いまだかつてない盛り上がりを見せる現代短歌。その中でも最も注目すべき歌人・木下龍也と鈴木晴香による共演がOHTABOOKSTANDで実現! 新進気鋭ふたりの新作短歌連載。言葉の魔術師たちが紡ぎ出す虚構のラブストーリー。ふたりが演じる彼らは誰なのか。どこにいるのか。そしてどんな結末を迎えるのか。

長いのが似合うといって鼻先を髪の奥まで埋めてくれる

太ももに私を乗せて抱いたあと子猫のことも等しく抱いた

銀幕の前につがいを座らせて貞子がまずは井戸を這い出る

きみの目をぼくの小指できみが掻くぼくに読書を中断させて

音だけが後からついてくるようなビーチサンダル脱ぐ ふたりきり

妖精に生まれ変わるのはきみだろう屋上への南京錠開けて

くちびるが首の傾斜を下るころもはや二人というより二頭

てのひらの痣は母にもあることをまどろむきみになぜか教えた

クリスピークリームドーナツ六個入り肩寄せるたび傾いてしまう

地下をゆく電車にも窓はついていて、なくてもいい恋なんてなかった

どの恋もきみにやさしくあるための予習だったな 十の深爪

ぼくたちが兄妹である世界線なんてへし折るほど抱きしめる

匿名の誰かと誰かであった冬この駅はまだ工事中だった

渋谷スクランブル交差点のまんなかにふたりの墓を建てたい

正しくは渋谷駅前交差点また出会うみたいな待ち合わせ

カップルをゴールテープのように切りながらまっすぐ歩く青年
この続きは、2023年4月20日(木)更新予定。
筆者について
きのした・たつや。1988年生まれ。歌人。 著書は『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』(ともに書肆侃侃房)、『天才による凡人のための短歌教室』『あなたのための短歌集』(ともにナナロク社)。また、共著に『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』『今日は誰にも愛されたかった』(ともにナナロク社)がある。
すずき・はるか。1982年東京都生まれ。歌人。慶應義塾大学文学部卒業。2011年、雑誌「ダ・ヴィンチ」『短歌ください』への投稿をきっかけに作歌を始める。歌集『夜にあやまってくれ』(書肆侃侃房)、『心がめあて』(左右社)。2019年パリ短歌イベント短歌賞にて在フランス日本国大使館賞受賞。塔短歌会編集委員。京都大学芸術と科学リエゾンライトユニット、『西瓜』所属。現代歌人集会理事。