観光地ぶらり
第5回

人が守ってきた歴史 北海道・羅臼

暮らし
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羅臼で良いところは

気づけば2時間近く経っていた。もしもまた羅臼にくる機会があれば、釣船に乗せていってあげるからと、電話番号まで教えてくださった。

お礼を言って外に出ると、日が暮れかかっていた。ホテルに引き返して夜が訪れるのを待って、夕食をとろうと街に繰り出す。どこに入ろうかとぶらついてみると、スナックの看板がずらりと並んだビルもあった。蛍にカサブランカ、ミストにクリオネにモンテローザ。モンテローザとはスイスとイタリアの国境にそびえる山の名前で、「バラの山」という意味だ。そんな看板を眺めながら歩いていると、「ラーメン 食事の店 みち子」という看板にあかりが灯っているのが見えた。「ラーメン 食事の店」という言葉に、そして名前が店名になっているところに旅情をおぼえ、暖簾をくぐってみることにした。テレビでは野球中継が流れている。WBC日本代表の初戦で、対戦相手は中国らしかった。

とりあえずビールを注文し、野球中継を眺める。お客さんはぼく以外にひとりだけだ。店員さんも同じように野球中継を眺めながら、「普段はもっとお客さんが多いんですよ」と言う。「でも、普段でもこの時間になると、漁師さんはもう寝てる時間なんですよね。漁師さんたちは7時にはもう寝ちゃうから」

7時になると、野球の試合が始まった。先頭打者のヌートバーがヒットを放ち、2番の近藤、3番の大谷と、立て続けにフォアボールで出塁した。

「あれ、大谷どうしたの?」

「フォアボールだよ。これでもう満塁だ」

「ここでホームラン打ったらヒーローだね」

「これ、神様」

「そう、神様、神様」

打席に立ったのは「村神様」こと村上宗隆だ。ここでもフォアボールとなり、日本は押し出しで先制点を得た。野球中継を眺めていた店員さんが、「ああ、そうだ、今日は皆、家で野球中継見てんだ」と言った。

「わざわざこんな店に寄ってくれて」お店のママはそう言って笑った。僕が旅行でやってきて、今日は流氷クルーズ船に乗ったのだと告げると、「他に観光できるようなとこ、あるかな」と、お店のママと店員さんは考え込んだ。

「今は冬で通行止めになってるけど、知床横断道路のてっぺんから見る景色は『ああ、きれいだな』って思うけど、それだって年に一回通るかどうかだし、わざわざ観には行かないもんね」と、店員さん。「羅臼で良いとこったら――景色もきれいだけど、やっぱり、人情なんでないの?」とママは言った。

最後に味噌ラーメンを平らげ、会計を済ませて外に出ると、「二軒目」という暖簾が見えた。このまま宿に帰ろうかと思っていたけれど、その店名を目にした瞬間に、二軒目に流れてみようかという気になった。北海道の建物は玄関が二重扉になっているので、中の様子が見えず、少し緊張しながら扉を開けると、「いらっしゃい」と、お店のママが優しく迎えてくれた。

「どうぞどうぞ。どちらから?」

「東京からです」

「東京からだと、寒いでしょう。おとといまでは暖かったんだけどね」。そう言いながら、ママはおしぼりを差し出す。ハイボールを注文すると、「これぐらいの濃さでいい?」と確認してから、ウィスキーをソーダで割って出してくれた。

「主人が元気だった頃は、年に1回か2回、旅行に行ってたの。何年か前に東京に行ったんだけど、電車に乗ったら、誰ひとり顔あげないのね。びっくりした。人と話すこともなければ、観察することもなくて、無関係だもんね。寂しいねえ」

ママは羅臼出身ではなく、生まれは釧路なのだと聞かせてくれた。結婚して帯広に暮らしていたが、夫が事業で負債を抱えてしまったことを機に、羅臼に移り住んで喫茶とスナックの店「二軒目」を始めたそうだ。

「私が来たころはね、街に魚の匂いがしました。1月から3月はスケソの匂い。トラックから魚が落ちても、カラスも見向きもしないぐらい、魚が獲れたんです。4月を過ぎて5月になると、昆布の匂いがしてくる。昔は夜中の3時や4時まで、煌々と船のひかりが海にびっしり並んでました。海の上に街があるのかと思うぐらい、すごいひかりでしたよ。今の魚の獲れかたと全然違います。羅臼にも、こういうスナックが100軒ぐらいありました。だって、お会計が3000円だって言ったら、一万円札を出して『釣りはいらない』って世界でしたから。今では考えられないでしょう?」

なぜ北国は旅情を誘うのだろう

かつて羅臼には、漁港にほど近い場所に、バラックの飲み屋街があったそうだ。イカ釣り漁の季節になると、早朝から深夜まで営業し続けていたという。甲斐崎圭『羅臼 知床の人びと』のなかに、「チロリン村」と呼ばれた飲み屋街について、こう記されている。

