関西遠征飲み京都篇。数年前まで京都であまり昼飲みのイメージがなかった。今回、京都在住の漫画家・西村マリコさんにつれられて、京都駅から5分ほど歩いたところの立ち飲み屋へ。ここがあまりにも理想的な酒場で関西の懐の深さに大感激させられた。大いに飲み食いを楽しみお会計をすると、想像をさらに超えて安い。近所にあったら間違いなく通いまくってしまうであろう名店だった。
9月の関西飲み遠征旅、3日目最終日。
前日は遅めの時間まで京都でトークイベントに出演していたので、会場近くのカプセルホテルに宿をとっていた。目覚めたのが朝8時。チェックアウトまではだいぶ時間がある。けれども、見慣れぬ景色に徐々に脳が覚醒し、今自分が京都にいることを思い出すと、もう居ても立っても居られない。まずは「伏見稲荷大社」へ参拝に行くことにした。
拙著『ごりやく酒 神社で一拝』などにも書いたが、1929年に京都伏見稲荷大社の分霊を勧請して創建された、東京都西東京市にある「東伏見稲荷神社」は、自分が事あるごとにお詣りにいくマイホーム神社。だからこそそのルーツである伏見稲荷大社へのお詣りは長年の夢で、それが今回叶ったというわけだ。心身すっきり、あとは帰りの新幹線が出る午後3時まで、京都の街を舞台にごりやく酒タイム。
ちなみに伏見稲荷大社には、京都でのイベント手配などにご尽力いただいた当連載の担当編集者、森山裕之さんも同行してくださった。そしてこのあとは、前日にトークイベントでご一緒していた漫画家のラズウェル細木先生、関西の飲み友達である山琴(やまこと)夫妻、そして、京都在住の漫画家で、かつてお仕事をご一緒していたこともある西村マリコ先生というメンバーで、まずは昼の12時を目安に京都駅に集まる予定。森山さんと京都に向かう。
僕の知識不足は当然ありつつ、特に数年前までの京都には、あまり昼飲みができる店は多くないイメージだった。が、西村さんいわく、京都駅付近にも昼から営業中の酒場はちらほらあるとのこと。そこで西村さんについて5分ほど歩いていると、現れたのは「いなせや」という立ち飲み屋。ここがいきなり、あまりにも理想的な酒場で、関西の懐の深さにまたまた大感激させられたのだった。
ところで、ひとつ伝えておかないわけにはいかないことがある。この日、森山さんは、午後から会社に戻って会議に参加するという多忙なスケジュールだった。もはやタイムリミットは間近。が、せっかくだからギリギリまでと、いなせやには来てくださり、そこでたった1杯だけサワーを飲んで、風のように去っていかれた。つまり、今から語るいなせやの夢のような良さの大部分を体験されていない。なのに誰よりも早くこの原稿を読んでくれているわけで、そんな辛いことがあるだろうか?
もしもこの連載が次回以降ぱったりと更新されなくなったら、あぁ、あの件で……と察してもらえたら幸いだ。

さて。いなせやはかなり新しい店のようで、どこもかしこもぴかぴか。奥に細長い店だが、入り口が全面ガラス戸になっていて開放感がある。両サイドと中央に長いカウンター。昼から立ち飲みを楽しむ大勢のお客さんでにぎわっている。
メニューを見てまず驚いた。先ほど伏見稲荷大社参道の店でビールを飲んできたから、ここはサワー系でスタートにするかと「プレーンサワー」の値段を見ると、なんと税込250円。「生ビール」でも330円、「熱燗・冷酒」が310円。つまみの最安値である「たこわさ」と「コロッケ」がそれぞれ150円と、なにもかもが驚異的に安い。
乾杯とともにテンションが上がり、思い思いの料理を頼んでみる。するとどれも、値段からはとても想像できないていねいな仕事を感じる絶品なのだった。
厚みのあるゆでだこと、きゅうり、わかめを酢のものにした「たこ酢」(320円)の爽やかさが、盆地の夏の湿気を忘れさせてくれる。ゴーヤ、ズッキーニ、かぼちゃなどをからりと揚げた「夏野菜のフリット」(450円)は、カツや天ぷらじゃないのがこの店っぽい。どの野菜も味が濃く、衣の加減も絶妙で、調理人さんの技術に脱帽だ。
最近メニューに追加されたという「国産牛 牛たたき」(550円)は、もはや高級店の味。鮮魚系の品も良く、口のなかでとろける「ねぎとろ巻き」(550円)にもうっとり。
個人的に印象深かったのが「春巻き」(220円)で、メニューの記載に「春巻き(海老・アスパラ・チーズ)」とある。当然どれかひとつを選ぶものだと思って、一同で「どれにしますかね?」なんて盛り上がりつつ店員さんに聞いてみると、なんと海老、アスパラ、チーズ、すべてが入った春巻きだという。我々は思わず歓声を上げた。だって、食べなくてもわかる。そんな組み合わせの具が入った春巻き、うまいに決まってる! 220円は1本の値段で、それが半分にカットされて提供されるとのことで、もちろん全員が食べられるよう3本注文。
やってきた春巻きは、見るからにからりと揚がり、ところどころからチーズがあふれ出ている。斜めにカットされた断面に海老と大葉。揚げたてをほおばると、香ばしい皮がサクッと破れ、なかからはぷりぷりの海老、とろりとしたチーズ、爽やかな香りの大葉のハーモニー。これはちょっと、反則に近いかもしれない……。
と、大いに飲み食いを楽しみお会計をすると、きっと安いことは間違いないんだろうなという、その想像をさらに超えて安い。京都には昼飲みのイメージがなかったなんて言っていた自分が恥ずかしくなる、近所にあったら間違いなく通いまくってしまうであろう名店だった。
最後に、この日の京都飲みがあまりに楽しく、途中でいったん店を抜け、駅で新幹線の予約を4時間遅らせて、限界まで飲んでしまったことも、念のため追記しておく。

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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第35回は2025年11月6日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。