うたた寝は生活を狂わす
第7回

「オールド・ラング・サイン」が鳴り響く世界で

カルチャー
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なんてことないことがなくなったら、なんてことあることしかなくて大変だ。これは、『ケトル』の副編集長である花井優太が、生活の中で出会ったことをざっくばらんに、いや、ばらっばらに綴り散らかす雑記連載です。第7回。


※初出:雑誌『ケトル』編集部note公式(3月26日)

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ベッドから起き上がり、とりあえずレコードに針を落とす。つい最近買ったジョーン・オブ・アークのデビューアルバム『ア・ポータブル・モデル・オブ・アーク』(再発じゃなくてオリジナル版!)。キンセラ、懐かしい。今から10年ほど前のこと、大学生の頃は、エモやポストロックが大変流行っていて、少なからず自分も影響を受けた。レーベルも掘り始めて「USインディー最高!」なんて言ったりする。やっぱりシカゴだな、なんてわかったような口をききながら、なんてことない日々を過ごすのだ。起きていない頭でキャンパスへ行き、気は散り散りで講義を聞く。聞く? いや、いる。いるだけだ。教室が広ければ、教授の目が届かぬことをいいことに関係ない本を読んでいたりする。そして登下校、移動、サークルの部屋、自分の家、友達の家では音楽が流れ続ける。講義の最中も、頭の中では何かしらの曲が鳴っていた気がする。悪い見本、ここに極まれり。

ディスクユニオンやレコファンで中古のCDを見つけては喜ぶ日々。買った次の日は友達と情報共有する。二十歳前後はそんなことしかしていなかった。しかし、大学の卒業を間近に控えた2011年3月でそんな居心地のいい生活も一変、音楽がしばらく聴けない心境になってしまった。地震だ。残された大学生としての怠惰を貪るように昼寝をしていた僕は、ものすごい揺れで目を覚まし、咄嗟に本棚を支えた。揺れがおさまるとインターホンが鳴り、ドアの前には向かいのアパートに住む後輩。本やレコードで生き埋めになっていないか見に来たらしい。僕らはテレビを通して起きたことの悲惨さに射竦められながら、それでも何かしていないと落ち着かず、大量に米を炊きおにぎりを握り出した。何個握っただろう……。当時一緒に暮らしていた彼女は、仕事先から出られず、最終的に夜中の線路を歩いた。僕は、夜通しテレビで津波のショッキングな映像を眺めながら、彼女の帰りを待っていた。

彼女は無事帰って来たが、数日後に奥松島の親戚が亡くなったことを知る。大学の卒業式もなくなってしまった。唯一熱を入れて取り組んでいた音楽活動は、気力が生まれず手がつかない。そもそも、未曾有の事態で表現活動をすること自体にも賛否が出るような状態だった。いつでも頭の中で何かしらの旋律が流れて曲作りは得意な方だったはずなのに何も浮かばないし、そもそも音楽も聴きたくないのだ。物理的永続なんてものは存在しないのはわかっている、大切な人ともいつかは離れてしまう。ただ、当たり前だったものがあまりにも突然いっぺんに奪われると、どうしようもない。多分、人生で初めて本気でそれを感じた。3月になるたび、毎度思い起こされる記憶と感覚が、今年はより鮮明に頭の中を伝っている。

こういう気分にすっぽり包まれると、当然外に出るのも億劫だ。しかしながら、広瀬すずと吉沢亮のダブル主演映画『一度死んでみた』の公開初日に僕は足を運んでいた。脚本は澤本嘉光さん、監督は映画でメガホンを取るのは初だという浜崎慎治さん。二人とも、普段はCMがメインのフィールドである。そんな二人がどんな映画をつくるのかに当然興味があった、しかしそれより僕が惹かれたのはあらすじである。

父親を嫌う大学生の七瀬(広瀬すず)は、遅れて来た反抗期が影響して始めたデスメタルバンドのライブで、父である計(堤真一)に対して「一度死んでくれ」と叫ぶ日々を過ごす。父にファブリーズをかけたり、「死ね」と書かれたスタンプをLINEで送ったり、父の似顔絵を書いたサンドバッグを殴る蹴る……とにかく、父を忌み嫌っているのだ。しかしそんななか、父の訃報が突然届く。母もすでに亡くしており、加えて父も失った七瀬は悲しみに暮れるが、実は父は自身が経営する製薬会社の新薬で仮死状態になっているだけで、二日待てば生き返るのだった。ほうっておけば勝手に生き返る、が、計の会社のライバル企業が仮死状態のまま火葬し葬り去ろうとしていることが判明し、七瀬は計の秘書・松岡(吉沢亮)とともに計が無事生き返るように奔走するーー。

計は幽霊になり自分がいなくなった世界を見つめ、七瀬は父がいなくなった世界で父を取り戻そうとする。これはもしや……と頭を過ぎったことがあり、劇場に赴いたのだ。そして、もしやがやはりとなるのには、そう時間はいらなかった。物語序盤、計が「二日だけ死ぬ薬」を飲むのは12月23日だった、つまり生き返るのは12月25日だ。クリスマスを舞台に、男は自身がいない世界を見つめ、大切な人たちの存在を再確認する。

