「そんな仕事をしていたら筆が汚れるから今すぐおやめなさい」
橋本 じゃあ、「これからも本を出していきたい」って気持ちがふつふつとあるわけでもないんですか。
宇田 そもそも、本という単位で考えたことがほとんどないんです。たとえば『フリースタイル』から原稿依頼をもらって、「ああ、今、2000字で何を書こう?」っていうふうに、ちっちゃな単位でしか考えてないんですよね。書き下ろしの本は筑摩書房から出ている『本屋になりたい この島の本を売る』だけで、その本に関してはいちおうメッセージみたいなものはあったんですけど、書くのは大変だったし、もうああいうふうには書けないなと思うから、その場その場で書くことしかできなくて。ひとつには、もっと個人的にアーケードの本を書きたい気持ちはあるんですけど、それはほんとに売れないだろうし、商業出版じゃなくていいんじゃないかと思ってます。
橋本 新刊のなかに、牧志公設市場が建て替え工事に入る3年間のことを連載したいと思いついて、知り合いの編集者に相談してみたものの、「明確なテーマやメッセージがないと読者がつかないから、企画書を書いてほしい」と言われて、あっさり諦めた、という話が出てきますよね。僕も企画書なんて書いたことがないので、そう言われたら諦めてしまいそうだな、と。
宇田 え、そうなんですか。
橋本 企画書ってどう書けばいいのかもわからないです。ただ、宇田さんは企画書を書いて出版社から本を出す道は諦めたものの、その期間のことを書き留めて、自分で『三年九か月三日 那覇市第一牧志公設市場を待ちながら』(2023年、市場の古本屋ウララ)という本を作られてますよね。そうやって自分で本を作って、その本を売る場所を持っているわけですから、それは宇田さんの強みだなと思いました。
宇田 そうですね。ただ、ひとりで作るのは大変でした。誰も励ましてくれないんだなと思って、編集者がいてくれるのはすごく大事なことなんだなと、あらためて思いました。
橋本 単に記録を書き綴るだけなら、ウェブでも可能ですけど、それを紙にまとめておくことが大事だっていうのはやっぱりあるわけですよね。
宇田 それはやっぱり、本屋だからでしょうかね。図書館に納品して、それが並んでいると、「ここに残るんだな」と思える。でも――そうですね。橋本さんの『観光地ぶらり』を読んで、私もこれぐらい長く書いてみたいなと思いました。ああいうまとまった文章を書いたことは、一度もないんですよ。あんなふうに脱線したりして、大変そうだけど楽しそうだなと思ったりして。
橋本 ああ、そこは宇田さんの本と大きく違うなと思ったところです。宇田さんの本は、単発であれ連載であれ、いくつかの雑誌に寄稿した原稿がベースになってますよね。こないだ森山さんとのトークでも感じたんですけど、僕はあんまり、雑誌文化のなかでやってきた書き手ではないんだなと思ったんです。もちろん、ライターを始めた頃はずっと雑誌で仕事をしていたんですけど、それは基本的に対談や座談会の構成という仕事で、自分のコラムやエッセイを雑誌に寄稿する、ということはほとんどないんですよね。
宇田 でも、単発で書いてますよね。こないだも『ユリイカ』に書かれてましたよね?
橋本 ごくたまに、依頼をしてくださる方はいるんですけど。でも、それはきっと、自分がそういうオーラを放っているんだろうなと思ったんです。僕が『月刊ドライブイン』を創刊したとき、何度もお仕事したことがある編集者の人が書評してくれたんですけど、そこに「正直に言うと、なんとなく気後れする相手だった」と、率直に書かれていたんです。
宇田 そんなところで、そんなことを。
橋本 でも、率直に書いてもらえて嬉しかったんですよね。「橋本さんは、これと決めた対象に、時間と労力を積み重ねて近づいていく人だ」「だから、いろんなことを表面的に理解したつもりになっている人間は、勝手に引け目を感じながら憧れる」と。たぶんきっと、いろんな人にそんな気持ちにさせてるんだろうなと思ったんです。つい最近も、知り合いの出版業界の人から、「橋本くんって、自分の好きなことだけ取材して生きているのかと思っていた」と言われたことがあって。そんなふうに思われているあいだは、声をかけられないですよね、きっと。
宇田 でも、声をかけられたいんですか?
橋本 そう言われると――どうなんでしょうね?
宇田 今のがすべてなんじゃないですか。私が橋本さんと話している限りでも、いつも先の予定まで考えてるじゃないですか。「1年後には、この仕事をまとめて本にする」と決めているテーマが常にあって、そこに向かって邁進しているイメージがあるから、イレギュラーな仕事を頼んでも引き受けてもらえないんじゃないか、って。
橋本 これはもう、しょうがないってことですね。
宇田 『観光地ぶらり』のなかに、15歳で初めてひとり旅に出たときのことも書かれてましたけど、15歳のときからそんな綿密に準備してたんだって、驚いたんです。私は誰かに誘われないとどこかに出かけないですけど、橋本さんは自分でルートを考えられるんですよ、きっと。
橋本 これまで仕事でお世話になった方はたくさんいるんですけど、雑誌『en-taxi』(扶桑社)の仕事をしているときに、編集同人のひとりだったリリー・フランキーさんともご一緒する機会があったんです。知り合って数年が経った頃に、久しぶりでリリーさんにお会いしたら、「最近はどんな仕事をしてるの?」って話になったんです。そこで近況を話していたら、「その仕事はやめたほうがいい」と言われたことがあって。そんな仕事をしていたら、筆が汚れるから、今すぐおやめなさい、と。
宇田 すごいですね。
橋本 その「筆が汚れる」という言葉のことは、定期的に思い返すんですよね。あるいは、筆が荒れる、ということについても考えさせられる。『ドライブイン探訪』を出したあと、ドライブインをテーマに、なにか書いてもらえませんかと依頼をもらえることは結構あったんです。そのうちいくつかは引き受けたんですけど、新たに原稿を書くからには、新しいなにかが必要だと思うから、ちゃんとまた取材に出かけたり、何か新しい視点を織り込んだりできない限りは、引き受けないようにしていたんです。それこそ、過去の取材をもとに、焼き直しのような原稿を書くことも可能ではあるけれど、それは筆が汚れてしまうだろうな、と。だから、自分が何をどう書くべきなのかってことは、ずっと考えている気がします。
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『観光地ぶらり』番外編連載は今回が最終回となります。
筆者について
はしもと・ともふみ。1982年東広島市生まれ。物書き。著書に『ドライブイン探訪』(ちくま文庫)、『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場の人々』、『東京の古本屋』、『そして市場は続く 那覇の小さな街をたずねて』(以上、本の雑誌社)、『水納島再訪』(講談社)がある。(撮影=河内彩)