舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)など人気作品に多数出演する傍ら、鴻上尚史主宰の「虚構の劇団」に所属し役者としての高い実力と類稀な美貌で注目を集めている俳優・梅津瑞樹、初の随筆集『残機1』(2022年12月8日(火)発売)の重版が決定! これを記念して、OHTABOOKSTANDでは、本書の中から6つのエピソードを抜粋し、特別に公開していきます。(全6回)
孤独と自意識に揺れ、もがき、あらゆる決めつけに抗って生きる。
「異端の2.5次元俳優」が“穴”の中から見つめる、その先にあるものとは――?
怒り
深夜2時、私は腹を立てていた。
あまりにも腹を立てたので、目下腹を立てている相手、今まさに隣を歩いているその男の憎たらしい横顔をまともに見ることが躊躇われ、視線が闇夜に浮かぶビルディングの隙間を彷徨った。
聳え立つビル群の壁に色とりどりの看板がにょきにょきと生えている。光を落としても尚、闇の中で浮かび上がるそれらの姿は、ただでさえ視力の悪い私の眼には毒々しいきのこの様に映った。
散歩でもしないか、と彼を誘った。
彼奴とはかれこれ10年以上の付き合いがあり、私の住む家から歩いてすぐのところに居を構えていた。時刻は既に0時を回っていたが、今更そんなことを気にする間柄でもない。
知っての通り、夜な夜な辺りを徘徊するのは私の悪癖であり、都の怪異としての矜持もまた夜の街へと私を駆り立てているに相違ない訳であるが、孤独を愛し、それを誇りに思う私も時に人恋しくなることがある。そうした折、気まぐれに「今からこの夜を僕たちだけのものにしてやろうぜ」と誘うと、大概二つ返事でのそのそと出てくる気の良い奴であった。そんな鼻の曲がりそうな台詞を本当に言ったかどうかは定かではない。
果たして、数刻後彼はやってきた。
歩きながら私たちは、ここしばらくのこと、共通の友人のこと、変わりゆく季節と街並みのことを何とはなしに話した。
次第に話は仕事の話へと移っていった。
彼は言った。
「でもお前は本当に恵まれているよな」
私は腹の内側で、毛羽立った表皮の醜悪な怪物の様なものがむくりと起き上がる気配を感じた。
その鋭く伸びた爪の先が喉元を迫り上がってくるのを堪えながら、私は何故と聞き返した。
「俺はどんなに頑張ってもどうにもならなくて芝居を辞めた奴を沢山見てきたから」
腹の中で奴が吠えた。
私は暴れ駆けずり回る代わりに、今自分がどのように生きているか、そしてこれまでどの様にして生きてきたかを一言一言、熟考しながら彼に伝わる様に話した。10年来の仲である。それを知らない彼ではなかった。それもまた無性に口惜しかった。
彼はこうも言った。それは旅路を終えて何がしかを掴み取った者だけが口にする強者の譫言だと。
此奴には分からないのだ。
先刻彼が引き合いに出した彼の周りの者達とは、正しくかつての私であり、そして暗闇の中で一条の白線を引き続ける様なこの行脚には恐らく果てなどなく、今も尚旅路が続いているということが、きっと此奴には分からないのだ。
途方もない憂愁を生涯の伴侶として選ぶ覚悟もない者に、私の一片たりとも掴ませてなるものか。
捨て鉢になって言った。
「四の五の言わずにやりたいことがあるならば何事をおいてもやれば良いんだ。結果なぞ知るか。やれないことなんてないのだ」
己の真に願うことを見つけ、果たそうとする、またそのような目標までの道中はややもすると寄る辺なく、その様な旅路を征くには勇気がいる。それこそ人生などという正体不明で、しかし確かに、とてつもない強度を持ってそこにあるアレを捕らえ(あるいは捕らえたと思い込んでいるだけかもしれない)炉に焚べるだけの勇気が。その行いだけが道標となるのだ。そして決して炉の火を絶やしてはならない。絶やせば忽ち道標は失せ、立ちどころに足元は覚束なくなって暗中転がって無様を晒すこととなるであろう。
私には既に手を休め立ち止まることはできない。反対に、その勇気がないのだ。
彼は押し黙った。かつて彼も、彼の周囲の者と同じであった。彼もまた私だったのだ。
それきり足元を見て歩いた。路傍を鼠が走るのを見つけた。
* * *
本書『残機1』(梅津瑞樹・著)では、本エピソードを含めたエッセイ22作品の他、書き下ろしの短編4作品を収録。【通常版】に加え、【NFTデジタル特典付き特装版】【アニメイト限定版】【フォトブック付き限定版】の4バージョンで、好評発売中です。
詳しくは、以下のページ、または太田出版公式サイトをご確認ください。
SOLO Performance ENGEKI「HAPPY WEDDING」出演情報
東映が企画・プロデュースをする、一人芝居企画“SOLO Performance ENGEKI”の第三弾「HAPPY WEDDING」に出演中!
【公演情報】
公演期間:2023年2月17日(金)〜2月26日(日)
会場:シアターサンモール
脚本:宮本武史
演出:粟島瑞丸
出演:梅津瑞樹
企画・プロデュース:東映
※チケット情報他、詳細は公式サイトにてご確認ください。
筆者について
うめつ・みずき。俳優、表現者。1992年12月8日生まれ。千葉県出身。主な出演作は、舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)、TVドラマ『あいつが上手で下手が僕で』(天野守役)、映画『漆黒天-終の語り-』(嘉田蔵近役)など。『ろくにんよれば町内会』(日本テレビ系)ほかバラエティ番組でも活躍するなど、活動は多岐にわたる。2020年、『GIRLS CONTINUE』Vol.2にてコラム『残機1』連載開始。その後、兄弟誌の『CONTINUE』でも同時連載。同コラムと書きおろし短篇を収めた同タイトル著書『残機1』にて、作家デビューを果たす。