これは、フランク・キャプラの『素晴らしき哉、人生!』である。『素晴らしき〜』は、街で一番邪悪な富豪にハメられ自身の営む事業が困難になった心優しい男ジョージが、クリスマスイヴに自殺をはかり、天使に自分が全く存在しなかったらどんな世界になっていたかを見させられる。自分がいない街はあまりにも荒廃していて大切な人たちも不幸な人生を送っており、ジョージは「自分の人生は素晴らしかった」と、もう一度生き直すことを決意する。ジョージを家族と友人たちが囲み「オールド・ラング・サイン」を合唱するラストは、毎年クリスマスを過ごすアメリカの家庭のテレビに映し出される映画史を代表する名シーンだ。家族との絆を確かめ合う作品として誰もが知っている、アメリカのクリスマスの定番といわれている。考えてみれば、澤本さんの前作『ジャッジ』もキャプラの『スミス都へ行く』を感じさせるものだった。

『一度死んでみた』では、当たり前だった存在の喪失を感じる子が成長して行く姿を、親が幽霊として眺める。映画『天国から来たチャンピオン』よろしくな火葬×水先案内人コメディとしても楽しめるが、この3月という時期に、失った人の大切さや隣にいる人との絆を再確認させる作品を軽妙なエンターテインメントとして世に出されたことが何よりも嬉しい。仮死状態の薬の名前がジュリエットだったり、松岡のあだ名がゴーストで、七瀬と松岡がクリスマスケーキを食べる場面では『ゴースト ニューヨークの幻』の主題歌「アンチェインド・メロディ」がかかったり、ケーキに挿す太いロウソクは同映画の有名シーンで登場する謎陶芸を彷彿させる。元ネタ探しも楽しみ方の一つだろう。

もう会えない人を、友達を、今そばにいる人を時に思いながら、笑いながら観るのがきっといい。「オールド・ラング・サイン」は、懐かしき愛すべき日々と友人への歌。じゃあ『一度死んでみた』では、バンドでボーカルをやっている七瀬がどんな曲を歌うのか。そこを聴いてほしいデス。

◼️NOTES

1●ジョーン・オブ・アーク
シカゴのエモ、ポストロックシーンを代表するバンド。首謀者はキャップン・ジャズのティム・キンセラ。1996年に始動し、1997年に『ア・ポータブル・モデル・オブ』をリリース。最新作は2018年リリースの『1984』。

2●澤本嘉光
1966年生まれ、長崎県出身。CMプランナー/クリエイティブ・ディレクター。東京大学文学部卒業後、電通に入社。ソフトバンク「白戸家」シリーズ、東京ガス「ガス・パッ・チョ!」シリーズ、家庭教師のトライ「ハイジ」などヒットCMを担当。映画脚本は『犬と私の10の約束』、『ジャッジ!』に続き本作が3作目。

3●浜崎慎治
1976年生まれ、鳥取県出身。CMディレクター。主なCMにKDDI/au「三太郎」、日野自動車「ヒノノニトン」、家庭教師のトライ「ハイジ」、花王「アタックZERO」など。ACCグランプリ、ACCベストディレクター賞、広告電通賞優秀賞、ギャラクシー賞CM部門大賞など受賞多数。本作が映画初監督作。

4●フランク・キャプラ
1897年イタリア生まれ。1991年死去。アメリカの映画監督。代表作に『スミス都へ行く』『素晴らしき哉、人生!』『或る夜の出来事』『オペラハット』など。

5●『素晴らしき哉、人生!』
1946年公開。現在はクリスマスの定番映画として、またアメリカ映画史を代表する名作として知られるが、公開当時は興行的には成功とはいえなかった。本作はクリスマスが舞台で雪があるシーンが数多くあるが、撮影は真夏だった。

6●「オールド・ラング・サイン」
日本では「蛍の光」で知られるが、歌詞がかなり違う。スコットランドの古い民謡。お祝いの日によく歌われる。

7●『ジャッジ!』
2014年公開。主演は妻夫木聡。大手広告代理店のうだつの上がらない社員・太田喜一郎が、あるCMに賞を取らせなければクビというミッションを背負い、審査員として世界的な広告賞に赴く。そこには、腐敗したショーレースが行われていた。

8●『スミス都へ行く』
1939年公開。ボーイスカウトの団長を務める田舎者ジェファーソン・スミスは、ある政治家の企むによって上院議員として担ぎ出されてします。純粋なスミスは、腐敗した政界に一人で立ち向かっていく。

9●『天国から来たチャンピオン』
1978年公開。ウォーレン・ベイティ監督。担当天使のミスで50年早くこの世を去ってしまったジョー・ペンドルトンは、地上に舞い戻り生き返ることになったが、なんと肉体は火葬されてしまっていた。

10●ジュリエット
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』では、ジュリエットが仮死状態になる薬を飲みのちに目を覚ますシーンがある。

11●『ゴースト ニューヨークの幻』
1990年公開。ジェリー・ザッカー監督。最愛の恋人モリーを暴漢から守ったサムだが、自身は防寒の銃によって命を落としてしまった。そしてカールは、なぜ自分が死んでしまったのか、本当の理由を知る。

12●「アンチェインド・メロディ」
1955年が初出の曲だが、有名なのはフィル・スペクターがプロデュースした1965年のライチャス・ブラザーズ版。映画『ゴースト』でもこのバージョンが使われた。

■筆者プロフィール
花井優太(はない・ゆうた)
プランナー/編集者。太田出版カルチャー誌『ケトル』副編集長。エディトリアル領域だけでなく、企業のキャンペーンやCMも手がける。1988年サバービア生まれサバービア育ち。Twitter : @yutahanai

※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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