いまだかつてない盛り上がりを見せる現代短歌。その中でも最も注目すべき歌人・木下龍也と鈴木晴香による共演がOHTABOOKSTANDで実現! 新進気鋭ふたりの新作短歌連載。言葉の魔術師たちが紡ぎ出す虚構のラブストーリー。ふたりが演じる彼らは誰なのか。どこにいるのか。そしてどんな結末を迎えるのか。
――2年前

いつどこで無くしたのかわからないものリストに赤い財布加わる

赤色のベンチがまれに産み落とす卵のように財布はあった

失われたのは私の方だから遺失届は空欄のまま

交番を出てきたきみがぼくを見ておまわりさんを見てぼくを見る

ありがとうを言うためだけにカフェにきてありがとうからもう3時間

伝票にふれている手にぼくの手を重ねて明日を変えてみたいよ

もしここで出会えなければもう一度わたしは財布を無くしただろう

きみといるだけで世界は生きたまま目視可能な天国となる

恋愛は羽で数えよ井の頭公園に百羽のスワンたち

「恋人はいますか?」なんて言えなくて代わりに訊いた「また会えますか?」

したいことリストが増えてゆく春のたとえばふたりきりの読書会

「ごめんいま38度」「うつりたい」「だめ」「意気地なし」「だめです」「うつせ」

心にも体温計を挿したくてやっぱり触れてみなくちゃだめだ

まだ手すらつないでいないのにきみのおでこがぼくのでこにくっつく

熱っぽいきみに朗読してあげる『海辺のカフカ』下の途中から

名付けないままで進める強さなどなくてぼくらは恋人になる
この続きは、3月16日(木)17時更新予定。
筆者について
きのした・たつや。1988年生まれ。歌人。 著書は『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』(ともに書肆侃侃房)、『天才による凡人のための短歌教室』『あなたのための短歌集』(ともにナナロク社)。また、共著に『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』『今日は誰にも愛されたかった』(ともにナナロク社)がある。
すずき・はるか。1982年東京都生まれ。歌人。慶應義塾大学文学部卒業。2011年、雑誌「ダ・ヴィンチ」『短歌ください』への投稿をきっかけに作歌を始める。歌集『夜にあやまってくれ』(書肆侃侃房)、『心がめあて』(左右社)。2019年パリ短歌イベント短歌賞にて在フランス日本国大使館賞受賞。塔短歌会編集委員。京都大学芸術と科学リエゾンライトユニット、『西瓜』所属。現代歌人集会理事。