観光地ぶらり
番外編第3回

たまたまここにおってここで生きていくなかでどう機嫌良く生きていくか 平民金子・橋本倫史・慈憲一 鼎談

暮らし
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どんな街でもある日突然観光地になりうる

平民 ちょっと、話飛んでいい? 慈さん、トレイルランの世界大会、何位でした?

 ああ、こないだの? 4月にね、摩耶山(まやさん)で世界大会があったんですよ。

平民 あの人ら、ハーバーランドでもなんかやってたでしょ?

 イベントのメイン会場が掬星台(きくせいだい)で、サテライト会場が高浜岸壁(たかはまがんぺき)やったんです。摩耶山にね、世界中からトップランナーが集まってくるっていう異常な事態になって。

摩耶山

平民 ハーバーランドに行ったら、めっちゃ走りそうな外人のひとらがおって。あれ、観光ですよね?

 あのコース、フランス人が決めたんですよ。日本で50箇所ぐらい見て、どのコースが世界大会にふさわしいか、って。トップランナーの人たちが、いちばんええコースは摩耶山や、と。

平民 あの人ら、めちゃめちゃ走ってはる人たちですやんか。あれ、各地でプレゼンとかしますの? それとも、勝手に選ばはりますの?

 自分らで選んだんやと思います。世界のトップランナーが、摩耶山というものを異常に評価している。普通やったら、「穂高!」「槍ヶ岳!」ってなりそうなもんやけどね。

平民 なんか、そういうブランドありますやん。そっちちゃうんや、と思ったんですよね。それで——めっちゃ走って、その勢いで帰って行かはった?

 このあとどうすんですかって聞いたら、「明日は京都観光です」って。ちゃんと観光にも行くんですよ。摩耶山が選ばれたのは、しっかり起伏がある上に、地域の人たちの盛り上げがすごい、と。槍ヶ岳なんかだと、山の上に行っても、地元の人なんかおれへんやん。でも、摩耶山だと、「おーい、頑張れー!」って応援してくれる。それはやっぱり、低山じゃないと無理なんですよね。その低山のなかでも、ここがええって話になったそうです。

橋本 灘に世界のトップランナーがやってくるっていうのもそうですけど、今の時代って、どんな街でもある日突然観光地になりうると思うんですよね。

 そうね。ローソンの上の富士山とかね。

橋本 僕の地元にも道の駅が出来て、これは本の中にも書いたことですけど、サイクルウェアを身に纏ったサイクリストの人を地元で見かけるようになったんです。僕の地元のあたりは目的地じゃなくて、どこかに行く途中で通りかかっただけだとは思うんですけど、地元でサイクリストの姿なんて見かけたことがなかったから、びっくりしたんですよね。そうやってあらゆる土地が観光地になる時代って、人が生活しているところに観光客が押し寄せてくるってことでもあるから、結構大変な時代になりつつあるなと思うんですね。

 あれ、ちょっと前に、平民さんがツイートしてたでしょ。

平民 ああ、あれ。「関西インバウンド『一人負け』の神戸」って記事が、産経ニュースの載ってたんですよ。

 そのニュースに関連して、「ニュースのタイトル見て『どうかそのままで……』と思ってる神戸の人、143万人くらいいそう」って、平民さんが書いてたんですよね。

平民 ハーバーランドとかにはそれなりに外人もいるんやけど、僕は京都とか大阪の様子を見てないんで、インバウンドばりばりのところの人らが神戸を見たら、「こんなもんじゃない」みたいなのがあると思うんですよね。だから、今ぐらいの温度感で、たまに山を走る外人がいっぱいくるっていうぐらいでええんちゃうかなと思ってる人、案外多いんやろうなと思うんです。僕はもう、神戸以外わからないんですけど、滋賀とか、インバウンドの人ら行ってるんですかね。

