観光地ぶらり
第0回

プロローグ わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう

観光地ぶらり
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話題作『ドライブイン探訪』などの著書を持つ、気鋭の書き手による新作ルポルタージュ連載。『ドライブイン探訪』では、失われゆくドライブイン経営者の言葉を紡ぐことで日本の「戦後」を浮き彫りにした。本連載では、日本各地の「観光地」をぶらりと旅しながら、そこで暮らす人たちの声を拾い、その土地の今昔の切断面を描く。観光とは何か、歴史とは何か、日本人とは何か。

観光客は何を目的に旅に出るのだろう

僕はその日、思い出横丁の「辰乃家」で飲んでいた。開店時刻の17時ちょうどに着いたこともあり、僕が口開けの客だった。どこでも席が選べるとなると、決まって入口すぐの場所に腰を下ろす。ここに座れば、通りの様子を眺めながら酒が飲める。

注文したサッポロの瓶ビールをひとくち飲んだところで、「どう、その席だと寒い?」とマスターに訊ねられる。ちょっと肌寒くはありますけど、寒いってほどでもないですねと答えると、「暖房をつけるかどうか、これぐらいの季節がいちばん迷うんだよね」とマスターは言った。あれは10月も半ばを迎えた頃のことだった。

その日は、定位置から見える光景に変化があった。水際対策が緩和された影響か、ここ数年はめっきり見かけなくなっていた海外からの観光客があった。少し先にある酒場では、常連客が観光客とおぼしきふたりと並んで飲んでいるのが見える。ホッピーを飲む常連客は、これはビールなのかと訊ねられ、「ノー、ノー。これ、ショーチュー」と答えている。

思い出横丁に足を運ぶたび、海外からの観光客が戻ってきているのを実感する。最初のうちは個人旅行客だったのが、次第に団体客も見かけるようになった。ツアーの旗を掲げたガイドのうしろをついて歩き、目を輝かせながら写真に収めている。かつて日本人が海外旅行に出かけ始めたばかりの頃は、メガネ姿にカメラを提げた姿として戯画化されたけれど、どこの国だって観光客の行動は大差ないものだ。

「昔から観光客はいたけど、こういうツアーみたいなのはなかったよ」。マスターがタバコを吸いながら言う。「最近だと、ドレスとかタキシードを着て、結婚式の写真を撮ってく人もいるよ。まあ、この風景はさ、日本人にとっても珍しいじゃん。こんな横丁でさ、しかも向こうを見たら高層ビルが広がってるわけだからね」

観光客は、何を目的に旅に出るのだろう。今年の春にも、そんなことを考えていた。

観光とはひかりを見ると書く

桜が咲き始めたある日のこと、僕は友人たちと日暮里駅で待ち合わせた。缶ビール片手に谷中霊園をそぞろ歩き、桜を見物したあと、夕やけだんだんを下って谷中ぎんざを歩いた。この商店街を歩くのは久しぶりだという友人が、一軒の「店」の前で立ち止まった。そこには自動販売機だけが設置された無人の「店」がオープンしていた。それを見た友人は、こんな店ができたんだ、もうすっかり観光地じゃんか、とつぶやいた。

僕は谷中ぎんざから歩いて数分の場所に暮らしていることもあり、友人の言葉に意外な感じがした。僕が引っ越してきたときからもう、そこは観光客で賑わう場所になっていたからだ。

以前、谷中ぎんざにある「越後屋本店」で話を聞かせてもらったことがある。明治37年に創業された老舗の酒屋だ。

「ここはもともと、日暮里駅からの動線上に、自然発生的にできた商店街らしいんです」。お店の4代目・本間俊裕さんはそう教えてくれた。「戦前は少し北側に入った路地に商店街があったらしいんですけど、このあたりは戦争で焼け野原になったそうなんです。戦後に復興するときに、ここは日暮里駅からまっすぐ歩いてきた場所にありますから、ここらへんで始めたらいいんじゃないかということで、昭和23年に谷中銀座協進会が立ち上がったみたいですね」

元号が昭和だった頃には、各地に商店街が残っている時代だったから、谷中ぎんざ商店街に観光客が集まることもなく、ほとんどが地元客だった。ただ、1996年にNHKテレビ連続小説『ひまわり』のロケ地に選ばれた頃から、少しずつ観光客が増え始めたのだという。それにともなって、「越後屋本店」では店頭で生ビールを販売するようになり、お客さんが軒先で飲んでいけるようにと一升瓶ケースをひっくり返して積み上げ、テーブルのように配置してある。

コロナ禍になり、谷中ぎんざから観光客の姿が消えた時期もあった。でも、今では人出が戻りつつある。商店街に足を運ぶ観光客は、何を求めているのだろう?

「だって、何も見るとこないのにね」とスミ子さんは笑う。「根津のツツジだって、一年中見頃なわけじゃないでしょう。だからもう、食べて、飲んで、帰る。でもね、九州とか北海道とか、遠くからもわざわざ見えてくださるんですよ」

夕暮れどきに「越後屋本店」で黒ラベルの生を飲んでいると、学校帰りの小学生たちがランドセルを背負って駆けてゆく。シルバーカーを押しながらゆっくり歩いてくる人を認めると、スミ子さんは「お父さん、お茶買う?」と声をかけ、かわりに自動販売機でお茶を買ってあげている。そのお父さんは御礼にと、シルバーカーからセブンイレブンのしろもちたい焼きを取り出し、渡している。そんな光景を、僕はビールを飲みながら眺めている。風情があるなと感じている。そのまなざしは、観光客のそれと何が違うのかと問われると、言葉に詰まってしまう。

観光とは元来、自分が暮らす土地を離れ、旅に出るところから始まる。誰もが生まれた町で暮らし続けていた時代には、観光は存在しなかったはずだ。生まれた町を離れ、どこか別の土地に触れた瞬間に、観光というまなざしが生まれる。誰もが自由に往来できる時代が到来し、交通網とメディアが発達することで、多くの人が観光旅行に出かけるようになる。観光が普及するにつれ、自分が暮らしている街に対するまなざしまで、どこか観光的な視点が混じるようになったのだろう。

観光とはひかりを見ると書く。

では、わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう。観光地はどんなひかりを放ってきたのだろう。それを紐解くために、全国の観光地をめぐる旅に出てみることにする。

*    *    *

*橋本倫史『観光地ぶらり』次回第1回は2023年1月26日(金)17時配信予定です。

  1. 第0回 : プロローグ わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう
  2. 第1回 : いずれ旅は終わる 愛媛・道後温泉
  3. 第2回 : 人間らしさを訪ねる旅 八重山・竹富島
連載「観光地ぶらり」
  1. 第0回 : プロローグ わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう
  2. 第1回 : いずれ旅は終わる 愛媛・道後温泉
  3. 第2回 : 人間らしさを訪ねる旅 八重山・竹富島
  4. 連載「観光地ぶらり」記事一覧
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