舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)など人気作品に多数出演する傍ら、鴻上尚史主宰の「虚構の劇団」に所属し役者としての高い実力と類稀な美貌で注目を集めている俳優・梅津瑞樹、初の随筆集『残機1』(2022年12月8日(火)発売)の重版が決定! これを記念して、OHTABOOKSTANDでは、本書の中から6つのエピソードを抜粋し、特別に公開していきます。(全6回)
孤独と自意識に揺れ、もがき、あらゆる決めつけに抗って生きる。
「異端の2.5次元俳優」が“穴”の中から見つめる、その先にあるものとは――?
マイキー
ネッシーを知っているだろうか。
そう、ネス湖に棲んでいるらしい首が長い恐竜みたいな俗にいうUMAと呼ばれる彼奴のことだ。『奇跡体験!アンビリバボー』というテレビ番組がある。幼少の折、そこでネッシーを取り上げた回を偶然目にした。果たして本当に「アンビリバボー」だったのかどうかは、あまりに昔のことなので定かではないが、ビートたけしが映っていたのは何となく覚えている。
そこではネッシーの想像図がイラストで紹介されていたのだが、ゴムの様な表皮で、妙に頭がでかく、鋭い牙が無数に生えた(しかも歯並びがやけに良い)如何にも肉食といった手合いが描かれており、更に言えばどことなく意地悪げな表情をしており、以来その得体の知れない水生生物の姿が脳裏に焼き付いて離れなくなった。脳裏に浮かぶ彼奴の姿はそんな感じだが、本当はそこまで酷くなかったかもしれない。しかし子供心に衝撃を受けたせいでウメツ少年が記憶に対し大幅なねつ造と誇張を加えていたとして、誰が私を責められようか。しかし、最早それをネッシーと呼んで良いのかは分からない。本来のネッシーの名誉の為にも、私の中に棲むあののび太をいじめる時のスネ夫の様な顔をした彼奴に名をつけねばなるまい。
ネス湖に棲まうからネッシーであれば、梅津瑞樹に棲まう彼の名はミッキー、ややこしいので多少の親しみを込めてマイキーで決まりだ。
それからというもの心理的に追い詰められると、必ずマイキーの夢を見る。
昨晩、マイキーの夢を見た。
というのも年が明けてからというもの、なかなか仕事に追われているのだ。
走れども走れども、振り返ろうとしたその肩口のすぐ先にそいつがいる。
無我夢中というと多少大袈裟だが、ある程度自分の輪郭がぼやけてしまわない程度にバランスを取りながら忙しなくしていたら、もうそろそろ4月だそうだ。既に一年のうち四分の一の景色をよく見ずに駆け抜けてしまっていた。
如何ともし難いのが、どうしてもこうしても時は経つ上、29年生きたところで今だにまるで予測がつかない。規則的かと思えば調子を変え津波の様にどっと押し寄せてみたり、湧き水の様にしずしずと流れてみせたりする。まるで前衛的な音楽を閉ざされた部屋の中で延々聴かされているかのようだ。こんなのは不条理だ。憎たらしいことこの上ない。この怒りをどこにぶつければよいのか。
考えあぐねて堪らずワッと叫ぶと、窓の外の植え込みから蝶が飛び、それにじゃれついた野良猫がニャアと鳴き、その声に思わず微笑んだ幼児の一瞬を逃すまいとシャッターを切る父親のそのカメラから放たれたフラッシュが、たまたま通り合わせた学者の目を眩ませたその拍子に、彼の脳細胞に一条の閃光が走り、そんなこんなで今日では時の流れがもたらす不条理を条理の元へと正す手段が導き出されている、というようなことになりはしないだろうか。噛んだチューインガムの様に伸ばしたり丸めたりできればよいのだが現実はままならぬ。
そうこうしている間にも刻一刻と迫る締め切りやら、連日の芝居稽古のことやら、イベントの段取りのことやらの気配を背後に感じる。
平素であれば、時間なんてものは作るものだと偉ぶり宣うところであるが、土俵際の粘り腰にも限界が見えてきた。しかし結局のところ、一杯の水をどう飲むかというのが、時間に対して私達が出来るせめてもの抵抗であるに違いない。
私にはそのグラスの中で、小さなマイキーがヒレをばたつかせながら回遊し、意地悪げにニタニタと笑っている気がしてならない。
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本書『残機1』(梅津瑞樹・著)では、本エピソードを含めたエッセイ22作品の他、書き下ろしの短編4作品を収録。【通常版】に加え、【NFTデジタル特典付き特装版】【アニメイト限定版】【フォトブック付き限定版】の4バージョンで、好評発売中です。
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筆者について
うめつ・みずき。俳優、表現者。1992年12月8日生まれ。千葉県出身。主な出演作は、舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)、TVドラマ『あいつが上手で下手が僕で』(天野守役)、映画『漆黒天-終の語り-』(嘉田蔵近役)など。『ろくにんよれば町内会』(日本テレビ系)ほかバラエティ番組でも活躍するなど、活動は多岐にわたる。2020年、『GIRLS CONTINUE』Vol.2にてコラム『残機1』連載開始。その後、兄弟誌の『CONTINUE』でも同時連載。同コラムと書きおろし短篇を収めた同タイトル著書『残機1』にて、作家デビューを果たす。