やさしい生活革命――セルフケア・セルフラブの始め方
第7回

虐殺とプロテスト運動、闘いとしてのセルフケア

暮らし
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「カルチャー ×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆し、デビュー作『世界と私のA to Z』が増刷を重ね、新刊『#Z世代的価値観』も好調の、カリフォルニア出身&在住ライター・竹田ダニエルさんの新連載がついにOHTABOOKSTANDに登場。いま米国のZ世代が過酷な現代社会を生き抜く「抵抗運動」として注目され、日本にも広がりつつある新しい価値観「セルフケア・セルフラブ」について語ります。本当に「自分を愛する」とはいったいどういうことなのでしょうか?

第7回は、ガザへの侵攻をはじめとする惨事報道とプロテスト運動、そしてセルフケアについて。

以前、ネットの掲示板でこのようなフレーズを見かけたことがある。”You’re not depressed because you read the news – you are depressed because the world is depressing.”「あなたはニュースを読んでいるから鬱なのではなく、世界が絶望的だから鬱なのでしょう」、という意味だ。絶望的な世界に対してどのように希望を持ったらよいのかわからず、ニュースを読むと不安になるからなるべく避けるようにしているけれど、同時に社会情勢について知っておかなければ罪悪感が募ってしまう、という趣旨の悩みを打ち明ける人の投稿に対してのコメントだった。

地獄のような世界で「平穏」を装ったとしても、世界が実際に平和でないのなら、それは表層的に取り繕った嘘の感情でしかないだろうか?

“They’ll say we’re disturbing the peace, but there is no peace. What really bothers them is that we are disturbing the war.”「彼らは我々が平和を乱していると言うだろうが、平和などない。彼らが本当に困っているのは、私たちが戦争を邪魔しているということなのだ」と、歴史家のハワード・ジンはベトナム戦争に反対するデモのスピーチで、1971年にこのような発言をした。パレスチナで起きるジェノサイドに抗議する人々を批判するために使われる「和を乱す行為」というフレーズの空虚さを指摘するために、再びジン氏のこの言葉が話題になる。

スマートフォンから流れてくる虐殺とメンタルヘルス

現在ガザを中心に起きている虐殺の現実は、我々の手のひらに収まるスマホの動画や画像を通して、生々しく伝えられる。さらに、4月17日にはじまったコロンビア大学を中心とした世界中の大学でのキャンプ抗議、そしてそれに伴う警察官たちの暴力的な制圧の光景も、リアルタイムで配信される。ジェノサイドの犠牲になる人々が救いを求める、直接的な叫び。そしてそのジェノサイドを止めようと全力で願う若者たちがさらに暴力で抑圧される構図は、直接目の前で経験していなくても「リアル」なものとして、見る人はストレスや不安、さらには二次的なトラウマも経験することもある。そこで重要になるのが、「セルフケア」、ないしは「ケア」の概念をどのように行使するかという問題だ。

今起きているキャンパスを中心としたプロテスト運動で連想するのが、「セルフケアのために(メンタルヘルスを守るために)ニュースを追わないようにしている」という主張だ。もちろん、スマホでSNSアプリを開くたびに子供が爆撃されている動画や、家族を失った父親が泣き崩れている動画が流れてくる状態は「異常」だ。我々の多くは幸運なことに、インターネットがない世界であれば、生きている間にそのような光景を一度も見なくても済んだかもしれない。しかし、パレスチナの人々は、そのように「虐殺を見ないで済む特権」を持つことを許されていない。もちろん、個人がメンタルヘルスを守ことはとても大切だし、そのような残虐なコンテンツを見なければならない義務はない。特にPTSDをはじめとしたトラウマを抱える人やパレスチナに家族や友人を持つ人にとっては、そのような映像を見ることは特に精神的な悪影響をもたらし、閲覧を避けなければ精神的な平穏が保たれない場合もある。

しかしここで頻繁に議論になるのが、「無知であり続ける特権」を悪用する人々の言い訳として、パレスチナ問題について「知らない」ことを正当化するための常套句として、「自分のメンタルヘルスを守るためにニュースを追ってないから、何が起きているかわからないしコメントもできない」というシナリオだ。

そのようにニュースを無視することができるという特権性に無自覚なまま、あえてそのように社会的に許されるエクスキューズを使ってはっきりとしたスタンスを採らないということは、本来はその特権を使えば抑圧されている人たちの大きな支援になり得たかもしれない特権性を行使しないという、非常に自分勝手な行動でもある。つまり、そのようなセンシティブかつグロテスクな画像や動画を見なかったとしても、自分なりに歴史について学ぶなり、現在起きているデモの意味や政治の関連性について知ることは可能だ。

さらに、アメリカが2023年から2024年にかけてイスラエルに180億ドルの支援金を送っていたり、イスラエルや軍事産業への投資撤廃を求める学生に対して大規模かつ暴力的な制圧を大学が要請したり、「外国国家」との密接な関係性が明らかになった。アメリカ国内のホームレス問題、医療保障問題、学生ローン問題など様々な社会問題は「予算不足」という理由で放置され続けているにもかかわらず、イスラエル政権、さらにはガザでの虐殺にはアメリカ国民の税金が投入されている。自分が「知らない」ことを選択したところで、残念ながら「関係ない」ことにはならない。

