そのお店は東京・五反田にあった。駅の南口で、ふらふら徘徊しているとなんとなく目に留まって入ったのが最初だった。看板には「関西即席一品料理」というキャッチフレーズ。メニューの品数がとにかく多くバラエティに富み、気前が良すぎるにもほどがある料理のボリューム。そして、このお店の面白さは会計のあとにある。
「たこ安」を初めて訪れたのは1年ほど前のことだった。
夕方に五反田の街で打ち合わせ仕事が終わり、当然のことながら軽く飲んで帰るか、となる。そこで南口方面をふらふらと徘徊していると、なんとなく目に留まった店がここだった。
店はビルの2階にあるようで、その親しみやすい店名と、看板に書いてある「関西即席一品料理」というキャッチフレーズが印象的。関西で、即席で、一品料理。どんなのだろう、それ。
また、入り口の作りがちょっと変わっているのも特徴的で、中央の柱の横に、上階へと続く階段が左、エスカレーターが右にある。僕は右ルートを選んだのだけれど、到着するのはどちらも同じ2階フロア。実はこのエスカレーターが、たこ安でしか感じたことのない味わい深い体験をさせてくれるアイテムなんだけど、まずは先を急ごう。
店はビル内にあるが、入り口や看板はかなり年季が入っており、老舗酒場が再開発などによりビル内に移転したタイプだと思われる。入り口前ではご主人がどかっと椅子に座り、頭上のTVを見上げている。そこが定位置で、注文が入ると必要に応じて料理を作るというスタイルのようだ。
僕が通してもらうのはたいてい、テーブルが数席のこぢんまりとしたフロアだが、実はこの店には、最大60名までの宴会に対応可能で、大画面テレビやカラオケを完備した席もあるらしい。入り組んでいて全容がわからない店内が、なんだか楽しい。
関西即席一品料理というフレーズに惹かれて入店したものの、メニューを見るとあまり関西らしさは感じられない。とにかく品数が多くてバラエティに富み、「栃尾揚げ」や「稲庭うどん」なんていうメニューもある。あとで聞いたところによると、その由来は、初代である先代店主が、関西で料理修行をしたことにあるのだそう。現在は、とくにこだわりなくいろいろな料理を出されているようだ。
何度かこの店で飲んで思い知ったその良さは、膨大なメニューのなにを頼んでもきちんとうまいこと。ドリンクメニューに「レゲエパンチ」まで揃えているという気取りのなさ。そして、気前が良すぎるにもほどがある料理のボリューム。
初めて訪れた時に何気なく頼んだ「チキンカツ玉子とじ」(税込550円)は、でっかい鶏もも肉のカツがどかっと鉄鍋に盛られ、量もさることながら、玉子とじ史上かつてないくらいふわふわの玉子との融合も素晴らしく、思わず「白飯」(200円)を追加してがつがつとかっこみ、動けないくらい満腹になってしまった。
「鳥もも串」が450円、「豚バラ串」が480円と、串焼きにしては高めと感じる値段なものの、以前他テーブルに運ばれているその巨大なサイズを見たら、有無を言わせず納得させられる他なかった。

名物料理はいくつもあるが、「なめろう」(460円)がとても良い。まず、サーモンやブリやアジなど、日にもよるのかもしれないけれど、ゴロゴロっと食感を残した刺身が数種入っている。そこに、しょうが、みょうが、ねぎ、大葉などの薬味もたっぷり。さらに、しらすやとびっこ、生海苔などものるという、たこ安のサービス精神を体現したような一品だ。まずはこいつをちびちびなめながら、きっちりとナカの濃い「ホッピーセット(白)」(495円)で始めるというのが、僕のたこ安スタイル。
先日訪れたときに頼んでみた「鶏もも焼きおろしポン酢」(780円)にも驚かされた。
かなりの大皿の全面に水菜が敷かれ、その上に大量のチキンソテーと刻み小ねぎ。食べやすい大きさにカットされているものの、鶏もも1枚どころじゃないボリューム感がある。肉はぷりぷりとジューシーで、焼き目はパリッと香ばしく、そこに爽やかなおろしぽん酢が絡むという、これ以上なにも望むものはないというくらいの美味。
むしろ、あまりにもボリュームがありすぎて、ひとりで飲みに行くと毎回、多くて2品しか頼めないのが難点と言えば難点なのかもしれない。いつかここで、メンバーを60人集めて思いっきり宴会してみたいものだ。
そうそう、お会計をすると毎回、ご主人が店の外まで見送りに来てくれる。それだけならば珍しくないものの、その先がおもしろい。先ほど店に来る際に利用した上りエスカレーター。専用のキーを挿してスイッチを入れ替えると、これが目の前で、ガタン! と下りに変わる。「階段を使うから大丈夫ですよ」と言っても、「いえいえ」と言って断られてしまう。
まるでちょっとしたアトラクションのような下りエスカレーターで地上に着き、ふと見上げるとそこには、まだにこにこと手をふってくれているご主人。その姿が焼きついて、五反田へ行くとたこ安に寄らずにはいられないのだった。

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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第27回は2025年7月3日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。