観光地ぶらり
番外編第4回

これからの時代にノンフィクションは成立するのか 橋本倫史・森山裕之 対談

暮らし
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今のうちに記録しておかなきゃという思いに駆られていた

橋本 僕は自分でリトルマガジンを作ったこともありますけど、仕事として編集に携わったことがないので、自分以外の書き手がどんなふうに取材をして、現場でどう過ごしているのかを見る機会がないんですよね。さっきの囲み取材にしても、やたらと食い下がってるつもりはなくて、普通にやってるつもりだったんです。自分の取材がコストパフォーマンス悪いって意識もないんですけど——悪いんですか?

森山 コスパは悪いんじゃないですか。たとえば、筑摩書房から出てる『ドライブイン探訪』(2019年)だったら、ひとつのドライブインを文章にするために、3回ずつ行ってるわけですよね。そんな人、まずいないですよね。しかも1回目はただビールを飲みに行くだけですよね。

橋本倫史『ドライブイン探訪』(2022年、ちくま文庫)

橋本 最初はまず、知り合いの車を借りて、全国のドライブインをひたすらめぐる旅に出たんです。そこで立ち寄ったお店のなかから、やっぱりあそこが気になるってお店をリストアップして、電車とバスを乗り継いで、バス停からは徒歩でドライブインに出かけていって、「とりあえずビールもらえますか?」と。そうすると、お店の人から「お兄さん、車じゃないの?」と聞き返されて、「いや、バスで来たんです」「えっ、この近くにはバス停ないけど?」「あっちのバス停から、ずうっと歩いてきたんです」——そんなやりとりを経て、注文するたびに話しかけてもらえるようになっていくんです。

森山 ちょっとおかしな人が来たなと(笑)。でも、橋本くんにとっては、そうやって何度も足を運ぶことが必要だったわけですよね。たとえば佐野眞一さんだったり、立花隆さんだったり、そういう“先輩”たちがやってきたノンフィクションというのは、自分で何度も足を運ぶっていうより——そういう方もいらっしゃったと思いますが、調べる人は調べる人でいて、雑誌全体でノンフィクションを作りあげる時代があったんだろうと思うんですよね。だからこそ巨悪を暴くことができたし、組織でしかできない取材ができた。今はそんな体制でノンフィクションを書くことは難しくなってますし、そうやって成立できるノンフィクションの雑誌も存在しなくなりました。一冊の本をつくるにしても、皆さんご存知の通り、書店の数は1990年代の最盛期から半減していて、本の初版部数も必然的に減っています。定価と部数の売上からの逆算で、本の制作、その前の取材にかけられるコストも決まってきます。そうなってくると今後、橋本くんのような意識と方法論でしか、ノンフィクションは書けないんじゃないかという気はするんですよね。

橋本 ドライブインというテーマは、15年くらい前から気になり始めていたテーマだったんです。ただ、その当時の自分には、雑誌や出版社に企画を持ち込んで、「このテーマで取材したいんです」と言える気がしなかったんですよね。その時点ではまだ1冊の本を書き上げたこともなければ、雑誌でバリバリ書いているわけでもない書き手が、「こういうテーマで取材したいんです」と言い出しても、まず通らないだろうな、と。奇跡的に通ったとしても、自分の意図とは違う出口になるだろうなと思ったんです。どこかの出版社にいた経験もなくて、取材のノウハウもない人間が何かを書き始めるには、とにかく話を聞きたい相手に馴染むしかないなと思って、まずは足を運ぶことにしたんですよね。自分で勝手に『月刊ドライブイン』という雑誌を立ち上げて、とにかく取材をして、原稿を揃えてしまおう、と。

森山 橋本くんにとって「これはなんとか書き記したい」という切実なテーマだったんですか。

橋本 そうですね。2011年に全国各地のドライブインを巡ったわけですけど、そのとき訪れたドライブインも、そこから数年のあいだにどんどん閉店していってたんです。このままだと、ドライブインというものが記録されないまま消えていってしまう、と。「ここにこんなお店があった」という写真はインターネット上に残り続けるでしょうけど、どうしてそこにドライブインがオープンしたのか、そのお店の人はどんな人だったのか、どんな思いで店を続けてきたのか、その声は記録されないままになってしまう。お店がなくなってしまうと、そこの店主とは会えなくなってしまうので、今のうちに記録しておかなきゃという思いに駆られていた気がします。

ノンフィクションと小説のあいだにある散文

森山 今回の『観光地ぶらり』に関して言うと、2年前の夏に、京王百貨店のビアガーデンで橋本くんから企画の話を聞いたんですよね。あれはたしか、西村賢太さんのお別れの会の帰りでしたっけ?

