男性同士の深い関係性を描き、主に女性を中心に愛好されてきたBL(ボーイズラブ)。
そんなBLの画期的評論として話題になり、「2017年度センスオブジェンダー賞特別賞」を受賞した『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(溝口彰子著)の第二弾『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』が遂に電子書籍化!
これを記念して、OHTABOOKSTANDでは、本書から厳選した対談の一部を公開します。
今回は、漫画家・ヨネダコウさんとの対話から一部をご紹介。
BLの最前線を行くクリエイターたちとの対話を通して、作品に込められた思いや魅力について迫ります。
漫画家・ヨネダコウさんとの対話
2007年商業誌デビュー、2008年のデビュー単行本『どうしても触れたくない』で一躍人気作家になったヨネダコウさん。2017年8月現在、既刊単行本が7冊と比較的寡作ながら、そのすべてが大ヒット。また、2015年には『囀さえずる鳥は羽ばたかない』(2013‐)で「フラウマンガ大賞」受賞、「SUGOI JAPAN」ノミネートなど、幅広く評価されています。
私は1970‐80年代の「24年組」の少女漫画家たちが描く美少年同士の物語によって自分が同性愛者であることを肯定できた、いわば「BLの祖先に救われた」者ですが、現在進行形の商業BLを読むようになったのは1998年後半からなので、BL愛好家歴としては、私より長いベテランは大勢いらっしゃいます。
また、私個人の好みがBL業界の大ヒット作と重なることは珍しい。……それでも、時折、「これは桁の違う才能だ」と感じた作品がヒット作でもあることがあって、『どうしても触れたくない』もそのひとつでした。舞台は現代日本。ゲイであることで傷ついた主人公(「受」)が、転職先の異性愛者の上司(「攻」)と関係を持ち、本気で恋しても傷つくだけだからと自分を抑制しているけれど、最終的には新しい恋愛に飛び込んでいく。この物語自体は、近年のBLとしては定番のひとつといえます。けれど、その描き方が繊細かつ大胆で、ベテランBL愛好家であっても、冷静に読んではいられない、いわば、「どうしても」感動させられてしまうパワーを持った作品でした。商業デビュー作がこれとは。
さらに次のシリーズ、『囀る鳥は羽ばたかない』では、「美人」で淫乱で男とみれば誰にでも挿入させる「公衆便所」な主人公がヤクザの有能な若頭であることが説得力をもって感じられ、彼を慕う「攻」キャラがインポテンツという、全く違うベクトルでのスケール感。いったいこの作家はどういう人なのか。ヨネダコウという才能の謎に追りたくて、「対話」をお願いしました。
溝口 ヨネダさんのデビュー作である『どうしても触れたくない』は、2014年に実写映画化もされました。大きな事件が起こるような物語ではないんですが、キャラクターもエピソードもすごく印象的で、それが大勢の読者をじりじりさせてメロメロにしました。
ヨネダ ありがとうございます。初めての商業作品だったので反省する点は多々あるんですけども、映画のおかげもあって今も新しく読んでいただけたりしていて、読者さんに大事にしていただいてる作品だなあと感じます。
溝口 とくに「攻」の外と川がわは、BLのキャラとしてすごく珍しくて新鮮でした。だっていきなり、朝のエレベーターで、二日酔いだしお風呂にも入っていないからもわっと臭い「攻」に、初出勤の「受」の嶋がうんざりするんですよ。こんな出会いシーン、ほかで見たことありません(笑)。
ヨネダ 単純にカッコいい完璧な「攻」っていうのが描けないんですよね。どこかダメだったりしてしまう。「スパダリ」は一度も描いたことがないと思います。
溝口 すぱだり?
ヨネダ 「スーパーダーリン」っていうことみたいです。私も最近、知ったのですが。
溝口 「スーパー攻さま」みたいなことですかね。
ヨネダ ですね。で、外川の場合は、「受」の嶋からみて、「げっ。やなヤツ」って思われるように描きたかったんです。すごく嫌なヤツだと思っていた人からちょっと優しくされたり、あとからいいところが見えたりするほうが、ふらーっと惹かれてしまうじゃないですか。そういうギャップがあったほうが面白いだろうと。
ケツの穴の小さい「攻」・外川の魅カ
溝口 外川の、言い方は悪いかもしれませんが、そこらにいそうなノンケ男っぼさも際立ってるんですよね。
ヨネダ そこらにいそう(笑)。まさにそんな、根本的考え方としてナチュラルに「俺は男」「俺は“攻”」というのが前面に出ている人をイメージしてました。ほんとよくいますよね、こんなタイプの男性。そんな外川を好きだと言ってくださる読者さんが多いので、これ言ってしまっていいのかわかりませんが、私自身は外川のこと、「こいつはなんて嫌なやつなんだ!」って思いながら描いてたんです(笑)。
溝口 ええっ?