 滋賀、どうなんやろねえ。

平民 なんかあるでしょ、たぶん。

 あるよ、いっぱい。知らんけど。ほら、メンソレータムは滋賀でしょ。あとは近江商人とか。

平民 でも、ああやってインバウンドに関して投稿すると、外人ヘイト方面の人もわりと湧いてくるんですよ。僕は極左なんでね、外人ヘイトみたいなんはあんまりよくないんじゃないかと思ってるんですけど。橋本さんの『観光地ぶらり』にしても、インバウンド的なもんには突っ込んでないというかね、それって言葉の問題が大きい気がするんです。自分のなかで、外人の人らに対して「なんやねん、こいつら」みたいな感覚があるときって、言葉がわかんないっていうのが大きい気がするんですよ。『観光地ぶらり』って言うても、言葉が通じてるから、その人の話を聞けるわけですよね。外人の人らがいっぱい来てても、何を言うてんのかわからないじゃないですか。もっと若いときに勉強して、ベトナム語とか中国語、韓国語、いろんな言葉を理解できたら、もっと違う見方ができたんやろうなって、ひとりで反省してるんです。ちょっと、これもひとりで考えますわ。

地域で生活してる人たちが買い物するエリアなんで対応しきれない

橋本 『観光地ぶらり』のプロローグのところに書いた思い出横丁にしても、浅草にしても、海外の観光客の人でごった返してるんですよね。浅草はともかく、思い出横丁があれだけ賑わっているのは、半分はわかるんですけど、半分はわからないんですよね。僕はお酒を飲むのが好きだから、海外に出かけたとき、地元の人たちが集うような昔ながらの酒場に立ち寄ってみたいなって気持ちはあるんです。でも、思い出横丁を行き交う観光客の大半は、ただ眺めるだけ眺めて、お酒を飲まずにどこかへ移動している気がするんですよね。どうして限られた日程の日本旅行の中で思い出横丁に立ち寄ろうと思ったのか、そこで何を感じたのか。聞いてみたい気持ちはあるんですけど、英語ですらあんまりしゃべれなくて。

平民 今の日本って、ベトナム語とか中国語とか韓国語をしゃべれてたらめっちゃ楽しいと思うんですよね。それはいっつも思う。働きにくるにしても、観光しにくるにしても、いろんな外人が来てますよね。そこで外人ヘイトというかね、「めっちゃ外人おるやん」って気持ちになるのは、言葉がわからないっていうのが大きい気がするんです。でも、「それはお前はが不勉強やったからや」って、自分で自分を責めてるんですけどね。いや、だからと言って、今も勉強してるわけじゃないんで、こういうふうに自問自答しながら、年老いて死んでいくんやろうな、と。

橋本 僕は今、東京の谷根千と呼ばれるエリアに住んでるんですけど、そこに根津神社っていうところがあって、春には「つつじまつり」があるんですね。週末になるとかなり賑わうんですけど、その時期に神社を通りかかったら、海外から働きにきてる若者たちなのか、連れ立って境内を歩いて、楽しそうに過ごしてたんです。その光景を見たら、すごく微笑ましい気持ちになって。遠く離れた日本に働きにきて、そこで「どうやらつつじまつりってのがあるらしいぞ」と知って、たまの休日に同郷の友人たちと集まって、楽しく過ごしてるんだろうな、と。そうやって、勝手に物語を想像して、「微笑ましいな」なんて僕は思っていたわけですけど、そんなふうに勝手に物語にするっていうのも、ある意味では差別的だなと思ったんです。それはそれで、海外からやってきている人たちを特別視してしまっているんじゃないか、と。

 灘で言うとね、去年の10月ぐらいから、摩耶山がすごいことになってるんです。ゴールデンウィークは特にすごくて、ケーブルかとロープウェーを、夜の11時ぐらいまで動かしてたんですよ。あれはもう、山上から全員下ろすまでずっと動かさないといけないんですけど、掬星台の端っこまで、びやーっと列ができて、2時間待ちですわ。僕らはもう、ロープウェーぶんぐらいは歩いて降りれるから、歩いて降りたんやけどね。でも、そういうときでも、「こんなに外国人がいっぱいくるなんて」とは思わないんですよ。僕はもう、「ありがとうございます」と。廃止になりそうな摩耶ケーブルに、現金払って乗ってくれるお客さんが、あれだけいてくれる。それはね、僕らがなんぼのっても、屁の突っ張りにもならないんです。

橋本 僕も昨日、正会員になりましたけど、「まやビューラインサポーターの会」っていうのがあるんですよね。その正会員になると、その年度はまやビューラインに乗り放題になるという。