来る日も来る日も海とイカとの闘い。その疲れと緊張で体の中に滓のようにたまるウサ。漁師たちは陸に上がるとチロリン村を徘徊し、心の中に蹲る滓を吐き出すように酒をあおるのだった。

酔いどれて意識さえ朦朧とした酔っぱらいがヨロヨロ、ヨタヨタと夜の街をさまよう。酒精と反吐と泥酔。酔っては毒づき、罵倒して行きつくところはケンカである。口論と激論、そしてついには刃物まで持ち出して傷つけあう。

酔っぱらい、口論、傷害……その数があまりに多く、当時木造二階モルタル造りの派出所しかない羅臼には全員を収監する施設がなかった。いや、仮に数人を収監できる留置場があったとしても、なお間に合わなかったにちがいない。

「そりゃもう大袈裟に聞こえるかもしれんけどさ、街の通りにある電柱の一本一本に人がしばられてるのが日常のことだったのさ」

と阿部さんはいう。

酔いどれた男たちは電柱に抱きつくような格好でその両手を縛られ、どうしようもない苛立ちと腹いせを口にし、叫び、わめく。

雪が降り、路面が凍結した氷でテカテカに光り、空気も凍てつく厳寒の季節でもその光景は見られた。

「私が38年前にお店を始めたころでもね、『ちょっと来るのが遅かったね』って言われてたんですよ」。「二軒目」のママはそう教えてくれた。その頃にはもう、漁業の最盛期は通り過ぎていたのだろう。一軒目はどこのお店に行ったとしても、二軒目にうちに寄ってねという思いを込めて、店名をつけたのだという。夫は建設業で働き、ママは睡眠時間を削って店を開け、抱えていた負債は3年で返してしまったのだそうだ。朝はコーヒーが飲めて、夜はお酒が飲めて、いつでもカラオケが歌えるお店というのは他になく、地元のお客さんからも愛されている。帯広に暮らすこどもたちから「帰ってきたら?」と誘われているが、「俺が死ぬまでは店を続けてくれ」というお客さんもいるし、元気なうちは続けたいのだと、ママは言った。

「もし歌いたかったら、カラオケ歌えるからね」と声をかけてもらったものの、この場に似つかわしいうたを歌えそうにもなく、断ってしまった。いつかスナックで歌うのにふさわしいうたを歌えるようになりたいと思って、10年以上経ってしまった。

それにしても、歌謡曲や演歌には「港町」や「北国」、それに「酒」がテーマに描かれることが多いように感じる。ここ羅臼には、そのすべてが揃っている。

なぜ北国は旅情を誘うのだろう。雪で閉ざされた世界のなかでじっと春を待つイメージが、旅情を感じさせるのだろうか。思えば「港」という舞台も、誰かの帰りを待つ場所だ。そして酒場もまた、やってくるお客さんをただ待ち続けている場所だと言える。

「また羅臼に来る機会があったら、うちにも寄ってね」。そう送り出されて、「二軒目」をあとにする。外は静まり返っていて、かつてここに喧騒が響いていたのだと思うと、不思議な心地がする。今は電柱に括り付けられている酔っぱらいなどひとりも見かけなかった。

夜が明けて、朝が訪れる。カーテンを開けると、昨日の天気が信じられないほど晴れ渡っていて、海の向こうに国後島が見える。国後島はこんなに近い距離にあるのかと驚く。その向こうから、朝日がのぼってくる様子を見ることができた。これが昨日正人さんの言っていた――そして森繁久弥が歌った朝日かと、しみじみ眺めた。

ぼくが宿泊していた「ホテル栄屋」は、『地の涯に生きるもの』の撮影のため羅臼に滞在していた森繁久弥が宿泊した宿だ。今でもロビーには森繁久弥直筆の歌詞が額に入れて飾られている。この曲は、映画の撮影を終えて出発する前の夜に、羅臼に滞在した日々を振り返り、うたにしたものだ。だからこそこの曲は、「知床の岬に はまなすの咲くころ/思い出しておくれ 俺たちの事を」と始まっているのだ。つまり、羅臼を離れて去っていく側から、この土地に残り続ける人たちに向けてつくられた曲だ。

ラストの3番は、「別れの日はきた/知床の村にも」と始まり、「私を泣かすな 白いかもめを/白いかもめを」(以上、作詞/作曲:森繫久彌)と締めくくられる。ただ、加藤登紀子のレコードとして発売された「知床旅情」は、歌詞が微妙に違っている。加藤登紀子は、京都の酒場で「知床旅情」を耳にし、「耳から覚えたままのうたい方」でレコーディングしたため、「譜面は1度も見てないの」と、『週刊平凡』(1971年2月25日号)に収録された森繁久彌との対談で打ち明けている。それを聴いた森繁は、「作ったほうも専門家じゃないんだから、好きなように歌ってほしい」としながらも、こう指摘する。

森繁 厳密にいえば3か所なおしたい。

加藤 エッ?

