「同性愛の人が恋をして、社会と触れ合っていくというのが描きたかった」漫画家・中村明日美子【BL進化論 対話篇】

BL進化論カルチャー
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男性同士の深い関係性を描き、主に女性を中心に愛好されてきたBL(ボーイズラブ)。
そんなBLの画期的評論として話題になり、「2017年度センスオブジェンダー賞特別賞」を受賞した『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(溝口彰子著)の第二弾『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』が遂に電子書籍化!
これを記念して、OHTABOOKSTANDでは、本書から厳選した対談の一部を公開します。
今回は、漫画家・中村明日美子さんとの対話から一部をご紹介。
BLの最前線を行くクリエイターたちとの対話を通して、作品に込められた思いや魅力について迫ります。

漫画家・中村明日美子さんとの対話

2000年、「コーヒー砂糖いり恋する窓辺」(「マンガエフ」掲載)でデビュー。2006年にBL誌「OPERA」で連載を開始した初のBL作品「同級生」シリーズ(2008-14)が、様々なBLランキングで一位を獲得するなど、一躍、BLを代表する作家のひとりとなった中村明日美子さん。『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(2015)では、ホモフォビアを乗り越えるヒントを示す「進化形BL」の代表作として同シリーズを考察しました。

そう、「同級生」シリーズは、BLというエンタテインメント・ジャンルで近年最高の人気作品のひとつであることと、「進化形」最前線であることが両立した作品なのです。『BL進化論』のカバーと表紙のイラストレーションを中村さんに描き下ろしていただき、「顔」を与えていただいたことは、著者である私にとってはもちろんですが、「BL進化論」という理論にとっても最上の出来事でした。

「同級生」シリーズの前もあとも、BLだけでなく幅広いジャンルで、エロティシズムにおいてもモラルにおいても一切のタブーを持たずにチャレンジを続けている中村さん。華麗な描線で描かれるほっそりしなやかで、けれど骨太の「明日美子ワールド」の秘密を少しでもかいま見られたら。そんな思いで「対話」をお願いしました。

『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版、2015)

溝口 『BL進化論』を上梓して1年近くたちますが、本を見るたび、また、紹介記事などで書影を見るたび、幸せをかみしめています。アメリカの大学院生時代から始まった研究だったので、日本の漫画の絵柄に馴染みがない指導教授が見ても間違いなく男同士だとわかるように、とか、カバー下(表紙)にふたりの30年後の絵も描いてほしい、など、色んなリクエストを全部聞いてくださってありがとうございました!

さらには、思いがけず、キャラの服の生地の布目を手描きで丹念に描いてくださって、それが緻密でありつつ味になっていて、モノクロ線画であることを最大限に活かしてくださいました。

中村 ちょっと職人技っぽく(笑)。描いてて楽しかったですよ。内川(たくや)さんがカッコよくデザインしてくださって、良かったです。

溝口 はい。背表紙のタイトルが右にかたよっているところもカッコいい。

出逢いから今まで

溝口 ところで、私、いつから中村さんの作品を読んでいるのか思い出してみたんですが、「同級生」シリーズ1冊目の単行本が2008年に出た時、BL愛好家友達からの「すごいから読め」っていう「通報」でその存在を知ったんですよね。で、なんて新鮮で個性的なんだ、とファンになって、マリリン・モンローになりたかった少年・Jの半生を描いた『Jの総て』(2004‐06)も、かわいい少女漫画『片恋の日記少女』(2008)も、ゴスロリものも、とにかく中村明日美子作品は全部読むようになりました。多分、一番よくあるパターンの入り方ですよね(笑)。

中村 たしかに、『同級生』の単行本が出たあと、読者さんからの反応がそれまでとは桁違いになりました。

溝口 それで最初にお目にかかったのは2011年の初夏、NY市立大学フェミニスト・プレス発行の「WSQ」というジャーナルのために、私が企画・構成・翻訳したミニ誌上ギャラリー「In Flux(流れのなかで)」に、榎田尤利/ユウリさんのテキストとのコラボレーション作品を寄せてほしいと、榎田さんからご紹介いただいて依頼した時でした(日本語版がサイト「ぽこぽこ」で公開された)。ちょうど休業から復帰なさったばかりの頃でした。体調を崩して休業されたと聞いているのに、復帰早々、こんな依頼をして恐縮だけどもぜひとも参加していただきたい! って緊張して打ち合わせに臨んだのを覚えています。

中村 そうでした。2011年でしたね。休んだのは、2010年、ちょうど、『空と原』(単行本は2012)の途中でした。だいたい半年くらい。

溝口 よくぞ戻ってきてくださいました。『空と原』は「同級生」シリーズ4冊目。ここで主人公となるハラセン(原先生)は、3冊目までは、草壁と佐条という主人公カップルの高校の音楽の先生で、あて馬的な役割だったのですが、主役にまわって。ハラセンも、新入生の空乃(そらの)くんも、さらに有坂先生と響ひびきくんのカップルも、痛みをかかえた自覚的同性愛キャラで。彼らの葛藤や前進が説得力をもって描かれている、「進化形BL」最前線作品です。

中村 『空と原』は自分の中でリアルタイムな感じが強かったので、あんまり長い間放っておくと、あのお話が死んじゃうのでは、と気になって、予定より早く復帰しました。……ただ、仕事を再開して最初に描いたのは『空と原』ではなくて、「ぽこぽこ」で公開した『アードルテとアーダルテ』です。

溝口 あ、たしかに。『空と原』に収録されているお話の「ツーブロック」が「OPERA」2010年6月号で、「Sorano to Fujino」が2011年4月号。10カ月ほどあいだが空いていますよね。ところで『アードルテとアーダルテ』は中世ファンタジー的な新機軸ですが、本にまとめるご予定はないのでしょうか?