 そうそう。だから、僕らが乗れば乗るだけ、会社は損するんですよね。でも、現金を払って乗ってくれるお客さんがあれだけおるから、「ああ、これで摩耶さんは安泰や」と思いながら降りてるんです。あと、もうひとつ言うと、コロナ前の時期に、水道筋(すいどうすじ)もインバウンドに対応しようって話があったんですよ。京都の錦市場(にしきいちば)じゃないけど、もっと観光客を呼ばないといけないんじゃないか、と。摩耶山もね、1泊50万のホテルを建てて再開発するって計画があったんですけど、コロナで全部吹っ飛んだんですよね。水道筋も、摩耶山も、コロナのおかげでどうにか持ったんです。『観光地ぶらり』にも出てくる、ゲストハウスMAYAの朴(徹雄)くんらが一所懸命やってる——ああいうレベルでやるのは大賛成なんですけど、わじゃわじゃっと来られても、ここは基本的には地域で生活してる人たちが買い物するエリアなんで、対応しきれないんですよ。インバウンドがわっと増えて、クリーニング屋が急にハンバーガーを売り出すみたいなことになると、ちょっとそれはいかがなものかと思ってたんですけど、そこらへんは今のところ穏やかですね。そのかわり、そんなにボーナス的なものもないんだけど、淡々とやってるのが水道筋界隈かなと思います。

時間軸のことを思いながら見てほしいって気持ちが地元の人間としてはある

橋本 『観光地ぶらり』では10か所取材してるんですけど、そのひとつが灘なんです。僕が最初にひとり暮らしをしたのは阪神競馬場のあたりで、ときどき神戸に遊びに出かけることもあったんですけど、「神戸」と聞いてイメージするのは、中華街であったり、異人館であったり、異国情緒あふれる港町っていう、ごく表層的なものに留まっていたんです。でも、平民さんの『ごろごろ、神戸。』を読んだり、慈さんからトークイベントに誘ってもらって灘を歩いたりしているうちに、観光地としての神戸ではなく、生活の場としての神戸に触れるようになって、それがすごく面白かったんですね。ただ、そうやって生活の場に入っていくことを「面白い」と言ってしまうことに対して、ちょっと自問自答せざるを得ないところもあって。『観光地ぶらり』という本を通じて、「自分とは違う土地に暮らしている、自分とは別の人生を生きている誰かの営みに触れることは大切なんじゃないか」ってことを伝えたいって気持ちはあるんですけど、住んでいる側の視点からすると、生活の場にまで観光客が入ってくるって、迷惑なことでもあると思うんです。それは水道筋界隈でもそうですし、平民さんが暮らしている兵庫区でも、たとえば「中畑商店」にお邪魔すると、おそらくは僕と同じように旅行でやってきたんだろうなって佇まいの人がホルモンを食べていたりする。地元の人が利用していたところに、観光客がたくさん訪れるようになると、「ここはもう、すっかり観光地だね」と言われる可能性もある。どこかの土地の暮らしに、観光客が触れようとするときに、どうすれば良いバランスを保てるのかってことは悩ましいなと思うんですよね。

 僕、山に登るんですけど、ピークを踏むことにはまったく興味ないんですよ。なんやったらもう、途中で帰っても全然いいんです。それで、麓で飲んだりする。だから、どっかに出かけるときでも、絶景っていうものには興味がないんですよね。インスタ映えとかっていうけど、あれ、どういうこと?

平民 それはもう、普段から摩耶山見てるからでしょ。それを「俺はインスタ映えとか興味ねえよ」って言われても、なんもないとこに住んでる人からしたら、「嫌味なオッサンやな」ってなりますよ。外人が2時間待ってでも見たいようなところを、庭のように闊歩して——。

 感じ悪い?

