「私のBL作品のキャラは最初からゲイです。それが私の萌えだから」漫画家・よしながふみ【BL進化論 対話篇】

BL進化論 カルチャー
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男性同士の深い関係性を描き、主に女性を中心に愛好されてきたBL(ボーイズラブ)。
そんなBLの画期的評論として話題になり、「2017年度センスオブジェンダー賞特別賞」を受賞した『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(溝口彰子著)の第二弾『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』が遂に電子書籍化!
これを記念して、OHTABOOKSTANDでは、本書から厳選した対談の一部を公開します。
今回は、漫画家・よしながふみさんとの対話から一部をご紹介。
BLの最前線を行くクリエイターたちとの対話を通して、作品に込められた思いや魅力について迫ります。

漫画家・よしながふみさんとの対話

1996年、『月とサンダル』で商業BL単行本デビューすると、『ジェラールとジャック』(2000‐01)までコンスタントに新作を発表し、人間ドラマを踏み込んで描く独自の作風でBL愛好家に一目置かれる存在に。少女漫画作品『西洋骨董洋菓子店』(2000‐02)が2001年TVドラマ化、2002年講談社漫画賞受賞。その後も少女漫画誌で連載中の『大奥』(2005‐)がドラマ&映画化、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞(1991年に創設された、ジェンダーに貢献したSF作品に贈られる賞)をはじめ複数の賞を受賞。青年誌連載中の『きのう何食べた?』(2007‐)が男性読者も獲得と、幅広い読者層と高い評価を得ているよしながふみさん。

『BL進化論』(2015)ではよしながさんのBL作品を「進化形を先取りした作品」として分析しました。ここでいう「進化」とは、現実の日本社会に存在するミソジニー(女性嫌悪)やホモフォビア(同性愛嫌悪)を乗り越え、進化するヒントを示すという意味。そう、1990年代、BL作品の多くが、女性キャラのいない空間で、美男キャラたちに「俺はホモなんかじゃない。おまえだけが特別なんだ」と言わせていた中、よしながさんはすでに主体的な女性キャラクターや、自覚的ゲイの主人公を描いていたのです。なぜ、そんな「進化型の先取り」が可能だったのでしょう?

また、男女逆転大奥にせよ、中年ゲイカップルの日常とお料理にせよ、よしながさんの近年の非BL作品は「進化形BL」の問題意識と連なっている、と私は感じているのですが、ご本人はどう考えていらっしゃるのだろう? よしながさんと直接、お話しすることで考えを深められたら。そんな思いで、「対話」をお願いしました。

溝口 私、『BL進化論』で、よしながさんのBL作品を、ホモフォビアやミソジニーを乗り越えるヒントを示す「進化形BL」の先取りである、とたくさん考察させていただきました。さらに、よしながさんと7人の女性クリエーターたちとの対談集『あのひととここだけのおしゃべり』(2007)にインスパイアされて、自分の論点そのものが構築された、ということもありました。感謝しています。今日は「対話篇」にもご登場くださってありがとうございます。

よしなが こちらこそ、お声がけくださってありがとうございます。

『きのう何食べた?』のジャンルって?

溝口 『BL進化論』でよしながさんの作品にたくさん言及した中のひとつとして、『きのう何食べた?』のことをBLだと思っている人がいるけれどもそれは違う、と書いたのですが、けっこう反響がありまして。『きのう何食べた?』で、初めてよしなが作品を読んだという方たちです。で、「いや、別にBLとよびたいならよんでもいいけど、よしながさんがBLとして発表した作品、たとえば『ソルフェージュ』(1998)を読んでみて」と言ったりするんですが。

よしなが 私は機械的に掲載誌で決まると思っているので、『きのう何食べた?(以下『何食べ)』は青年誌に掲載されていますから、正式にジャンルが何かと言われたら、「青年漫画です」ということになると思います。……でも、私は『何食べ』はBL誌に載せてほしかったんです。

溝口 ええっ? それは、青年誌「モーニング」で連載されている今のお話とは違う、BL版の『何食べ』の構想があったということですか?

よしなが いえ、BL誌に掲載してもらったとしても、同じように描いていたと思います。私が入った頃のBLは、男同士であれば何を描いてもいいという懐の深さがあったんです。最後が悲劇でもよかったし、同性愛者が壁にぶちあたって、という話もあった。あるいは、一億総BLというか、男同士で「あいつ美人だよな」って言っちゃうのもあり、全然Hなこともしていないギャグ漫画の4コマとかもあったし。

だから私も、『何食べ』はラブシーンはないですけど、ゲイとしての葛藤や、それに加えて親の介護とかも描いても、BL誌に載せてもらえるかと思っていたんです。1話が短いですし、ごはんのレシピも載っているから、BL誌でメインとなる作品ではないけれども箸休め的にいいかなと。だから、BL誌に載っていたら、『何食べ』はBL作品だったと思います。

溝口 わわわ。今、ちょっと動揺しています(笑)。ですがまずこれをお聞きしないと。雑誌デビューなさった1994年の頃と違って、2007年の時点での商業BL誌では『何食べ』は難しかった、と。何が一番のネックだったんでしょう?

