東京進出③/『山口組東京進出第一号 「西」からひとりで来た男』より

カルチャー
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山口組について語られなかったエピソード・ゼロを記した『山口組東京進出第一号 「西」からひとりで来た男』(著・藤原良)が3月19日に太田出版より刊行されました。

本書では、関西(神戸)で生まれ今でこそ全国に名を馳せる山口組が、関東(東京)で最初期にどのようにして活動基盤を築いていったのか、その道のりが書かれています。

OHTABOOKSTANDでは、全六回にわたって本文の一部を試し読み公開します。第四回は、竜崎祐優識という人物について掘り下げていきます。関西では珍しかった『学生ヤクザ』だった竜崎祐優識はどのような「渡世」を歩んでいたのか…。第四回と第五回の二回分にわたって紹介します。

※本書は、暴力団や反社会的集団による犯罪・暴力行為自体を肯定したり助長するものではありません。

竜崎祐優識という極道

 竹中正久の舎弟で佐藤邦彦という極道がいた。

 彼はボンノこと菅谷政雄が率いた菅谷組で若頭補佐を務め、1981年の菅谷組解散に伴なって竹中組舎弟となっていた。彼は竹中組の金庫番、のちに山口組の金庫番とも呼ばれるほど財務力に秀でた人物であった。
また日本を代表する大手サーカス団の興行にも尽力し、全国興行だけではなく海外公演も成功させるなど優秀な興行師としての顔もあった。

 三代目山口組組長代行補佐に就いていた加茂田重政とも兄弟分の仲で、彼のことを「おい、重政」と呼べるのは佐藤ぐらいであった。

 この佐藤の下に竜崎祐優識という極道がいた。まだ30代半ばの若い極道だった竜崎は、当時の神戸界隈の暴力団員としては珍しく大卒であった。

 「大学生でも暴力団員と互角に喧嘩をするためには自分も暴力団員になればいい」との発想で大学在学中に渡世入りし、現役の暴力団員として大学を卒業したという異色の経緯を持つ。

 東京方面では、暴力団引退後に俳優活動などで知られた元安藤組組長の安藤昇が法政大学在学中から愚連隊を率いて渡世入りしたことで『学生ヤクザ』の始祖と言われ、彼の影響で東京には学生ヤクザや大卒暴力団員の姿がちらほらといたが、
関西方面では学生ヤクザはまだほとんど見かけない時代であり、神戸界隈では竜崎がその先駆者だった。

 その頃の暴力団員は、パンチパーマや丸刈りで派手なスーツがトレードマークだったが、竜崎は長髪にジーパン姿、暴力団員でありながらバンドでギターを弾くという変わり種だった。

 暴力団員が長髪にジーパンでバンドを組んではいけないという決まり事はないが、周囲の暴力団員たちからすれば、竜崎の存在はとても珍しかったのは確かだ。

 その頃の竜崎は北野異人館街がある神戸市北野町でサーフショップを営んでいた。またその店内の一角ではビンテージジーンズや婦人雑貨の販売も手掛けていた。

 1970年代に第一次サーフィンブームが訪れ、日本でもサーフィンが若者文化を飾るようになったとはいえ、暴力団員がサーフショップを営むことは実に稀だった。

 当時の若手暴力団員のシノギと言えば公営ギャンブルを扱ったノミ屋、トルエンなど違法薬物の密売屋、違法売春クラブ、スナック営業などが定番だったが、竜崎はそういった分野には一切手を出さず、長髪をなびかせジーパン姿でサーフショップを営んでいた。

 竜崎のことを現役暴力団だとすぐに見抜けた人間は多くはなかっただろう。背中には刺青すらなかった。

 当時の関西で墨を入れることはとても簡単だった。まるで美容師が無料のカットモデルを探すかのように、若手彫り師たちの練習台になれば無料で彫って貰うことができた。

 若手彫り師もかなりいたので、彼らのお陰で墨を無料で入れたのは暴力団員のみならずカタギ衆にも大勢いた。女性が墨を入れることも決して珍しくなかった。

 ところが竜崎は「墨なんて体に悪いし、いいことなんてありません。彫るのに時間を取られますし、それなら商売に時間を使ったほうがいい」と考えていた。

 また竹中正久も墨を入れていなかった。竹中自身は「墨は体に悪いし、カネも掛かるし、ええことは何もない」と述べており、竜崎はその精神を真っ直ぐに受け継いでいたとも言える。

 竜崎は神戸における学生ヤクザの走りでありながら、その見た目とは反対に筋金入りの極道者であった。

 竜崎は山口組内で若手の『拳銃屋』として知られていた。抗争に次ぐ抗争を繰り広げていた山口組の各組員たちにとって『道具』と呼ばれた拳銃は必需品だった。どの組員たちもこぞって品質のいい拳銃を求めた。

* * *

80年代初め、東と西の「境界」はいかにして崩れたか?知られざる最初期の拠点選びから単独隠密行動、そして拡大まで。「シマ荒らし」はいつも静かにはじまる――。

1980年代、神戸の山口組四代目組長(当時)・竹中正久が率いた初代竹中組の最高幹部でありかつ「山口組東京進出の一番手」として、当時まだ山口組組員がひとりもいなかった東京に単身乗り込み、“たったひとりの山口組”として在京勢力と戦い、その後の東京での山口組の初期地盤を築いた男のドキュメント。

『山口組東京進出第一号 「西」からひとりで来た男』(著:藤原良)は現在全国の書店、書籍通販サイト、電子書籍配信サイトで発売中です。

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