もちろん、人が殺されている画像や動画を見てストレスを抱えたり、同情や共感をするのは人間としての当然の感情である。ガザの現地にいる人々を直接助けることができないことから、「罪悪感」を感じる人も多い。

ジャーマン・ニューロサイエンス・センターの臨床心理学者、ファビアン・ザールロス博士によると、同情による疲労は、私たちの体内の闘争・逃走システムを亢進させ、人はまるで厳戒態勢にあるかのように感じる。

この反応により、アドレナリンやコルチゾールが分泌され、呼吸や心拍数が高まる。この状態の間、我々の脳は危険な状況にあると考え、それに応じて対処する必要がある–不安、怒り、悲しみといった生存に関連する感情を放出することによって。

https://english.alarabiya.net/features/2023/10/26/-I-feel-helpless-How-to-deal-with-guilt-anxiety-from-graphic-Gaza-images

不安、絶望、怒りを連帯へ

罪悪感を一人で抱えて、なんとか解消しようとDoomscrolling(インターネットで悲観的なニュースや情報を延々と見て、スクロールを止められない行為)を続けてしまうことは、私も毎日のように経験する。しかし実際には、情報に終わりはない。たくさんの感情的負担をひとりで抱え込んだところで、残念ながら現実世界に変化は起きない。自分が今現在どのようなストレスを感じているのか、不安やストレスという感情が具体的にどのような場所から湧き出ているのか、その不快感は身体に影響を及ぼしていないだろうか、などと自分の身体や精神とマインドフルにかかわることが重要だ。必要であれば1日のうちにどのくらいニュースをチェックするのか時間を定めたり、焦燥感を感じ始めたらスマホを置いて屋外を散歩して新鮮な空気を吸ったりと、持続可能な方法で世界と接する方法を探ることも選択肢になるだろう。

同時に、”stay informed”(自分の中で最新情報を更新し続ける)というのは重要なことでもある。社会の一員としてジェノサイドに間接的にでも関わってる以上は責任が伴うし、その罪悪感や不安を何かしらの行動として表明することでラディカルな連帯を作り出すことにもつながる。つまり、社会や世界に対して感じる不安や絶望、ないしは怒りやもどかしさを具体的なアクションを起こすための原動力に変えることができれば、それは大きな可能性を持つ。

「世界に変化を起こそうとする人は誰でも、自分自身を大切にする方法を学ばなければならない」と、活動家でブラックパンサー(アメリカで黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた急進的な政治組織)の党員だったアンジェラ・デイヴィスは言った。つまり、世界を変えたいのであれば、まずは自分を大切にする必要があるが、それは自分だけを大切にするという意味ではない。苦しむ他者に対してエンパシーを持ち、助けたいという優しさや使命感を持つ人は、世界を変える可能性を持つ。しかし、自分が先に燃え尽きてしまっては、誰も助けることができない。「セルフケア」とは、このような人々同士で連帯し、お互いを支え合うために必要なラディカルなツールでもあるのだ。

Radical Self-Care: The Importance of Self-Care for Activists & Where to Start - The New Paltz Oracle
The importance of radical self-care for activists and people in disenfranchised communit...

筆者について

たけだ・だにえる 1997年生まれ、カリフォルニア州出身、在住。「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆し、リアルな発言と視点が注目されるZ世代ライター・研究者。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストを繋げるエージェントとしても活躍。著書に文芸誌「群像」での連載をまとめた『世界と私のA to Z』、『#Z世代的価値観』がある。現在も多くのメディアで執筆中。「Forbes」誌、「30 UNDER 30 JAPAN 2023」受賞。

  1. 第1回 : セルフケア・セルフラブを取り戻す――資本主義的「ご自愛」への抵抗
  2. 第2回 : 歴史からみるセルフケアの「政治性」
  3. 第3回 : 「生産性」に回収されない、ヘルシーなセルフケアとは?
  4. 第4回 : その理想の体型は誰のため?――ボディポジティビティとセルフラブの複雑な関係
  5. 第5回 : それって本当に「マストハブ」?アメリカで爆発的な人気!「スタンレーカップ」への熱狂と混乱
  6. 第6回 : 燃え尽き症候群を防ぐセルフケアの実践――あなたは「バウンダリー」を設定できていますか?
  7. 第7回 : 虐殺とプロテスト運動、闘いとしてのセルフケア
  8. 第8回 : 親パレスチナの学生運動に見る「ラディカルなセルフケア」
  9. 第9回 : セルフネグレクトを引き起こす!? 過剰な「推し活」カルチャーの危険性
  10. 第10回 : 子供の肌にレチノール、しわ防止用ストロー… スキンケアはどこまでが「ご自愛」?
  11. 第11回 : スムージーが一杯3000円!? ウェルネスの高級化があぶり出すセルフケアの課題
  12. 第12回 : バイオハックによる日常のマニュアル化の危険性とは?――セルフケアとセルフヘルプの違いに注意!
連載「やさしい生活革命――セルフケア・セルフラブの始め方」
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