橋本 そうでした。2022年の7月、夏の暑い日だったんですけど、普段はまったく着ることのないスーツを着て、お別れの会に行ったあとで森山さんと待ち合わせて。

森山 それまでも橋本くんとは、何かにつけて「こんな企画をやりたいね」と話はしてたんだけど——ビアガーデンのときのおぼろげな記憶を辿ると、「ノンフィクションと小説のあいだにあるようなことを書きたくて、これは森山さんとやりたい」と言ってくれたんですよね。それを聞いてピンときて、その場で連載、書籍化を即決しました。ノンフィクションと小説のあいだ——それは「散文」ということなのかなと思ったんだけど——どういう意向だったんでしょうか。

橋本 ひとつには、少し前に書いた『水納島再訪』って本のことが念頭にあったんだと思います。『水納島再訪』は、「短期集中」ではありましたけど、僕が雑誌に連載して書籍化した唯一の本なんですね。きっかけとなったのは、坪内祐三さんが亡くなられたとき、『群像』から追悼文の依頼をいただいたことだったんです。

橋本倫史『水納島再訪』2022年、講談社

森山 2020年1月13日に坪内さんが亡くなりました。

橋本 坪内さんが『総理大臣になりたい』という語り下ろしの本を出版されたとき、僕が構成を担当していたんですけど、そのとき編集者だった嶋田(哲也)さんから「追悼文を書いてほしい」と連絡をいただいて。それで、原稿を送ったあとでメールのやりとりをしているときに、「新しくなった『群像』という場で、橋本さんに何か書いていただきたい」という言葉を書き添えてくだっていて。ただ、その当時はまだ、自分が『群像』に書けるテーマがあるとも思えていなかったので、そんなこと書き添えてくださってありがとうございますと心の中で思って、そのまま読み流していたんです。ただ、2021年の春に水納島を再訪して、島の方から「このまま行けば無人島になる」と聞かされた瞬間に、どうにかしてこの島のことを書き記しておかなければと思って。それは、直接的にはひとつの島が辿った物語なんですけど、「このまま行けば無人島になる」という言葉の向こう側に、沖縄という土地が歩んできた歴史や、もっと広く言えば日本の近代が歩んできた時間が立ち現れたような気がしたんですね。それを表現するには、それなりの文字数が必要になってくるし、そうした差し迫った状況に言葉で応答するには、雑誌で書くのがいちばんいいんじゃないか、と。そう考えたときに、島田さんからいただいていたメールを思い出したんですよね。

それで「こういう原稿を書きたいと思っているんです」と長文のメールを送って、『群像』で短期集中連載が始まったんですけど、特に「随筆」とか「ルポルタージュ」とか銘打った連載ではなかったんですね。もちろん僕が書いているのはノンフィクションですけど、これを小説として読む人がいてもいいなと思ったんです。それは別に、僕の文章が小説的な技巧を凝らしているということではなくて、広い意味での小説として捉えられることもありうるんじゃないか、と。そんな妄想を膨らませるきっかけになったのは、富士正晴の『競輪』って小説なんです。

森山 大阪の“竹林の隠者”の。坪内さんも、著書『ストリートワイズ』(1997年)のなかで富士正晴について書かれてますよね。

坪内祐三『ストリートワイズ』1997年、晶文社*2009年、講談社文庫

橋本 雑誌『エンタクシー』(vol.24/2008年冬号)で「芥川賞作品のピトレスクな耀き」という特集が組まれたとき、坪内さんは「第三十一回(昭和二十九年上期)芥川賞候補の作品を読んだ頃」という原稿を書かれているんですけど、この第31回芥川賞にノミネートされた作家のひとりが富士正晴で、坪内さんは富士正晴の作品を「小説というかエッセイというかまさに散文と呼ぶべき作品」と書かれていて。

森山 富士正晴さんは関西の文芸同人誌『VIKING』の創刊同人で、多くの作家を輩出し、自身でも多くの小説、随筆を残されました。同じく『VIKING』の同人で富士さんとも親交の深かった山田稔さんという作家が京都にいらっしゃいます。僕は山田さんの文章が、日本の作家でいちばん好きなんです。山田稔さんはフランス文学者で、翻訳、小説、随筆を書かれています。山田さんの小説は初期から小説とも随筆ともつかない、他にたとえようのない文章でした。山田さん自身「自分の文章は小説でも随筆でもなく散文だ」という言い方をずっとされていました。