ヨネダ 嫌なやつだけど惹かれるっていう意味も込めて。だって、たとえば、最後のほうで、嶋と再び結ばれたあと、遠距離がつらかったらおまえが京都に来ればいい、みたいなこと言うじゃないですか。「こっちで2人で暮らしたっていいわけだし」って。なんなんだこの嶋に対する女扱い。なんで嶋が外川のために仕事辞めなきゃならないんだ、そもそも、おまえが転勤するなよっていう話なのに!……と(笑)。
溝口 たしかに(笑)。
ヨネダ 外川はノンケだから、当たり前にこういうこと言うだろうな、って思って描いてるんですけどね。……私、最終的には、セックスの時に、「俺が受けてもいいよ」っていう「攻」が好きなんです。そのくらい「ケツの穴が大きい」「攻」が(笑)。でも、外川って全然違うじゃないですか。
溝口 はい。外川は、自分が突っ込まれるほうにまわるなんて絶対考えたこともないですよね。ケツの穴、小さいな、外川(笑)。
ヨネダ 小さい小さい(笑)。小野田や百目鬼(どうめき)なら相手に望まれたら喜んでお尻を差し出すはずです(笑)。そういうジェンダー的な公平さに欠ける意味で外川と嶋って、ゲイの人が見たら怒るだろうなと思っていたんですが、意外なことに一部のゲイ受けが良くて。で、お手紙とかからわかるのは、この作品が好きだっていうゲイの読者さんって乙女思考なんですよね。少女漫画を読む乙女のように、全然リアルではないところで、「こんな恋がしたいなー(ありえないのはわかっているけど)」みたいなドリームとして読んでくださったのかなあって。
溝口 なるほど。現実には性的に非常に活発な、いわゆる「千本斬り」でも、ファンタジーとして、「ありえない恋」を楽しむことはできますもんね。もっとも最近は、ゲイの世界でも、性的に積極的ではない「草食系ゲイ」も増えているそうですが。
ヨネダ せんぼんぎり……? あ、そっちの意味ですね(笑)。
溝口 あ、一般的には「千本」じゃなくて「千人斬り」ですよね。失礼しました(笑)。
原作に忠実でありながら、映画らしさもある映画版
溝口 『このBLがやばい! 2016年度版』(2015)で『どうしても触れたくない』映画版(2014)の監督・天野千尋さんのインタビューを読んだのですが、最初の脚本では外川が嶋に自分の過去を語るシーンが後半に置かれていたのを、原作通り、序盤に持ってきてほしいとヨネダさんがリクエストされたとか。
ヨネダ はい。まだ関係を持って早い時点で、そして、嶋が自分に真剣に気があるのをうすうすわかっていながらああいう自分の家族の過去のヘビーな話と、だから家族には憧れがあるっていう話をするのってひどいじゃないですか。外川はそういう、ひどいというか、図太いところがある。好きになったら優しいけれど好きじゃない時点では無神経になれる。読者さんは嶋と一緒に傷つくだろうなと思って私は描いたわけなので、それを後ろに持ってこられると、外川は嶋を好きになったあとに無神経なセリフを言うことになってしまうのでそこは違うな、と。
それ以外にも原作と違うところはいくつかありましたが、映画としての天野監督の表現なんだろうな、と、納得できました。漫画よりわかりやすく表現していただいたシーンもいくつかあって、映画は漫画と違ってその場で映像が動いていってしまうので、同じ表現をしても伝わりにくくなってしまうんだなと思いました。
溝口 『どうしても~』の映画版は、原作に忠実でありつつ、実写映画としても、撮影期間が5日間のみという低予算作品とは思えない堂々たるたたずまいで、BL実写映画史におけるエポックとして後世まで記憶される作品だと思います。引きの映像と長回しのテイクが多いのだとコメンタリーで天野監督が言われていて、なるほど、それでTVドラマっぽくなくて映画っぽいんだ、と思い至りました。
ヨネダ 話自体がオーソドックスで地味なので画面を美しく見せてくださったことによって映画らしくなってますよね。それと、逆光の使い方とか、照明がとても綺麗でしたね。嶋が泣いて帰るところの下からの照明とかも。
溝口 そうですよね。それと、俳優さんたちも細かいところまでイメージにあった演技で、もちろん監督の演出のたまものでしょうけど、全体的に愛情をこめて丁寧に作られた映画だなと。
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※この続きは、現在発売中の『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』電子書籍版にてお読みいただけます。
本書では、この対話のほかに、BLの最前線を行く合計13名クリエイターたちとの対話を収録、BLの進化と社会との関係性について考察しています。さらに、4本の書きおろし論考も収録。450ページ越えの大ボリュームの一冊となっています。また、本書の第一弾となる『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』も絶賛発売中! 是非合わせてご覧ください。
筆者について
みぞぐち・あきこ。大学卒業後、ファッション、アート関係の職につき、同時にレズビアンとしてのコミュニティ活動も展開。1998年アメリカNY州ロチェスター大学大学院に留学、ビジュアル&カルチュラル・スタディーズ・プログラムでのクィア理論との出会いから、自身のルーツがBL(の祖先である「24年組」の「美少年マンガ」)であることに気づき、BLと女性のセクシュアリティーズをテーマにPhD(博士号)取得。BL論のみならず、映画、アート、クィア領域研究倫理などについて論文や記事を執筆。学習院大学大学院など複数の大学で講師をつとめる。
2017年、『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版)と『BL進化論〔対話篇〕 ボーイズラブが生まれる場所』(宙出版)の2冊が第17回Sense of Gender賞特別賞を受賞。
Photo: Katsuhiro Ichikawa