小さな子どもがいると、家族で焼鳥屋へ行くハードルが高くなる。地元のお気に入り店がカウンターのみだったりして、家から気軽に行けるちょうどいい焼鳥屋の選択肢が意外とない。妻が最寄駅から2駅の街にある美味しそうな座席席のある焼鳥屋を見つけてくれた。なんとずっと気になっていた大衆酒場だった。早速予約して、平日の早めの時間に家族と出かけた。
焼鳥と聞けば、僕などは反射的に酒場の光景が思い浮かぶけれど、単体の料理として見ると、年齢や世代に関係なく多くの人の好物に違いない。
ただ、家であれこれ鶏の部位を買い揃えたり、それを串打ちしたりすることはハードルが高い。そこで、テイクアウト店やスーパーの惣菜コーナーなどで買ってきて、温めなおして夕飯のおかず兼酒のつまみにすることはたまにあるが、やっぱり焼鳥屋で焼きたてを食べる美味しさにはかなわないなと思ってしまう。
我が家の小学校1年生の娘も、鶏肉は大好物。また最近は、スーパーでお手頃に売っている手羽先が大のお気に入り食材で、塩焼きにしても煮込み料理にしても大喜びで食べてくれるのがありがたい。そこで、父親である自分は特に鶏の“皮”部分が好きで、焼鳥屋には皮だけを串に刺して焼いたものもあるんだよと教えてあげたら、がぜん興味を示していた。
ちなみに娘は、これまでに何度か居酒屋に行った経験はあるが、焼鳥屋となると「鳥貴族」だけ。なぜならば、地元のお気に入り店がカウンター席のみだったりして、家から気軽に訪れるのにちょうどいい焼鳥屋となると、意外と選択肢がないからだ。
ところが先日、妻が、我が家のある西武池袋線の石神井公園から2駅の保谷近くに、美味しそう、かつ禁煙で座敷席が予約できるらしき焼鳥屋があるという情報を見つけ、教えてくれた。店名が「丸越」。おぉ、そこ、たまに訪れる保谷の街なかにおいて、外観からして惜しみない老舗感をかもしだしている酒場で、ずっと前から気になっていた店だ。あまりの大衆酒場っぽさゆえ、家族で行くというシーンが頭をよぎったことすらなかったけれど、妻子の同意があるとあれば行きたいに決まっている。というわけで、ある平日の早めの時間に席を予約し、3人で行ってみることにした。
店は保谷駅から徒歩2、3分。道路に面した窓のすぐそばに焼き台があるようで、その上のダクトからすでにもうもうと煙が出ている。もっと近所だったら、前を通ってその香りを吸い込むたび、自分も思わず店に吸い込まれそうになるに違いない。
からりと引き戸を開けると、左側の厨房前に数席のカウンター、右側にいくつかのテーブル席。そんなに広い店ではないけれど、ご主人と若い店員さん数人、そして、すでに満員に近いお客さんたちの作る活気が心地いい。
その奥に小上がりの座敷があり、8畳ほどの広さの部屋に、座卓が4つ。年季は入っているが清潔感があって、確かにこれは、家族で来るのにもすごくいいな。
メニューは看板に「やきとり 煮込」と書いてあったくらいで、当然焼鳥がメインかと思いきや、それよりもやきとんの種類が多く、嬉しい想定外。他に一品料理やごはんものもいろいろあり、どれも安い。それからホワイトボードに「本日のおすすめ」。
・はんぺん 200
・新玉ネギ 200
・豚足 420
・子袋 220
・里芋 380
・「もち」煮込み 550
このラインナップがまた魅力的で、特に、もつではなく“もち”煮込みはどうしたって気になる。シメあたりに頼んでみようか。
なにはともあれ、「生ビール(小)」(税込450円)で、今日も乾杯! 家族で気がねなく過ごせる大衆酒場。なんてありがたいんだろうか。
生ビールは、小とはいえきちんとしたサイズのジョッキでやってきて、パーフェクトにうまい。「生ビール(中)」は600円とのことだけど、一体どんな大きさなんだろう。
注文はメモ用紙に書いて店員さんに渡す方式で(これは座敷席だけかも)、なんでもやりたがる娘が、ひらがなで「かわ しお 一 たれ 一」などと一所懸命書いているのが、親バカながらかわいらしい。娘の生まれて初めての記入式注文だ。今思えば、注文が通って役目を終えたら返してもらって、記念に持って帰ってもいいかを聞いてみればよかった。