よしなが 話を出したのは2005年くらいでしたが、まずキャラクターの年齢ですね。「『受』の筧(かけい)さんをもっと若く、せめて30代にできませんか」と、言われました。それと、読者さんの中には実際に親の介護に直面していて癒しのためにBLを読まれる方たちもいるのだから、BLでそういうお話を読みたくはない、ということでした。それは、そうかもしれないなあと。

溝口 そういう側面はたしかにありますよね……。ただ、『何食べ』での筧の親の介護問題の描かれ方はそんなに深刻な印象を与えないような演出ですので、BL誌で掲載されていても大丈夫だったのではないか、結果的にBLジャンルの幅を拡げたのではないか、という気がします。いまさら言ってもしょうがないですけど。

よしなが 私自身が『何食べ』のような作品をBL誌で読みたかったというのがあったので、その時は寂しく感じましたけど、結果的には青年誌に載せていただけたために、違う方向性で多くの方に読んでいただけたので、それはそれでよかったのだと思います。

溝口 よしながさんファンのBL愛好家も、青年誌の雑誌は買わなかったとしてもコミックスで読みますしね。

ゲイ・キャラがいるからBLというわけではない、でも……

溝口 あの、なぜ私が『何食べ』をBLとよぶのは正確ではない、ということを述べたのかは、掲載誌のことだけではないので、ちょっとお話しさせてください。それは、『西洋骨董洋菓子店』について、かつてよしながさんが、「魔性のゲイ」キャラクター小野がいるので、BLだと思って読んでいる人がいらっしゃるけれども、それは違う。ゲイ・キャラも出てくる少女漫画であってBLではない、とおっしゃっていたからなんです。『あのひととここだけのおしゃべり』に収録されている三浦しをんさんとの対談だったと思います。

よしなが 『西洋骨董洋菓子店』については、BLとしてお読みになっていた読者さんたちからは、「橘(たちばな)と小野はいつくっつくんですか」といったお手紙をいただいたりしました。そういう読者さんにしてみれば、肩透かしだったと思います。人間関係、彼らの関係を──それがたとえ失恋だったとしても──描いたならば、それはBLになるな、と思っていました。でも、結局そのような恋愛模様は全く描かなかったので、私にとってはあのお話はBLではないのです。

パティシエの小野/『西洋骨董洋菓子店①』(新書館、2000) (C)よしながふみ/新書館

溝口 私自身、同人誌で発表されていた性愛アリのスピンオフ作品の印象とややごっちゃになっていたところがあったので、対談を読んだあとに、本編だけを改めて全巻読み直してみたんです。そうしたら、小野が「魔性のゲイ」だ、っていう話は言葉では出てきますけど、肌色なシーンはたった1コマ、それも、1ページの8分の1くらいだったか、もっと小さかったかのコマで、不思議な角度からなのでどこがどう絡んでいるかの体位が判読しにくいものでした。

それで、「ああそうか、このように描き分けていらっしゃるんだな」、「本編のメインは橘の子供時代の事件のほうに決まってるじゃないか」と改めて感じました。それで、美男キャラ勢揃いでゲイ・キャラもいるからといってBLと言ってはいかん、と反省しまして。『大奥』についても、1巻での、男女逆転で美男だらけの大奥で男同士でのセックス・シーンがあるからといって「BLだ」って言う人がいると、「あのー、女将軍が主人公ですよ?」と。

よしなが はい。『大奥』も全くBLじゃありません。以前、三浦しをんさんとの対談で『西洋骨董洋菓子店』がBLではない、となぜ言ったかというと、BLが好きで、BLが読みたいという読者さんに対して、そう言っておかないと申し訳ないな、というのがあったからなんです。BLが読みたい読者さんが何を読みたいのかはわかるので、そういう方たちに差し出す本ではないわけだから。BLが読みたい、という読者さん以外の人が読んで「これはBLだ」って言ってもそれはかまわないんですが、BLを求めている読者さんに、これは違うので、ということをお伝えしないと、BLを読みたい読者さんをがっかりさせてしまうな、って思っていました。

* * *

※この続きは、現在発売中の『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』電子書籍版にてお読みいただけます。

本書では、この対話のほかに、BLの最前線を行く合計13名クリエイターたちとの対話を収録、BLの進化と社会との関係性について考察しています。さらに、4本の書きおろし論考も収録。450ページ越えの大ボリュームの一冊となっています。また、本書の第一弾となる『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』も絶賛発売中! 是非合わせてご覧ください。

筆者について

溝口彰子

みぞぐち・あきこ。大学卒業後、ファッション、アート関係の職につき、同時にレズビアンとしてのコミュニティ活動も展開。1998年アメリカNY州ロチェスター大学大学院に留学、ビジュアル&カルチュラル・スタディーズ・プログラムでのクィア理論との出会いから、自身のルーツがBL(の祖先である「24年組」の「美少年マンガ」)であることに気づき、BLと女性のセクシュアリティーズをテーマにPhD(博士号)取得。BL論のみならず、映画、アート、クィア領域研究倫理などについて論文や記事を執筆。学習院大学大学院など複数の大学で講師をつとめる。
2017年、『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版)と『BL進化論〔対話篇〕 ボーイズラブが生まれる場所』(宙出版)の2冊が第17回Sense of Gender賞特別賞を受賞。
Photo: Katsuhiro Ichikawa

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