池袋は自分にとってホームタウンのような街で、これまでたくさん歩き、好きな店もたくさんあるが、一度も入ったことのない中華料理店があった。池袋西口北側一帯が数十年前から中華街化するはるか昔の1954年からその店はあった。台湾の近代史上において大きな役割をはたした場所に初めて足を踏み入れた。
西武池袋線沿線出身者として、また長く池袋で会社員をしていた者として、池袋という街に深いなじみがある。くまなく歩いたし好きな店もたくさんある。が、ずっとなんとなく視界に入り、気にはなっていながら一度も入ったことのない一軒の中華料理店があった。それが「新珍味」。
池袋西口の北側一帯が、数十年前から自然発生的に中華街化していることは有名だが、そんなエリアにあってこの店は、なんだか少し雰囲気が違う。黄色地に赤の看板はどこか昔ながらの町中華的で、しかしどーんと打ち出されている名物は「ターローメン」なる、聴き慣れないメニュー。
なぜ今まで入らなかったんだろうと考えたら、池袋には他にもいくらでも店があるからの他に理由がないが、先日、先輩酒飲みの小宮山雄飛さんが、この店のことを記事で紹介していて居ても立っても居られなくなった。早めに行ってみなければ!
ところで最近、かつてある雑誌で担当編集をしてくれていたことから意気投合し、一緒にYouTubeチャンネルを始めた青年に、小玉さんという人がいる(ちなみにチャンネル名は「パリコダマ」。よかったらお時間のあるときにでも)。この撮影自体が楽しくて、すきあらば一緒に飲んでいるんだけど、この日は僕の仕事終わり、夜9時すぎという遅めの時間に池袋で軽くやろうということになった。
駅前の24時間営業酒場「大都会」で待ち合わせ、自分で自動サーバーから注ぐ250円の生ビールで乾杯し、さて、これから遅い夕食を食べつつ、可能ならせっかくだからその様子を撮影したいですね、という話になる。そこで思いついたのが新珍味だった。
さっそく向かってみると、カウンター席と小さなテーブル席が少しあるだけの1階の他、意外にも2、3階にも潤沢なテーブル席があって、かなりの人数が収容できるよう。僕たちは2階に通してもらえたが、階段を通して、上のフロアの大宴会らしき活気が漏れ聞こえてくる。
メニューを見て一気にテンションが上がった。当然、麺類やチャーハンなどの主食系はあるが、酒のつまみになりそうな単品料理がそれ以上に豊富で目移りするのだ。酒類も、一般的な居酒屋にありそうなものはたいていある。これはもう中華酒場だ。
あらためて「サッポロラガービール 中瓶」(税込750円)で乾杯し、メニューを検討してゆく。初めてなので直感を頼りに選んだのは、「清蒸鶏(むしどり)」(580円)、「鍋貼(焼ギョーザ)」(580円)、「蘿蔔煎蛋(干し大根入り玉子焼き)」(450円)、「搾菜(ザーサイのねぎ和え)」(380円)、「花生(ピーナッツ)」(280円)。

次々届いた料理がどれも素晴らしすぎた。まず、どれもボリュームたっぷり。たっぷりのねぎがのった細切りのザーサイなんか、ひとりなら持て余すくらいの量だ。すっきりとした味わいとしゃきしゃきの食感にビールがすすむ。皮付きのものを塩炒りにしたらしきピーナッツも、これだけでずっと酒が飲める。
餃子は皮がクリスピーであんはとろりとジューシーな、まさにおつまみ向けのタイプ。干し大根入り玉子焼きは、たっぷりの油を使って焼きあげられたであろう大きな円盤状で、ほんのり強めの塩気と玉子のまろやかさが抜群。そこに、小気味良い食感と旨味を加える切り干し大根の効果も絶大で、後日家で必ずまねしてみようと心に誓った。
圧巻だったのは、メニューの先頭にあり、多くの人が頼む名物らしき、むしどり。一見は素っ気ない、鶏肉を蒸してどさっと皿に盛っただけのような料理だが、ひとつ食べてみてその柔らかさにまず驚愕。骨周りの肉らしく、その旨味自体もすごく濃い。味つけはかなりシンプルで、ほどよく醤油系のたれが染み込んでいるだけに感じるものの、食べはじめるとクセになって次、また次、と口に運んでしまう。
この料理のつまみ力をさらに倍増させるのが付属のたれ。これまたシンプルな、生にんにくをたっぷり混ぜた醤油的なものなんだけど、鶏肉をちょんとつけて食べると、一瞬脳に電流が走ったかと思えるほどにうまく、まずあること自体が嬉しくて、さらにナカが濃いめなのが嬉しすぎるホッピーが、ぐびぐび止まらない。
ひとりだったらもう、あれこれ頼まず、このむしどりとホッピーだけでじゅうぶん満足かもしれない。店には悪いけど……いやむしろ、こんなにいいものを出してしまっている店のほうに非があるとも言えるか。
当然看板メニューの「北京大滷麵(特製ターロー麺)」も味わっておきたいので、もうお腹はだいぶ満たされていたが、シメにふたりで1杯を頼む。990円の通常のものの他に、850円の「半ターロー麺」があるのも酒飲み的に嬉しく、それを。
ターローメンは、たっぷりの野菜やきくらげ、溶き玉子が具材の、見た目は酸辣湯麺のような感じ。ところがスープをすすってみると酸味はそれほどなくて、にんにく醤油っぽいパンチのある味だ。また、そのとろみが、これまでの人生で食べてきたどの麺類よりも強い。ズルズルというより、どるる、どるると力をこめてすすらなければ口に入ってこない感じで、そこがおもしろい。太めの平打ちちぢれ麺が具材やスープとよく絡み、一度は食べてみる価値のある麺だと思う。
新珍味が池袋のこの場所で店をはじめたのは、一帯が中華街化するよりはるか昔の1954年だそう。今回調べてみて知り、独特の存在感はそれゆえかと納得した。
さらにこの店、実は台湾の近代史上において大きな役割をはたした、台湾人にとっての聖地のような場所でもあるらしい。調べれば調べるほど深い歴史にふれることになり興味深かった。もしも気になったら、そんな情報も調べ、知ったうえで飲みにいってみると、よりいっそう味わい深い体験ができるかもしれない。

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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第28回は2025年8月7日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。