平民 外国語で「感じ悪い」って言われるかもしれないですよ。

 そやな。あんまり言わんようにするわ。ただね、神戸市は「夜景観光」って形で摩耶山を売り出してるんやねど、日本三大夜景とかって、そんな見たいもんですかね? 俺、意味がわからんのよ。

橋本 僕はわりと見たいですけどね。

 いや、もちろん、見てもらうのはいいんですよ。ただ、僕はいつも押し付けがましいことを言ってしまうんですけど——僕ね、震災後に神戸に帰ってきたんです。それで、96年ぐらいに摩耶山に上がってみたことがあるんですけど、もう、ブルーシートがびやーっとあって、夜になったら真っ暗やったんですよ。うわー……と思ってね。でも、摩耶山に上がるたびに、ちょっとずつ夜景が明るくなっていく。神戸は空襲もあったし、震災もあって。すごい真っ暗になった時代があって、そこから明るくなって、また真っ暗になって、明るくなって——そういう時間軸のことを、ちょっとは思いながら見てほしいって気持ちが、地元の人間としてはあるんですよね。ただ、そんなこと言うと、「なんや、地元のオッサンがうるさいこと言うて」って思われるから、あんま言わんようにしてんねんけどね。

平民 いや、「言わんように」って、言うてますけどね。

 僕は東京で働いてたんですけど、震災なかったら帰ってきてないですからね。あれが人生の中でいちばん大きな出来事なんです。だから、そっからの神戸っていうことを、どうしても考えてしまう。夜景にしても、そうやって見てしまうんですよ。「ああ、こんだけ戻ったわ」って。それがあるから、夜景をぴやーっと見てる人がおったら、「ちょっと、ここ、大変やねんで」と言いたくなる。最近はもう、どんどん嫌らしいオッサンになって、「摩耶山って、なんで流行したと思う?」とかって、200年前の話からしたくなるんですよ。もっと言うたら、「100万年前に六甲変動いうんがあって、そんときへっこんだのが大阪湾やで」と。そこまで辿りたくなってくる。橋本さんの本がすごいのは、そういう歴史的な部分までびやーっといくんですよね。この本、ぜひ読んでみてください。街の積層というかね、レイヤーを示した上で今を書くっていうのが、好きなとこなんですよね。

  1. 第0回 : プロローグ わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう
  2. 第1回 : いずれ旅は終わる 愛媛・道後温泉
  3. 第2回 : 人間らしさを訪ねる旅 八重山・竹富島
  4. 第3回 : 一つひとつの電灯のなかにある生活 灘・摩耶山
  5. 第4回 : 結局のところ最後は人なんですよ 会津・猪苗代湖
  6. 第5回 : 人が守ってきた歴史 北海道・羅臼
  7. 第6回 : 店を選ぶことは、生き方を選ぶこと 秋田・横手
  8. 第7回 : 昔ながらの商店街にひかりが当たる 広島/愛媛・しまなみ海道
  9. 第8回 : 世界は目には見えないものであふれている 長崎・五島列島
  10. 第9回 : 広島・原爆ドームと
  11. 番外編第1回 : 「そんな生き方もあるのか」と思った誰かが新しい何かを始めるかもしれない 井上理津子『絶滅危惧個人商店』×橋本倫史『観光地ぶらり』発売記念対談
  12. 番外編第2回 : 「観光地とは土地の演技である」 蟲文庫・田中美穂×『観光地ぶらり』橋本倫史
  13. 番外編第3回 : たまたまここにおってここで生きていくなかでどう機嫌良く生きていくか 平民金子・橋本倫史・慈憲一 鼎談
連載「観光地ぶらり」
  1. 第0回 : プロローグ わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう
  2. 第1回 : いずれ旅は終わる 愛媛・道後温泉
  3. 第2回 : 人間らしさを訪ねる旅 八重山・竹富島
  4. 第3回 : 一つひとつの電灯のなかにある生活 灘・摩耶山
  5. 第4回 : 結局のところ最後は人なんですよ 会津・猪苗代湖
  6. 第5回 : 人が守ってきた歴史 北海道・羅臼
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  11. 番外編第1回 : 「そんな生き方もあるのか」と思った誰かが新しい何かを始めるかもしれない 井上理津子『絶滅危惧個人商店』×橋本倫史『観光地ぶらり』発売記念対談
  12. 番外編第2回 : 「観光地とは土地の演技である」 蟲文庫・田中美穂×『観光地ぶらり』橋本倫史
  13. 番外編第3回 : たまたまここにおってここで生きていくなかでどう機嫌良く生きていくか 平民金子・橋本倫史・慈憲一 鼎談
  14. 連載「観光地ぶらり」記事一覧
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