チベット仏教と聞くと中国とのチベット問題を思い浮かべる人がいるかもしれません。ここではチベット問題が起きる前のチベット仏教の経緯を紹介します。問題が起きる前も波瀾の歴史をたどっているチベット仏教。イマは過去の出来事の延長線上にあります。その成り立ちから経緯を知ることで、現在起きている問題への理解も深まるのではないでしょうか。
2024年1月に発売された『図解でわかる 14歳から知るインド・中国の宗教と文化』(山折哲雄・監修、インフォビジュアル研究所/大角修・著)には、古代インドと古代中国について分かりやすくまとめられた記事が満載。ここでは、その一部を抜粋し、紹介していきます。(全6回)
仏教の伝来と独自の発展
チベットに初めて統一国家をつくったのは7世紀のソンツェン・ガンポ王でした。 王は仏教を保護し、チベットが仏教王国になる幕を開きました。それは日本で聖徳太子が仏教の元を開いたのとほぼ同じ時期で、日本と同じ大乗仏教が伝わったのですが、それぞれ異なる仏教に発展しました。
チベットにはヒマラヤ山脈の南のインドから直接仏教が伝わりました。その後、インドでは仏教が衰退して経典も失われますが、チベットで翻訳された経典が今に伝えられています。
チベット仏教の広まり
チベットには東の中国からも仏教が伝わりました。日本と同様に観音菩薩がよく信仰されています。その後、10世紀頃にはタントラとよばれる新たな仏教が流入し始めました。それは仏の秘密に通じるという祈禱色の強い秘密仏教すなわち密教です。
密教は日本には平安時代に空海(774 ~835年)が唐から伝えましたが、チベットにはそれ以後に発達した後期密教が伝わりました。それは 32〜33ページで紹介したタントラ仏教で、タンカとよばれる色彩豊かな仏画や仏像が多彩につくられ、独特な密教美術を生み出しました。
チベット仏教はモンゴルにも広まりましたが、1951年にチベットは中華人民共和国に併合され、中国の自治区のひとつになりました。その後、教主と仰がれるダライ・ラマ14世はインド北部のダラムサラに逃れ、チベット仏教を引き継いでいます。
* * *
本書では、世界史を創った2大文明の基礎である仏教/ヒンドゥー教/道教/儒教を古代までさかのぼり分かりやすくまとめています。「世界の宗教と文化」シリーズ第3弾『図解でわかる 14歳から知るキリスト教』(山折哲雄・監修、インフォビジュアル研究所/大角修・著)は全国書店・通販サイトや電子書店で発売中です。図版が多くわかりやすいと好評の書籍シリーズ「図解でわかる~」は、日本の宗教、ごみ問題、水資源、気候変動などのSDGsに関する課題や、地政学、資本主義、民主主義、心のケア、LGBTQ+などなど、今だから学び直しておきたいワンテーマを1冊に凝縮して3~4カ月毎に刊行されています。