ニッポン放送の大人気アナは、些細な会話すらままならないコミュ障だった!
そんな彼が20年かけて編み出した実践的な会話の技術を惜しみなく披露。話すことが苦手なすべての人を救済する、コミュニケーションの極意をまとめた、吉田尚記・著『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』がOBS試し読みに登場。本書から抜粋したエピソードを全6回にわたって公開していきます。
今回は、コミュニケーションと自己顕示欲について。
コミュニケーションに自己顕示欲は要らない
ぼくもかつては、コミュニケーションをとることに関して強い自己顕示欲を持っていました。たぶんみんなもそうだと思う。でも考えていけばいくほど、それはごく初期の動機にはなったけど、いまハッキリと必要じゃないとわかった。どうでもよくなっちゃったんですね。
べつにそれを捨てようと意識したわけではありません。自己顕示欲は持って生まれたものなので、捨てようとして捨てられるものではない。ただ必死で人と楽しくコミュニケーションをとりたい、その一心でやっていたらいつのまにかなくなっていたんです。相手にとって「本当に自分のことを考えてくれている人」になろうとコミュニケーションをとっていたら、自我みたいなものがどんどん軽くなっていったんですね。
一般的にコミュニケーションとは何かと訊くと、ほとんどが自分の話を伝えるにはどうしたらいいか、自分の考えていることをいかに表現するかという方向に行きがちですけど、ぼくは次第に疑問を抱くようになった。実際のコミュニケーションはいつも偶然や突然に翻弄されるものなので、あらかじめ伝え方や表現方法のマニュアルを知っていても、相手の出方次第で使えないことのほうがずっと多かったからです。
にもかかわらず、コミュニケーションが自己表現のテーマになり、自己顕示欲を満たすためにマニュアル化されるのは、どこかにそういう刷り込みがあるからだと思います。自己顕示欲があるのは決して悪いとは思いませんが、それが功を為して人や世の中を幸せにしたことって本当にあるのか? 自己顕示欲の塊みたいな人が目のまえに現れたら正直、あまりいい気持ちはしませんよね。
これはある伝説的なディレクターが指摘していたことですが、本当におもしろい芸人さんで「はい、どーもー!」って出てくる人間はいないんだそうです。確かに、おもしろい芸人さんはまずお客さん、コミュニケーションの相手がどう感じているかを察してから話しはじめます。奥に自己顕示欲はあったとしても、それを前面に押し出すことはない。自己顕示欲がある、言い換えれば「自分大好き」なのは、相手からすればどうでもいいことです。重要なのは、相手にとって興味があるかないかなんです。
自分が何かを表現することより、ぼくはみんなとコミュニケーションをとりながらこの放送を進めたいと思っています。続々と届くコメントに反応して、話をみんなで共有したい。放送が終われば全部のコメントに目を通し反復して、文章に活かしていきたいと思っています。
<でも吉田さん、自分のこと話してるよね>って、それはそう。でも、いまぼくはこの場でウケたいし、楽しいからしゃべってるだけなんです。みんなから寄せられるコメントをとおして話すこの状態がうれしい。「ウケたい」「楽しい」に優先して言いたい何かがあるわけではないんですね。その意味でぼくの話は、自己表現でも自己顕示欲でもありません。
逆に「ウケたい」「楽しい」よりも「言いたい何か」を正確に伝えるのが優先されるなら、それに同意できない人とは議論や論争になってしまいますよね。ぼくは誰かを言い負かしたところで何かが伝わるとはまったく思っていません。それより、ぼくが反応したことによってコメントを寄せてくれた人が楽しさを感じてくれる。おたがいに持ち寄ったものがいまここにある。共有と共感が連続してある。そこにまた言葉が生まれコミュニケーションが活性化する。そこが大事なんだと思います。
たぶんひとりで本を読んでいるときも、作者と時間差でコミュニケーションをとっているんだと思う。討論の話もあとで出てきますが、コミュニケーションの目的はコミュニケーションであって、戦いではありません。ぼくが目指すコミュニケーションのあり方は、いわば非戦のコミュニケーション。戦わずのコミュニケーションです。
コミュニケーションがうまいと思っている人はほとんどいない
いまふと思ったんですが、コミュニケーションがうまいと自認してる人っているのかな? そうだ、アンケート機能を使ってみよう。出題「自分はコミュニケーションがうまいと思っている」。答えは二択。「はい」か「いいえ」。どうでしょう? 少なくともぼくは「いいえ」です。
