【BL進化論 対話篇】BLとゲイの関係、そして今後?

BL進化論カルチャー
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男性同士の深い関係性を描き、主に女性を中心に愛好されてきたBL(ボーイズラブ)。
そんなBLの画期的評論として話題になり、「2017年度センスオブジェンダー賞特別賞」を受賞した『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(溝口彰子著)の第二弾『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』が遂に電子書籍化!
これを記念して、OHTABOOKSTANDでは、本書から厳選した記事の一部を公開します。
今回は、本書収録のコラム「BLとゲイの関係、そして今後?」から一部を抜粋してご紹介。
BLとゲイ(男性同性愛者)をめぐる問題について、BL研究者である著者・溝口彰子が迫ります。

BLの成立しない世界?

(本書114ページ6行目より)
もちろん、ゲイ当事者であるからこそ生み出せる作品、と感じられる作品はある。たとえば、田亀源五郎の『弟の夫』(2015‐17)は、現代日本社会にゲイとして生き、ゲイ・エロティック・アーティストとして国内外で豊富なキャリアを積んできた漫画家ならではの作品だと感じる(図1)。だが、そのことは、本作が田亀のゲイ男性としての現実を素朴に反映していることを意味しない。複数のBL愛好家やゲイの友人たちが、「小学校の道徳の授業で使えばいいのに」「学級文庫に入れるべき」と賞賛していたが、そのように用いることもできそうなほど、日本全国の全年齢の、同性愛についての知識も千差万別な人たちを正しく教育するべく、高度な技の積み重ねで構築された物語である。田亀が積極的に顔を出して取材を受けることで、「オネエ」ではないゲイ男性の可視化にもなっていて、それを含めた一大啓蒙プロジェクトであり、高く評価されるべきであり、実際、されている。だが、そのことと、こういった内容の作品を、ゲイ男性ではない作家も描きうる──誠実な学びと想像力と、技術をもってすれば──ことは、矛盾しない。

BL進化論
図1 田亀源五郎『弟の夫①』(双葉社、2015)

少し角度を変えてみよう。本書(『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』)で三浦しをんが語っているが、近年、諸外国で同性婚が法制化され、日本でも、そのような展開がありえるかもしれない、と、感じられるようになってきた今、「世の中の認識として同性愛が当たり前になってしまったら、BLは成り立たなくなるんじゃないですか?」という質問をする人が出てきているという。つまり、「男が男を好きになるなんて。禁断の愛だ。でも、おまえがおまえだから好きなんだ」という禁忌の要素がなくなってしまったら、BL物語が成立しにくくなるのでは、という懸念だ。これについては、三浦が述べているように、同性婚が制度化された社会では同性愛物語が成立しないのなら、異性間結婚が可能な今の社会で、こんなにも男女の恋愛物語が存在することが変だ、というのが最も簡潔な返答になるだろう。「禁断の愛」でなくても、人と人がいれば葛藤やドラマが生まれるのは当然だ。

さらに、この関連で言えば、BLを読んでいるわけではないが、BLというものがあることは知っている人の多くの認識は、どうやら、BLの祖先のセルジュとジルベール(『風と木の詩』(竹宮惠子/1977‐84)や、1990年代前半の学園もの全盛期のあたりで止まっているようである。BL(ポーイズラブ)というジャンル名が「少年たちの愛」という意味だからというのもあるだろう。実際の近年のBLジャンルは、主人公たちの年齢層は10代から40代、まれに50代まで広がっており、高校生だけでなく様々な職業につくキャラが増え、さらには悪霊退散ものなどのファンタジーものも数多く、BLジャンルの中のサブジャンルとして、一般的なエンタテインメント・ジャンルがすべて揃っていると言っても過言ではない。(中略)

当事者主義から遠く離れて

おそらく今日の日本で、中年ゲイ・カップルを主人公とした漫画としては最多の読者を得ている『きのう何食べた?』(2007‐)について、作者のよしながふみは本書で、複数のゲイ男性を取材したからこそ、ヒゲマッチョや、ややぽっちゃりで、新宿二丁目にも馴染みがあるという、最近の東京在住のゲイの多数派ではないゲイもいることに気付き、結局はもともと構想していたゲイ・キャラを主人公とした、と語っている。ここからわかることは、異性愛女性が多様であるように、ゲイ男性も多様であることだ。

たとえば、「2017年5月6日と7日、東京・代々木公園での東京レインポープライド(TRP)のメイン・イベントであるフェスタには10万人が参加、7日のパレードでは5,000人が行進した。こういった、性的マイノリティが昼間、公道を行進してその存在をアピールするイベントは1994年の『東京レズビアン・ゲイ・パレード』が最初だ。当時はサングラスや帽子で顔をかくして歩くゲイやレズビアンの友人知人が多かったが、今年はほとんどの人が顔を出していた」といった記述では「ゲイ」というカテゴリーを示す単語は有用だ。だが、漠然と「ゲイ」が主人公の物語はありえない。

『きのう何食べた?』の筧(かけい)は職業が弁護士で、節約主婦的お料理好きのゲイ男性で、親にカミングアウトしているが理解されないことに苛立ち、会話の流れで不動産屋にもカミングアウトしたが、では、TRPのパレードで行進するかというと、しない人のように感じる。逆に、TRPのボランティアとして熱心に活動するゲイの弁護士が主人公の物語もありえるだろう。『きのう何食べた?』については、作者よしながによれば、当初はBL誌で発表しようと考えていたがそれが果たせず、青年誌での連載になったため、結果的にジャンルは青年漫画となった。TRPボランティアで弁護士のゲイの主人公の物語が誰かによってもし描かれるとして、それがBLとして発表されるのか青年誌になるのかは、もちろんあらかじめ予測などできない(ゲイ雑誌や同人誌の可能性もある)。

言うまでもないが、その物語を描くのはゲイ男性作家でなくてもいい。どんなゲイの主人公を、どんな性別、性自認、性的指向の作家が描こうと、そのキャラが魅力的であれば、お話が面白ければ、多くの読者に支持される。

* * *

※このコラムの全文は、現在発売中の『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』電子書籍版にてお読みいただけます。

本書では、こういったコラムのほかに、BLの最前線を行く合計13名クリエイターたちとの対話を収録、BLの進化と社会との関係性について考察しています。さらに、4本の書きおろし論考も収録。450ページ越えの大ボリュームの一冊となっています。また、本書の第一弾となる『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』も絶賛発売中! 是非合わせてご覧ください。

筆者について

溝口彰子

みぞぐち・あきこ。大学卒業後、ファッション、アート関係の職につき、同時にレズビアンとしてのコミュニティ活動も展開。1998年アメリカNY州ロチェスター大学大学院に留学、ビジュアル&カルチュラル・スタディーズ・プログラムでのクィア理論との出会いから、自身のルーツがBL(の祖先である「24年組」の「美少年マンガ」)であることに気づき、BLと女性のセクシュアリティーズをテーマにPhD(博士号)取得。BL論のみならず、映画、アート、クィア領域研究倫理などについて論文や記事を執筆。学習院大学大学院など複数の大学で講師をつとめる。
2017年、『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版)と『BL進化論〔対話篇〕 ボーイズラブが生まれる場所』(宙出版)の2冊が第17回Sense of Gender賞特別賞を受賞。
Photo: Katsuhiro Ichikawa

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