナ、石原ロスカル。最新作は『Silence Will Speak』。

21●スマパン
スマッシング・パンプキンズ。シカゴ出身のオルタナティヴ・ロックバンド。1991年デビュー。フロントマンのビリー・コーガンは、ペイヴメントのスティーヴン・マルクマスと仲が良くないです。

22●ネクロノミコン
H.P.ラヴクラフトが書くクトゥルフ神話に出てくる魔道書。

23●神山健治
アニメーション監督。1966年生まれ。代表作に『攻殻機動隊 S.A.C.』シリーズ、『精霊の守り人』、『東のエデン』など。

24●ア・デイ・イン・ザ・ライフ
ビートルズが1967年にリリースしたコンセプト・アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』収録曲。

25●「人と人は別れられないんだよ。出逢うだけなんだ」
マヒトゥ・ザ・ピーポーが敬愛するシンガーソングライター、友川カズキの言葉。

■筆者プロフィール
花井優太(はない・ゆうた)
プランナー/編集者。太田出版カルチャー誌『ケトル』副編集長。エディトリアル領域だけでなく、企業のキャンペーンやCMも手がける。1988年サバービア生まれサバービア育ち。昨年一番聴いたアルバムはSnail Mail『LUSH』。タイトルが載った写真は関口佳代さんに撮っていただいたものです。Twitter : @yutahanai

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

筆者について

花井優太

はない・ゆうた。プランナー/編集者。太田出版カルチャー誌『ケトル』副編集長。エディトリアル領域だけでなく、企業のキャンペーンやCMも手がける。1988年サバービア生まれサバービア育ち。昨年一番聴いたアルバムはSnail Mail『LUSH』。タイトルが載った写真は関口佳代さんに撮っていただいたものです

  1. 第1回 : 元号越し蕎麦「へいせいろ」を知った夜
  2. 第2回 : 三十路に出現した恐怖の谷からの生存戦略
  3. 第3回 : アメリカのBTSと銀河で一番静かな革命
  4. 第4回 : 酔いが深い夜にして小沢健二と伊丹十三を想う
  5. 第5回 : どうしてこんなにも電話はラブソングをキュンとさせるんだろう
  6. 第6回 : 紡がれるmellow wavesのち、兆楽へ
  7. 第7回 : 「オールド・ラング・サイン」が鳴り響く世界で
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