中村 あります。ちょっと、ずつ、描いています。いつまとまるかはまだわかりませんが(※1)。

溝口 楽しみにお待ちしています。

※1 シリーズタイトルを「王国物語」に、掲載媒体を「ウルトラジャンプ」に移し、同誌2017年5月号よりシリーズ2作目「王と側近」を不定期連載中。

「同級生」は「眼鏡特集」号から始まった

溝口 『同級生』(2008)のあとがきに「まじめにゆっくり恋をしよう」と書かれているのはいまや非常に有名になりましたが、2008年時点のBL作品として、1冊かけて「チュー」までのみ、ってすごく珍しかったです。

中村 最初はもっとエロい話になるかなーと、自分では思っていたんですけど、描いているうちにこれは違うなあと。

溝口 ちなみに、「同級生」シリーズが初のBL作品なわけですが、BL雑誌「OPERA」からオファーが来た時はどう思われたんでしょう?

中村 「来た!」って思いました(笑)。『コペルニクスの呼吸』(2002‐03)にも『Jの総て』にも男性同性愛要素があるのに、そして、世間でBLがこんなに流行っているのに、私のところには依頼が来ないっていうことはやっばり何か違うのかなー、合わないのかな、絵もこわいし、って思っていたので(笑)。

溝口 当時のBL漫画は読んでいたんですか?

中村 雁須磨子さんのはすごく読んでいました。

溝口 リブレから出た15周年記念の冊子(※2)で、榎田さんと雁さんと「交換キャラシート企画」でコラボなさっていましたよね。もともと親交があったんですね。

中村 親交というか……単純に一方通行で。私の片思いなんです。私の愛を伝えてもらって、応えてもらったという……。

溝口 いやいや、応えてもらえたのなら両思いでは(笑)。ちなみに、雁さんの作品はどこで知ったのですか?

中村 町田の福家書店です。マニアックな品揃えがいい。そこで、ひさうちみちおさんとかをぱーっと買っていたら、そのへんに雁さんの本があったんです。カバーがすごく良くて。たしか、『いちごが好きでもあかならとまれ。』(2004)。で、買って、読んでみたら、すごく良かったんです。

溝口 ほかに、BL漫画で読んでいた作家さんはいます?

中村 語シスコさんは読んでいました。どういうきっかけだったのかは思い出せないんですが。「OPERA」からオファーいただいた時に既刊を読ませていただいたら、語さんも描いていらっしゃったので、この雑誌は居心地良さそうかな、って思った記憶があります。ルネッサンス吉田さんもいましたしね。あと、bassoさんという看板作家さんもいらっしゃったので。

溝口 いったん「EDGE」が休刊になったのに、bassoさんの大ヒットによって「OPERA」を始めることができたんだ、というのは、編集長Eさんと『このBLがやばい! 2016年度版』(2015)で対談させていただいた時にもうかがいました。いやーbassoさまさまだな、って思いました。その本、『クマとインテリ』(2005)は私も持っていて、当時、すごく新鮮だった覚えがあるので、bassoさんもですがE編集長さんもすごいな、と。……で、『同級生』第1話は「OPERA」の「眼鏡特集」号(2006)に掲載された単発ってことですよね。

中村 そうです。でも、最初のを描いたあとで続き描けるな、って思ったので、そう言ったら「描いてください」って言われたので。

溝口 それですぐにシリーズ化になったんですね。

中村 はい、なので「同級生」1冊目は、雑誌のそのときどきのテーマに沿っているんですよ。実は。

溝口 あっ、だから突然、和歌が出てきたり。

中村 そう、雑誌のテーマが「和」だったからなんです。

溝口 ハラセンを最初、女性教師にしていたのを、E編集長のアドバイスで男性に変えた、っていうのもいまや有名な話ですが。

中村 そう。編集長の英断です。で、「『Jの総て』のアーサーが好きなので、ああいうキャラクターどうでしょう」って言われて、じゃあ、っていうことで、だからちょっとルックスが似ているんです。

※2 2015年、中村のデビュー15周年を記念して、雑誌「BE-BOY GOLD」(リブレ)10月号に50ページを超える豪華小冊子の付録がついた。

* * *

※この続きは、現在発売中の『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』電子書籍版にてお読みいただけます。

本書では、この対話のほかに、BLの最前線を行く合計13名クリエイターたちとの対話を収録、BLの進化と社会との関係性について考察しています。さらに、4本の書きおろし論考も収録。450ページ越えの大ボリュームの一冊となっています。また、本書の第一弾となる『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』も絶賛発売中! 是非合わせてご覧ください。

筆者について

溝口彰子

みぞぐち・あきこ。大学卒業後、ファッション、アート関係の職につき、同時にレズビアンとしてのコミュニティ活動も展開。1998年アメリカNY州ロチェスター大学大学院に留学、ビジュアル&カルチュラル・スタディーズ・プログラムでのクィア理論との出会いから、自身のルーツがBL(の祖先である「24年組」の「美少年マンガ」)であることに気づき、BLと女性のセクシュアリティーズをテーマにPhD(博士号)取得。BL論のみならず、映画、アート、クィア領域研究倫理などについて論文や記事を執筆。学習院大学大学院など複数の大学で講師をつとめる。
2017年、『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版)と『BL進化論〔対話篇〕 ボーイズラブが生まれる場所』(宙出版)の2冊が第17回Sense of Gender賞特別賞を受賞。
Photo: Katsuhiro Ichikawa

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