森繁 まず3番で“白いかもめよ”は“かもめを”が正しいんですよ。(…)

加藤 アッそう! いけない! ゴメンナサイ。

森繁 かもめは女なんだ。あそこには港町で女もいる。そこへ出かせぎや観光で来る男たちがいる。つまり男は気まぐれな黒いカラスなんだ。そこで、私を泣かさないでください、この白いかもめを、といっているんだよ。

「男」が気まぐれに飛び交うカラスで、「女」は港で男を待つかもめという対比は、今の時代には古色蒼然としたものに感じられる。ただ、「知床旅情」といううたを書き上げた日の森繁久弥は、旅人の身勝手さを強く感じていたのだろう。知床を舞台にした小説に感銘を受け、この映画は自分が映画化しなければと長期間滞在して撮影をおこなったとしても、やがてその土地を離れる日がやってくる。旅をする側は常に「気ままなカラス」で、その土地に残り続ける「白いかもめ」たちに背中を向け、去ってゆくのだ。

羅臼から中標津に向かうバスがやってくるまで、小一時間ほど余裕があった。このまま帰る気にはなれなくて、もういちど「喫茶とおりゃんせ」に足を運んだ。

「ああ、いらっしゃい。昨晩はどこかに食べに出かけたの?」と尋ねられ、最後は「二軒目」で飲んでいたのだと伝えると、「ああ、二軒目をやってるのはうちの妹だよ」とママは笑った。

ママが羅臼で「とおりゃんせ」という喫茶店を始めて、46年になる。通りかかったら寄って行ってねという思いを込めて、この店名をつけたのだと教えてくれた。

「私はたまたま、羅臼に嫁にきたのさ。釧路にいたときから、ずっと職業を持ってたんだけど、そこの栄屋って旅館に嫁にきたのさ。こっちは港町だけど、私は魚関係わかんないから、一年間は様子を見て、それで喫茶店始めたの。ここに集まるお客さんは、コーヒー飲みながら瞑想する――そんな雰囲気でないからね。いろんなことを経験してる人たちが集まるから、いろんな話ができるんだよね。だから旅の人が来たら、一緒に座りなって案内するの」

ブレンドコーヒーを飲みながら、窓の外に目をやると、太陽のひかりに照らされて雪が溶け、庇から水滴が滴り落ちている。羅臼にも冬の終わりが近づいている。

バスの時間が迫ってきたところで会計を済ませると、ママは「また来てね」と見送ってくれた。車窓から流氷を眺めながら、その言葉を反芻する。旅に出れば、誰かと出会う。自分が旅行者である限り、出会った人たちに別れを告げる日がやってくる。そこに旅情が宿る。「また来てね」という言葉を受け取ったからには、いつかこの土地を再訪しなければならない。こうして地図のなかに、再訪したい場所が増えてゆく。スナックでも喫茶店でも、名前を聞きそびれたままになっていた。次に訪れたときには、ママに名前を尋ねよう。

*   *   *

橋本倫史『観光地ぶらり』次回第6回「横手」は2023年5月16日(水)17時配信予定です。

筆者について

橋本倫史

はしもと・ともふみ。1982年東広島市生まれ。物書き。著書に『ドライブイン探訪』(ちくま文庫)、『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場の人々』、『東京の古本屋』、『そして市場は続く 那覇の小さな街をたずねて』(以上、本の雑誌社)、『水納島再訪』(講談社)がある。(撮影=河内彩)

  1. 第0回 : プロローグ わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう
  2. 第1回 : いずれ旅は終わる 愛媛・道後温泉
  3. 第2回 : 人間らしさを訪ねる旅 八重山・竹富島
  4. 第3回 : 一つひとつの電灯のなかにある生活 灘・摩耶山
  5. 第4回 : 結局のところ最後は人なんですよ 会津・猪苗代湖
  6. 第5回 : 人が守ってきた歴史 北海道・羅臼
  7. 第6回 : 店を選ぶことは、生き方を選ぶこと 秋田・横手
  8. 第7回 : 昔ながらの商店街にひかりが当たる 広島/愛媛・しまなみ海道
  9. 第8回 : 世界は目には見えないものであふれている 長崎・五島列島
  10. 第9回 : 広島・原爆ドームと
  11. 番外編第1回 : 「そんな生き方もあるのか」と思った誰かが新しい何かを始めるかもしれない 井上理津子『絶滅危惧個人商店』×橋本倫史『観光地ぶらり』発売記念対談
  12. 番外編第2回 : 「観光地とは土地の演技である」 蟲文庫・田中美穂×『観光地ぶらり』橋本倫史
  13. 番外編第3回 : たまたまここにおってここで生きていくなかでどう機嫌良く生きていくか 平民金子・橋本倫史・慈憲一 鼎談
連載「観光地ぶらり」
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