TBSの人気ラジオ番組『アフター6ジャンクション2』に、ありがたいことにもう数えきれないほどゲスト出演をさせてもらっている。放送収録後、スタジオで打ち上げで飲んでいるときに、「アトロク飲み部を発足しましょう!」という話になった。その部活動、第1回に選ばれたのが東京・南砂場の名店だった。
ライムスターの宇多丸さんがメインパーソナリティーをつとめるTBSの人気ラジオ番組『アフター6ジャンクション2』。ありがたいことに、この通称“アトロク”に、前身番組の『アフター6ジャンクション』(『アトロク』)から含め、もう数えきれないほどの回数、ゲスト出演をさせてもらっている。
ゲストといっても、他の立派な方々のように有益な情報を提供できるわけではない。たいていは飲み友達のライター、スズキナオさんとセットで、しかも必ずアナウンサーの日比麻音子さんがパートナーの日に呼んでいただき、あーだこーだと理由をつけては放送中に酒を飲むだけ。
宇多丸さんも日比さんも大の酒好きで、毎回ひたすら楽しいんだけど、翌日我に返ると、公共の電波であんな飲み会の様子を放送してよかったんだろうか……と不安になる。が、なぜかまた呼んでもらえるので、また酒を飲みに行く。そのくり返しが終わらないという幸せな状況だ。
先日の放送終了後、宇多丸さん、日比さん、お世話になっているスタッフさんたち、そしてスズキナオさんと、スタジオで打ち上げ的に飲む機会があった。僕とナオさんはラジオ局入りする前から飲んでいて、もちろん収録中も飲んでいたから、だいぶベロベロだ。しかし、こんな話があった記憶だけは、なんとなくある。
「『アトロク飲み部』を発足しましょう!」
翌日、スタッフさんからグループLINEが届く。「アトロク飲み部の第1回ですが、◯月◯日のご都合いかがでしょうか?」。特に予定はなかったので大丈夫ですとご返信し、ナオさんに聞いてみる。「あれってどういう会なんでしたっけ?」。するとナオさんも、「確かラジオではなくて飲み屋さんで飲みましょうというような話だった気がするんですが……」と言っていて、けっきょく詳細があまりわからないままその日はやってきた。
わかっているのは、行く店が東京都江東区南砂にある「山城屋酒場」だということだけ。どの駅からも歩くには少し遠い場所にあり、いったんみんなが集まりやすい錦糸町駅前に集合。最初に着いたナオさんとふたり、「今日はどなたが来るんですかね?」「さすがにスタッフさんだけですよね」なんて話をしていたら、向こうから宇多丸さんがやってきて、その次に日比さんがやってきたので腰を抜かしそうになった。すぐにいつもお世話になっているスタッフさんたちも合流し、お店に向かう。さらにあとから現地に、同じくTBSアナウンサーの宇垣美里さんまでいらっしゃったときは、とうとう腰を抜かしてしまった。どうやらこのメンバーがアトロク飲み部ということになるらしい。僕らだけ場違いにもほどがあるというか、しかしなんとも光栄というか。
その日は、そんな状態のままたらふく飲んだから完全に前後不覚になってしまった。翌日は、これでもう飲み部にもラジオにも二度と呼ばれることはないだろう……とひとり泣いていたが、その後も飲み部にもラジオにも呼んでいただいたので、アトロク陣の懐は深海よりも深い模様。
山城屋酒場は、酒屋として創業したのがなんと明治30年という老舗。今の建物も築70年以上という渋すぎる酒場だが、カウンター、テーブル、座敷が地元客で埋まり、みなわいわいがやがやと楽しそうに飲んでいる、まったく気取ったところのない理想の大衆酒場だ。
日比さんは、TV番組「おんな酒場放浪記」で訪れた際にとても気に入り、よくお店に来ているそうで、「ここは私の実家だから」の言葉どおり、女将さんとも家族のように仲がいい。
厨房とフロアを仕切るように、赤いふちどりの手書き短冊メニューが無数に並び、鮮魚、洋風、和風、揚げもの、珍味酒肴と、ありとあらゆる料理が揃っていて、安い。
刺身類はなにを頼んでも新鮮で、特に先日食べた「富山産ほたるいか」(税込650円)は、驚くほど大ぶりな身の刺身で、それはそれはうっとりの美味しさだった。
入店したら、あるかどうかをまず確認したいのが「きゅうりぬか漬」(250円)。毎日作る自家製なので量が限られており、残っていたらラッキー。年季の入ったぬか床で作られる、魔法のような美味しさだ。
「グラタンコロッケ」(480円)や「ひとくちチキンカツ」(550円)などの揚げ具合も抜群だし、「ハムエッグ」(390円)や「ぽてさら&マカロニサラダ」(340円)らの王道もビシッとうまい。高級品のはずの「たたみいわし」を頼んだら、たった650円なのに学習ノートのようなサイズのものが出てきたときには歓喜した。
なかでも日比さんのいちおしのひとつで、「もはやフレンチ」と語るのが「はんぺんバター焼」(400円)。大きめのサイコロくらいにカットされたたっぷりのはんぺんの焼き目が、美しいグラデーションを描いている。ふわふわで旨味が強く、外側はカリッと香ばしくバターが香り、確かに、ただのはんぺん焼きを超越した一品だ。

そんな山城屋のなかでも一大ジャンルなのが、玉子料理。「オムレツ」(650円)は、ケチャップが中央にかかった昔ながらの見た目ながら、食べてみると野菜などの具がたっぷりと入って、高級洋食のよう。しゃきしゃきと甘いニラが主役の「にら玉」(490円)も、行けば頼まないことはない。
なかでも僕がいちばん好きかもしれないのが、「ウインナー玉子とじ」(520円)。想像してみてほしい。冷蔵庫に材料さえあれば、誰だって家で作れそうなこの料理。が、山城屋の半端じゃないクオリティは、ここでもいかんなく発揮されている。にら玉もそうだったけど、この店における“玉子とじ”という調理法は、主役を引き立てるため、玉子をつなぎ的なものとして捉えているように感じられる。つまり、炒め加減絶妙なウインナーの美味しさがメイン。その周囲を、ちょっとぽろぽろとして、それでいて散り散りにはなってしまわない絶妙なまとまり加減の玉子がつなぐ。黄身と白身は完全に混ざりきっておらず、淡い下味がついている。これがたった2食材の簡単な料理を、至高の一品に引き上げているのだ。
こういった極上の料理たちをつまみに、すべてキンミヤ焼酎を使用しているというサワー類や「ホッピーセット 白」(490円)をぐいぐいやる喜び。これぞまさに大衆酒場の真髄だ。
キンミヤといえば印象的な話があって、第1回の飲み部活動の際、入り口から知った顔の方が入ってきたと思ったら、キンミヤを作る「宮崎本店」の名物支店長である伊藤盛男さんだった。伊藤さんとは何度となく飲みの場をご一緒させてもらっていて、よく、日々あちこちの酒場に顔を出して飲むのも仕事の一環だとおっしゃられていた。けれども、こんなにピンポイントに、こんなにどの駅からも遠い酒場で会うなんてと驚きつつ、その嘘のない行動力に感動したのだった。
ちなみに伊藤さんとはその後、尊敬する漫画家、ラズウェル細木先生とともに山城屋酒場をご一緒させてもらった。そうやって、酒場や酒飲みの縁が転がるように続いてくことにもおもしろさを感じる。そんな幸せな磁場が、この店には確実にあるということだろう。

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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第25回は2025年6月5日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。