やさしい生活革命――セルフケア・セルフラブの始め方
第12回

バイオハックによる日常のマニュアル化の危険性とは?――セルフケアとセルフヘルプの違いに注意!

暮らし
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「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆し、デビュー作『世界と私のA to Z』が増刷を重ね、新刊『#Z世代的価値観』も好調の、カリフォルニア出身&在住ライター・竹田ダニエルさんの新連載がついにOHTABOOKSTANDに登場。いま米国のZ世代が過酷な現代社会を生き抜く「抵抗運動」として注目され、日本にも広がりつつある新しい価値観「セルフケア・セルフラブ」について語ります。本当に「自分を愛する」とはいったいどういうことなのでしょうか?

最終回の今回は、日常のマニュアル化に潜む、セルフヘルプ(自己啓発)の危険性について。

以前、TikTokを中心に話題を集め、議論を呼んでいる”morning shed”のトレンドとそれにまつわる議論についてSNS上で取り上げた。寝る前にスキンケア用品、口閉じテープや小顔ストラップなど数々の「美容グッズ」を重ね付けして、朝起きる時に全て外す様子を撮影する、TikTokを中心に話題になったトレンドだ。

美容トレンドの呪縛|竹田ダニエル
最近TikTokを中心に話題と議論を集めている"morning shed"。寝る前にスキンケア用品、口閉じテープや小顔ストラップなど数々の「美容グッズ」を重ね付けして、朝起きる...

寝ている間すら「自分磨き」――それって本当に健康?

そもそもたくさんのスキンケア用品を重ね付けすることが肌に良いとは限らなかったり、仰向けで寝て顔につけたものがずれないよう体制に気をつけなければいけなかったり、「美容」のために睡眠のあり方を規定されてしまうことに注意が必要だ。「寝る時にブスであるほど起きた時にホット(美人)」という言いまわしがよくこの類の動画に使われるが、起きた瞬間から「綺麗」「常にホット」「毎日垢抜け」でなければいけない焦燥感やプレッシャーはいったいどこからきているのか、ということは考える必要がある。

外見的な意味での「自分磨き」をしなければいけないと思わされるような強迫観念はどこからきているのか? 女性は常に美しく、そしてその美しさは磨きをかけ続けなければならないという社会からの呪縛、それと密接している美容業界とインフルエンサー経済圏からの影響は無視することができない。

「現代のSNSトレンドは、美容や健康法を過剰に”最適化”し、段階的で長大なマニュアルにまとめ、それによって最高の自分へと近づけると謳う。しかし、その過程で、”自己の理想化”によって自分を極限まで磨き上げるために無数の時間と費用を費やすことを求められている。この文脈における”完璧な”自分とは、常に流動的でありながらも。依然として硬直的な社会の美の基準に最も適合する自分という意味にすぎない」

The "Morning Shed" and the Prison of Being Perpetually Hot
Glowing down every night to glow back up every morning might feel beneficial to some—but...

寝ている間さえも「最適化」や「効率性」の重要性を刷り込まれ、たくさんの商品を使うことで寝ている間に「生産性」が得られるという発想を、インフルエンサー・エコノミーは標準化しようとしている。結局、企業が経済的利益を生み出すために、あらゆる生活の側面が消費主義に吸い込まれるのだ。

睡眠の質の向上が世間一般的なトレンドになったら、今度は美容業界がそれに加担して新たな商品を売り込んだり、「楽して自分らしく綺麗に」という謳い文句が「自分磨き」や「セルフケア」の文脈に捩じ込まれたりしていることなどについて、美容コラムニストのJessica DeFinoが詳しくSubstackのインタビューで語っている。

「背景にある深い意味について考えるならば、この傾向は、我々の生活のあらゆる瞬間が商品化されていない瞬間はないということ、そして可能な限り”美しく”なることを目的としたプロジェクトのために、あらゆる経験が利用されていない瞬間はないことを示している。」

「総じて、美容愛好家たちは、皮膚科医に止められても、常識的に考えても、”低メンテナンスになるには高メンテナンスになるべき”という愚かな格言に異論があっても、美容製品を購入し、使用することを止められないようだ」

The Morning Dread (— I Mean, Shed)
An interview on the morning shed, with Sara Radin for Vogue.

