いつもは家族と休日に車で出かけるIKEA。今日は、取り置きしてある商品を受け取るためにひとりでバスと電車を乗り継いで行く。そう、いつもとまったく状況が違うのは、今日はIKEAで酒が飲めるのだ。それだけでIKEAに向かうテンションがまったく変わってしまう。
北欧の家具やインテリア、雑貨を扱う大型量販店「IKEA」。我が家から最も近いのは立川店で、たまに家族で買いものに行く。ただそういう場合は、なにかと便利なので、朝から車で出かけていくことが多い。
ところが先日、取り置きしていた商品を受け取るため、ひとりでバスと電車を乗り継いで行く機会があった。ふだんとは大きく状況が違う。なにが違うって「酒が飲める」ということだ。
そう、IKEAには店内にレストランがあり、アルコール類も提供されている。僕はそれを横目に眺めつつ、定番のホットドッグを静かに食べ、あっさりと昼食を終えるのがいつものことだった。ところが今日は、飲める! それだけでIKEAに向かうテンションがまったく変わってしまうのが、酒飲みという人種なのだった。
あ、その前にひとつ、話題を出したからには語っておかないわけにはいかないだろう。IKEAのホットドッグのすごさを。
IKEA立川には大型の食堂である「スウェーデンレストラン」の他に、フードコート的な「スウェーデンビストロ」というエリアがあり、ホットドッグが大人気。なんといってもその値段が、まさかの税込100円。それでいて味はきちんと美味しく、ケチャップやマスタードはセルフでかけ放題。さらに神がかっているのがトッピングで、プラス50円で、刻まれソース状になったピクルスと、カリカリのローストオニオンがかけ放題。僕はよくばりなので毎回包み紙にこぼれるほどにかけすぎてしまうが、これに大口を開けてかぶりつき、もぐもぐとほおばる幸せに、ノンアルの寂しさを毎度癒してもらっている。
その値段からしてサービス品であると同時に、フードマーケットで扱われている食品のお試し版的でもあることは想像できる。実際、娘もこのホットドッグを気に入り、以来、自宅で作れる10本ぶんのセットを毎回買って帰っている。が、近所であればふらりと寄っていつでもうまいホットドッグが100円で食べられるわけで、やっぱり神がかった一品であることは間違いないだろう。

ところで、初めて平日の開店直後に訪れたIKEAは、まるで天国のようだった。
ふだんはどうしても休日に行くことになるので大混雑。広い店内を見て回るだけでもかなりの時間と体力を使うし、昼食をとろうと店内のスウェーデンレストランに立ち寄っても、席を確保するだけでひと苦労だ。ところがこの日は、ちらほらとフロアの遠方に人が見えるくらいの、ほぼ貸切状態。すいすいと歩みを進めつつ、思わずキッチングッズを衝動買いしてしまったりしながら、潤沢に空席のあるスウェーデンレストランにたどり着いた。よし、飲むか。
IKEA立川のすごいポイントは、セルフサービスでサーバーからグラスに注ぐ生ビールが提供されていて、しかもたったの290円なところ。広い窓の外にすっかり秋めいた立川の風景が広がり、すぐ目の前を頻繁にモノレールが行き来する光景はどこか非日常的だ。ここでぐいっとやる生ビールの爽快感!
つまみも物色しにいこう。いちばんの名物と言ってもいいのが「スウェーデンミートボール 12個 ポテトセット」(1,630円)で、スウェーデンを代表する料理だそう。以前に一度食べたことがあり、クリームソースとともに添えられた甘いジャム「リンゴンベリージャム」とミートボールの相性が日本人の僕にはあまりにも不思議で、なかなか楽しい食べものだった。さすがレストランだけあり、秋限定の「チキンレッグのコンフィ きのこソース ライスセット」(1,710円)「フィレ ローストビーフ ライスセット」(2,110円)などは本格的だ。
が、僕がよりうきうきしてしまうのは、ショーケースに並ぶ色とりどりの小皿料理たち。批判を恐れずに言ってしまえば、ジャンルとしては大衆酒場の冷蔵ケースと同じと考えて良いだろう。そのなかから今回は、「サーモンマリネ」(690円)、「マッシュポテトグレービーソース」(300円)、「ガーリックトースト」(200円)を選んでみた。当然ワインも飲みたいから、「赤ワイン(ミニボトル)」(490円)も。会計を終えて大きなお盆にそれらを並べ、自席に戻ってあらためて眺める、その風景の優雅さたるや。ここはまさに、日本の北欧だ。
いきなり感動してしまったのがサーモンマリネ。かなり大ぶりで厚みのあるサーモンが4枚。側面にはハーブがまぶしてあり、甘酸っぱくとろりとしたディルソースが添えられ、カットレモンがひとつのる。脂ののったサーモン自体のうまさもさることながら、ソース類と合わさったときの複雑妙味加減が自分の日常から逸脱しすぎていて、特別な料理感がすごい。
なめらかなマッシュポテトもボリュームたっぷり。ポテトは温かく、そこに肉の旨味を煮詰めて凝縮したような濃厚なソースがかかる。どちらも大切に大切に味わいながらワインのつまみにするのに最高だ。
追加して良かったのがガーリックトーストで、座高の高いバゲットの断面に細かめのにんにくとパセリがたっぷりまぶされ、噛み締めるとじゅわっとバターの香りと合わせて広がる。そのままはもちろん、頼んだ料理たちのソースを入念にぬぐいながら、これまた少しずつつまみにするのがいい。
IKEAを酒場と断言してしまうことの是非はともかく、僕にとっては立派に飲める店だ。しかもリーズナブルでハイクオリティで、ちょっと一杯やっていける気軽さもとてもいい。いつか機会があれば、家具や雑貨には目もくれずにレストランめがけて訪れ、がっつりとあれこれ飲み食いしてみても楽しいに違いない。

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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第37回は2025年12月4日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。







