雑誌『ケトル』は、6月号として「みんなの大好き」特集を制作中。みんなの大好きをつくる方々と、各々が好きなものに焦点を当てた内容になります。そして現在、note公式アカウントでは、特集「みんなの大好き」にちなんで「#わたしの大好き」をテーマに1000〜1500字のコラム・エッセイを募集中。新型コロナウイルスによって、人と人だけではなく様々なものと距離を取らざるを得ない日々が続きますが、「いまは触れらないが、収束後は……」「外では難しいが、今は家の中で楽しんでいる」「あらためて自分にとって大切なものだと気づいた」など、大好きなものや、愛が深まったものへの想いを寄稿いただいてます。今回はその中から川島絵美さんの原稿を紹介させてください。
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わたしは東京に住みはじめて3年ほどで、まだ降りたことがない駅は山ほどある。そんなわたしでも、最近になってようやく自分の好きな場所を見つけることができた。写真美術館や写真専門のギャラリーだ。時間があればススッと体が勝手に吸いつけられるほど、わたしにとって日常から脱出できる大事な場所になっていた。
思い返せば、写真との最初の出会いは、おそらく九州で古書店を営んでいた亡き祖父がきっかけだ。祖父の家に家族で遊びに行くと、首から下げたフィルムカメラで写真を撮ってくれて、写っている人数分をわざわざ焼き増して封筒に入れて送ってくれた。しかも、全ての写真の裏に使い古した筆で場所と日付が書かれている。将来、子どもが巣立って家族がバラバラになった時に、それぞれが写真を持っていけるようにと人数分くれていたのだろうか。祖父ならそこまで考えかねない。謹厳実直で筆まめな人だった。
写真は不思議だ。シャッターを切った瞬間に時間が四角い形に収まり、次の瞬間から記憶を呼び戻す道具になる。
わたしは自分のカメラを自分のお金で買ったのが、2018年とごく最近で、それまでは家族のお下がりを使っていた。だから、自分のカメラが手に入った時は嬉しくて毎週のように出かけて、インスタグラムに写真を上げていた。新聞社に勤務するカメラマンに「東京に引っ越したばかりなら、目に映る景色は旅行者のように新鮮だから撮るといいよ」と言われ、連日出かけていたのを思い出す。しかし、ある日「他の人が撮る写真と自分の写真、何が違うんだっけ」「誰でも撮れるものしか撮ってないかもしれない」と考えはじめ、怖くなってシャッターを押せなくなってしまった。
そこから、わたしは恵比寿にある東京都写真美術館のワークショップに参加して、学芸員さんに写真をみてもらったり、フジフィルムが池袋で開いている講習にも参加したりした。でも、あーでもないこーでもないと頭の中をミキサーでかき混ぜられたような状況になり、自意識は悪化の一途を辿っていった。
手が止まってしまったわたしは足を動かすことにした。アート専門の書店NADiff a/p/a/r/tで開かれたトモ・コスガさん(深瀬昌久アーカイブス ディレクター)と戸田 昌子さん(写真史家)の対談イベントを予約し足を運んだ。あれは2018年9月のまだちょっと蒸し暑さが残る夏の終わりだった。写真家について話すお二人がとても魅力的で、その日のことが頭から離れなかった。それを境に、少しずつ情報を集めはじめて、時間があれば写真展に行くようになった。東京都写真美術館、IMA Gallery、POST、Fujifilm Square、アニエスベー・ギャラリー・ブティック、ガーディアン・ガーデン、シャネル・ネクサス・ホールなどなど…。写真新世紀や1_WALLなど写真家の登竜門と呼ばれるような展覧会にも行った。
中でもいちばん好きなのは、大規模な国際写真展だ。今年は秋に延期になってしまったKYOTO GRAPHIEや中止になってしまった浅間国際フォトフェスティバルなど、写真を愛する人たちの場所は温もりがあって心を掴んで離さない。地方出身のわたしは、近所に写真のギャラリーがあるわけではなく、せいぜい美術館の図書館にある写真集を友人とパラパラと眺めることしかできなかった。その頃と比べると、わたしの写真に対する認識は随分変わったと思う。野外で開催される写真展はテーマパークのようで、写真集で見るような閉じた世界ではないのだ。
写真を撮るのが怖くなって、みることにシフトして得られた喜びは想像以上に大きかった。ある写真家さんの展示をみに行って、本人とお会いしたときに、「撮れない時期がいちばん大事なんですよ」と言われてホッとしたこともあった。もっとたくさんの作品をみて、自分の写真をまた撮れるようになったらいいなと思う。趣味なのに真剣になりすぎて少し笑ってしまう。でもそれくらいわたしは写真が好きなんだろうなと思う。
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いただいた言葉の一つ一つが、また誰かの文化との出会いになれば幸いです。お好きなものについてぜひご寄稿ください。宜しくお願い申し上げます。