橋本 その『エンタクシー』(vol.24/2008年冬号)には、第31回芥川賞にノミネートされた富士正晴の「競輪」が再録されているんですね。その当時、僕は『エンタクシー』の編集部でアルバイトしていたから、図書館で「競輪」の原稿を複写してきて、パソコンでタイプして——それは「或日、わたしはNHKの街頭録音の放送を聞いた」という一文から始まる、とても印象深い作品で。その日ラジオで放送された街頭録音は、「宝くじ・競輪・競馬・パチンコのたぐいは有った方が良いと思いますか、無くした方が良いと思いますか」という問いを道ゆく人に投げかけたものだったんですけど、ある女学生が「国民に夢を抱かすという意味で有ってもいいと思います」と答えるのを聞いて、「わたし」が腹を立てるところから、この作品は始まるんです。その街頭放送を聞いた「わたし」は、競輪で身を滅ぼした人のことを思い出して、そこからその人物が辿った顛末が綴られていくんですけど、それを読んだときに、これが散文というものなんだなと感じたんです。水納島のことを書かなければと考えたときに、『競輪』のことが思い出されて、まさに散文として書きたいと思ったんです。

森山 橋本くんから「小説とノンフィクションのあいだにあるようなこと」と言われたときに、実は山田稔さんと富士正晴さんのことを思い浮かべていたんですけど、まさか橋本くんが富士正晴の小説から『水納島再訪』や『観光地ぶらり』を構想していたことは、今この場で知ったので驚きました。実はそれぞれ同じようなことを思ってたんですね。

橋本 そうですね。ビアガーデンではそこまで話をしなかったですね。

森山 僕は昔、小説が好きで読んでたんですけど、この20年、小説らしい小説はほとんど読んでないんですよね。橋本くんの言葉にピンときたのは「ノンフィクションってなんだろう?」と自分でも思っていたし、「小説ってなんだろう?」とも同じように考えていました。ずっとノンフィクションと小説のあいだにあるようなものが読みたいと思っていたから、その場ですぐに一緒にやりましょうという話になったと思います。

坪内さんの『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り 漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨とその時代』(2001年、マガジンハウス)という評論が講談社文芸文庫(2021年)になって、光栄にも解説を書かせていただきました。そのとき、「これは青春小説だ」とあえて書いたんですよ。『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』は評論であり、伝記であり、講談社エッセイ賞も受賞した作品ですけど、これは小説だとあえて書いたんです。自分としてはこれこそ散文だと言いたい気持ちがありました。坪内さんも小説/随筆/評論というジャンルを飛び越えて、散文ということを意識して書き続けた書き手だと思っています。

坪内祐三『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り 漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨とその時代』2021年、講談社文芸文庫*2011年、新潮文庫*2001年、マガジンハウス
  1. 第0回 : プロローグ わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう
  2. 第1回 : いずれ旅は終わる 愛媛・道後温泉
  3. 第2回 : 人間らしさを訪ねる旅 八重山・竹富島
  4. 第3回 : 一つひとつの電灯のなかにある生活 灘・摩耶山
  5. 第4回 : 結局のところ最後は人なんですよ 会津・猪苗代湖
  6. 第5回 : 人が守ってきた歴史 北海道・羅臼
  7. 第6回 : 店を選ぶことは、生き方を選ぶこと 秋田・横手
  8. 第7回 : 昔ながらの商店街にひかりが当たる 広島/愛媛・しまなみ海道
  9. 第8回 : 世界は目には見えないものであふれている 長崎・五島列島
  10. 第9回 : 広島・原爆ドームと
  11. 番外編第1回 : 「そんな生き方もあるのか」と思った誰かが新しい何かを始めるかもしれない 井上理津子『絶滅危惧個人商店』×橋本倫史『観光地ぶらり』発売記念対談
  12. 番外編第2回 : 「観光地とは土地の演技である」 蟲文庫・田中美穂×『観光地ぶらり』橋本倫史
  13. 番外編第3回 : たまたまここにおってここで生きていくなかでどう機嫌良く生きていくか 平民金子・橋本倫史・慈憲一 鼎談
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連載「観光地ぶらり」
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  2. 第1回 : いずれ旅は終わる 愛媛・道後温泉
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