現代人が注意すべき「セルフケア」と「セルフヘルプ」の違い

このトレンドがアメリカで議論されているのを見て、私は「セルフヘルプ」と「セルフケア」の違いについて考えた。日本でも「自己啓発」は常に人気を集めるジャンルだが、アメリカでは「セルフヘルプ」と呼ばれ、自分自身を「レベルアップ」したい人や「アップグレード」したい人には、ジェームズ・クリアー著の『複利で伸びる1つの習慣(原題:Atomic Habits)』『Deep Work: 大事なことに集中する』などが必読本として広く知られている。特にテック業界や金融業界で活躍したい人は、日本のサラリーマンが自己啓発本に傾倒しがちなのと同様に、このような本を熱狂的に支持する傾向にある。

このような書籍は、「自己改善」を通して「より効率的な自分」や「より健康的な自分」、そして最終的には「最高の自分」になる方法を説くが、その「ハック」的なアプローチは、今の自分を不完全なものとして認識した上で、「最適化」された自分になるためのハウツーを言語化し、人々にモチベーションや活動のためのインスピレーションを与える。それ自体は決して悪いことではないが、多くの場合は資本主義的な「最適化」と強く結びついており、仕事の「成長」や「達成」などといった、ビジネス上の利益、ひいては経済的な利益を得ることを目標としている。「最高の自分」が存在しているはずであるというベースラインから自己改善の旅を始めてしまうと、結局は際限のない改善の追求になってしまう。

最近は「休み」を取り入れることを積極的に促すような自己啓発本も一般的になりつつあるが、それさえもセルフヘルプの世界では永遠に元気で働き続けるための「効率化」のレトリックに取り込まれがちだ。一方で、本来の意味でのセルフケアは、生産性を求める資本主義的な社会によるプレッシャーからあえて離れることで、持続可能な自分との向き合い方や「自身の維持」を目標とする。

例えば、「11時間11時間を有効に」とか「最も効率的な人生を過ごそう」といったメッセージは、裏を返せば、休息や余暇、あるいは「非生産的な」時間は無駄であるという意味合いを含む。本来人間は何かを「生産」するために生まれてきているわけではないのにもかかわらず、資本主義社会の中で常に提唱される「成果を上げ続けなければならない」というプレッシャーをさらに与えかねない。プライベートな時間や趣味の時間でさえも、ビジネスと結びつけて「無駄」を削減して「利益」を増やそうという思考に結びつきやすく、燃え尽き症候群につながるという指摘もある(Are You In Your Betterment Burnout Era? Here’s How To Tell! | Essence)。例えば趣味として編み物を始めたものの、「時間の無駄」に感じてしまったり、作ったものを売って副業化しないといけない圧迫感を感じてしまうのは、セルフヘルプ的な思考からくる「最適化」を優先する価値観の影響が大きいだろう。

また他にも、過剰な「ポジティブさ」を推奨する自己啓発本やセルフヘルプ的な価値観は多く、有害なポジティブさ(トキシックポジティビティ)にも結びつきやすい。セルフケアで重要視されるように、自分自身の感情と向き合ってネガティブな感情も受け入れるのではなく、無理にポジティブ思考に変換する「ハック方法」をとりいれることで、潜在的な感情を抑圧したり、余計にフラストレーションや不安を抱えやすくなったりしてしまうことも問題として挙げられる。ありのままの自分ではなく、生産性を評価軸にしたシステムに従って自己改善を続けるのは、ある種の快感や「手応え」、「やった感」はあれど、根本的な問題である精神的な不安や持続可能ではないハッスル精神からくる疲弊感などには目を向けづらい。

