いまだかつてない盛り上がりを見せる現代短歌。その中でも最も注目すべき歌人・木下龍也と鈴木晴香による共演がOHTABOOKSTANDで実現! 新進気鋭ふたりの新作短歌連載。言葉の魔術師たちが紡ぎ出す虚構のラブストーリー。ふたりが演じる彼らは誰なのか。どこにいるのか。そしてどんな結末を迎えるのか。

上巻と下巻のあいだにもうひとつあるような気がしている海辺

交わっているのにもっとほしくってポニーテールをしっかりつかむ

乱数のように抱かれる夜ばかり初期パスワードを使っているの?

トリンドル玲奈をきみにすり替えて今朝みた海の夢を話した

寝るまえに必ずくれたおやすみが来ないから返さないそれだけ

愛が情へと変わりゆくその坂は上りだろうか下りだろうか

出て行ってしまった猫を探すのにコートを選んでいるなんてばか

約束をせずとも会えたはじまりのぼくらをぼくはうらやんでいる

おそろいのコップがひとつ欠けていて残ったほうをわざと落とした

泣く寿司のスタンプが来る 会えないと送って会いにゆく道すがら

本棚に村上がまた増えてゆく『コインロッカー・ベイビーズ』のほう

12階 先に降ろした匿名がきみのインターホンを鳴らす は?

したいことリストのうちのいくつかを新しい躰に書き写す

逃げ込んだエレベーターの小窓から見えた玄関前のくちづけ

人間の目には見えない星々でいっぱいのこの夜が眩しい

きゅうきゅうしゃ? ちがう けいさつ? ちがう ただふるえるゆびでいっかいをおす
この続きは、5月18日(木)17時更新予定。
筆者について
すずき・はるか。1982年東京都生まれ。歌人。慶應義塾大学文学部卒業。2011年、雑誌「ダ・ヴィンチ」『短歌ください』への投稿をきっかけに作歌を始める。歌集『夜にあやまってくれ』(書肆侃侃房)、『心がめあて』(左右社)。2019年パリ短歌イベント短歌賞にて在フランス日本国大使館賞受賞。塔短歌会編集委員。京都大学芸術と科学リエゾンライトユニット、『西瓜』所属。現代歌人集会理事。
きのした・たつや。1988年生まれ。歌人。 著書は『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』(ともに書肆侃侃房)、『天才による凡人のための短歌教室』『あなたのための短歌集』(ともにナナロク社)。また、共著に『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』『今日は誰にも愛されたかった』(ともにナナロク社)がある。