また、店主さんや店員さんたちばかりか、集まるお客さんたちまでとても親切なことにも感動した。これまたやりたがり、娘が店内に向かって「すいませーん」と注文用紙を差し出すと、子どもの声だから喧騒にかき消されてしまう。すると隣の席で楽しそうに飲んでいたおじさまがたが、僕や妻よりも早く「店員さーん、こちらの席注文だってー!」と声をかけてくれたり。
やがて届きはじめた串焼きたちが、これまたパーフェクトにうまいのが本当に嬉しい。数メートル先の炭火で焼かれたものがすぐに届くのだから当然なんだけど、味加減も焼き加減も、それから適度にみしっと密集した串打ち加減も、これぞ専門店の味! と、顔が崩れっぱなしになるほどだ。
娘も「鳥皮」(160円)や「手羽串」(180円)の焼きたての味わいに大喜びしていて、その様子を見ながら何度も心のなかで、なんてありがたい店なんだろう……と感謝してしまう。
僕と妻もここぞとばかり、「せせり」(210円)や「ぼんじり」(190円)。それからやきとんの「タン」(170円)、「こめかみ」(190円)、「シロ」(160円)、「ナンコツ(わっか)」(160円)、「ナンコツ(たたき)」(170円)、「のどナンコツ」(180円)、「辛にら肉」(220円)などなど、興味のおもむくままに頼みまくってしまったが、なにを頼んでも信頼の味で、もっと早く気づいて来ていなかったことを深く後悔した。
独特なネーミングの「三練B(おくら・長芋・大根)」(470円)は、3種の野菜にたっぷりのかつお節がかかったさっぱり味のサラダ風で、箸休めにいい。ちなみに「三練A」は、(おくら・長芋・納豆)らしい。
本日のおすすめ「はんぺん」は、ガリガリくんのように串に刺して炭火で醤油焼きにされたものを、わさびで食べる。同じく「新玉ネギ」は、深みのある焼鳥だれをかけて串焼きにしたもので、とろりと甘い。どちらも、本当に200円でいいのだろうか? と恐縮してしまう美味しさだ。
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早々にごはんものが食べたいと言いだした娘が選んだのは、「ソーセージ入りおにぎり」(350円)。なんでこんなに美しく成形し、そして焼きあげられるんだろうと感心する、大きめの焼きおにぎり。たくあんが2枚添えられている。
娘が食べやすいようにと割ってみて意外だった。なかに入っていたのは、いわゆるシャウエッセンタイプではなくて、もとはかなりの太さだったと想像される巨大ソーセージの輪切り。なるほど、これならばどこからかじりついてもすぐに中身の具にたどり着く。酒場の様式美だ。
たまらず娘に許可をもらって、はがれたごはんをひとかけ食べてみると、口のなかにふわりと米の甘さ、醤油の香ばしさが広がって、とても幸せな味だ。次回は串ものを減らしてでも、ひとりでひとつ食べてやろう。
子連れだったこともあり、いつもより控えめなペースを意識しつつも、「レモンハイ」(450円)、「酎ハイ」(430円)とおかわりをし、1時間ちょっとでごちそうさま。本当にこの店の存在に気がつけてよかったと、帰りの電車でもくり返し感謝するのだった。
……けど、あ! しまった! 最後にもち煮込みを食べるのを忘れてた。日替わりボードのメニューだったけど、次回行ったときもあるかなぁ……。気になりすぎるし、早々に再訪しなければ。
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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第19回は2025年3月6日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。