ハイ、結果。うわ、すばらしいですね。「いいえ」が93.8パーセント。ほぼ94パーセントの人がコミュニケーションがうまくないと思ってる。それでも6パーセントの人が「はい」。うらやましい(笑)。まあ、「はい」はわざと言ってるウケ狙いでしょう。
いまこの放送をリアルタイムで見てくれている人は、週末の深夜にもかかわらず6000人ほどいらっしゃって、ぼくがパーソナリティを務めているということで多少バイアスはかかってるとしても、この結果は結構妥当性があるかもしれない。そうですよね、コミュニケーションって難しいんです。
よく「恥をかかないとコミュニケーションはうまくならない」と言う人がいるけど、ホントにそうでしょうか? ぼくはちょっと乱暴すぎる言い方だと思う。たとえば一回も転ばないで自転車に乗れるようになる人、いますよね。同様に何の苦労もせずにコミュニケーションをうまくとれる人もきっといるでしょう。だとするなら、転んだり恥をかいたりは、コミュニケーション能力の上達には必須の条件ではないはずです。
でも、だいたいは転んでケガをしながら自転車に乗れるようになる。コミュニケーション能力も上達するまでに恥をかくことはあると思います。ただそのとき、やみくもに転ぶのと最低限の回数ですむのとでは、全然違いますよね。どうすれば自転車に乗れるようになるのかわかっていれば、要らないケガをしないですむでしょう。コミュニケーションも目指すところがわかってそのメカニズムを知れば、克服すべきポイントは最低限ですむはずです。痛い思いは少ないほうがいい。
たとえば、いつからか「空気を読め」ってよく聞くようになりました。言われたほうは「なにそれ?」と、そんなことを言う人間と同じ空気なんか吸いたくないよって思う。それは「空気を読め」という言い方自体に具体性がないからです。具体的じゃないままになんとなく挑んでしまったら、そりゃ転びもするしケガもします。
ではどうしたら空気を読めるようになるのか、それには具体的に実行へ移せるよう言葉を噛み砕く必要がある。自転車の乗り方にそれなりの技術があるように、コミュニケーションに関しても適切に練習すれば実行に移せる技術があるわけです。
ぼくは誰でもすぐに実行へ移せない物言いはここではいたしません。94パーセントの人がコミュニケーションに不自由を感じているんですから、みんながそれを実行でき、楽になることを願って、まずは「コミュニケーションとは何だろう」という基本から考えていきたいと思います。
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本書『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(吉田尚記・著)は、世にあふれる「○○のためのコミュニケーション術」とは一線を画す、「コミュニケーションの目的は、コミュニケーションである」という原理に基づいた、コミュニケーションそれ自体について考察した画期的な一冊。コミュニケーションのあり方を感覚ではなく基本として、また、精神論ではなく技術として、誰でもすぐに実行へ移せる方法を知ることで、現代コミュニケーション論の新しいスタンダードになり得る内容になっています。
筆者について
よしだ・ひさのり。1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。ニッポン放送アナウンサー。
2012年第49回「ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞」受賞。ラジオ番組でのパーソナリティのほか、テレビ番組やイベントでの司会進行など、レギュラー番組以外に年間200本ほど出演。またマンガ、アニメ、アイドル、デジタル関係に精通し、「マンガ大賞」発起人、バーチャルアナウンサー「一翔剣」の「上司」であるなど、アナウンサーの枠にとらわれず活動を続けている。共著を含め13冊の書籍を刊行し、ジャンルはコミュニケーション・メディア論・アドラー心理学・フロー理論・ウェルビーイングなど多岐にわたる。著書の『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)は国内13.5万部、タイで3万部を突破するベストセラーに。最新作は2022年11月28日発売の『オタクを武器に生きていく』(河出書房新社)。
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