新しいトレンド「バイオハッキング」による危険性

「健康インフルエンサー」のアンドリュー・ヒューバーマン(スタンフォード大学の神経科学者)は、一1日を効率的に過ごすためのモーニングルーティンなどを提唱するPodcastで、一時期大きな話題と注目を集めた。「日光を朝に浴びる」「日常的に有酸素運動やウェイトトレーニング等の運動を取り入れる」ことなどの脳への効果などについて、彼が提唱しているルーティンは、日本のメディアでも取り上げられている。彼は神経科学に基いた日々の行動のルーティン化を提唱し、集中力、睡眠、身体能力など、生活のさまざまな側面を向上させるハウツーを教えてくれる。いわゆるヒューバーマンメソッドにハマった人は一日のあらゆる行動について意識的にプランを立て、健康までをも厳格にoptimize(効率化)することに魅力を感じているようだ。

このように、生活をまるでマニュアルに沿うようにルーティン化することによって健康を最適化することは、「バイオハッキング」とも呼ばれる。ヒューバーマン氏や自称バイオハッカーのデイブ・アスプレイ氏のようなインフルエンサーは、日常的なルーティンに加えてデバイスやサプリメントなどを使用することで、まるでスプレッドシートやアプリを使って仕事を「効率化」するように、自身の体の状態をトラッキングすることに執着している。例えば、ブルーライトを遮断するゴーグルや温度調整機能付きマットレス、睡眠トラッキングデバイスなどを取り入れることで身体や生活のあらゆる側面をスコア化し、「データ化」「効率化」することができる。このような生活習慣は、確かに健康を優先しているかもしれないけれど、マスキュリンな意味合いでストイックすぎることも問題視されている。ダイエットにこだわりすぎるがあまりに心身の健康を害してしまうのと似たように、効率化を目的にした過度な健康への執着は、根源的なストレスや人間関係などから目を背けることに繋がり、生活の質を下げてしまうしまう可能性もある。

セルフケアがメインストリームの言葉になり、ビジネス的にも利益を上げるような巨大市場になった今、「より良い自分」に目を向けすぎたセルフケアの危険性に注目する必要がある。資本主義とセルフケアの繋がりについては本連載で様々なアングルから指摘してきたが、セルフヘルプ業界が抱える問題との関係性を注視ることで、本来セルフケアが与えてくれるはずの「解放」の可能性を閉ざさずに済むだろう。

筆者について

たけだ・だにえる 1997年生まれ、カリフォルニア州出身、在住。「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆し、リアルな発言と視点が注目されるZ世代ライター・研究者。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストを繋げるエージェントとしても活躍。著書に文芸誌「群像」での連載をまとめた『世界と私のA to Z』、『#Z世代的価値観』がある。現在も多くのメディアで執筆中。「Forbes」誌、「30 UNDER 30 JAPAN 2023」受賞。

  1. 第1回 : セルフケア・セルフラブを取り戻す――資本主義的「ご自愛」への抵抗
  2. 第2回 : 歴史からみるセルフケアの「政治性」
  3. 第3回 : 「生産性」に回収されない、ヘルシーなセルフケアとは?
  4. 第4回 : その理想の体型は誰のため?――ボディポジティビティとセルフラブの複雑な関係
  5. 第5回 : それって本当に「マストハブ」?アメリカで爆発的な人気!「スタンレーカップ」への熱狂と混乱
  6. 第6回 : 燃え尽き症候群を防ぐセルフケアの実践――あなたは「バウンダリー」を設定できていますか?
  7. 第7回 : 虐殺とプロテスト運動、闘いとしてのセルフケア
  8. 第8回 : 親パレスチナの学生運動に見る「ラディカルなセルフケア」
  9. 第9回 : セルフネグレクトを引き起こす!? 過剰な「推し活」カルチャーの危険性
  10. 第10回 : 子供の肌にレチノール、しわ防止用ストロー… スキンケアはどこまでが「ご自愛」?
  11. 第11回 : スムージーが一杯3000円!? ウェルネスの高級化があぶり出すセルフケアの課題
  12. 第12回 : バイオハックによる日常のマニュアル化の危険性とは?――セルフケアとセルフヘルプの違いに注意!
連載「やさしい生活革命――セルフケア・セルフラブの始め方」
  1. 第1回 : セルフケア・セルフラブを取り戻す――資本主義的「ご自愛」への抵抗
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