初の酒場エッセイ集『酒場っ子』でデビューした2018年から早6年。「チェアリング」という活動を生み出し、酒企画ではテレビ、新聞、雑誌、ウェブメディアに欠かせない存在となった酒場ライター・パリッコ。コロナ禍を経て、満を持して真正面から「酒場」に向き合うライフワークの酒場エッセイの決定版連載を開始する。酒場と生活と人生は、どう変わったのか。変わらないのか。記念すべき第1回は「西のホッピー通り」のとある店で。
東京都東村山市にある、西武池袋線の秋津駅と、JR新秋津駅。どちらも秋津という名前がついていながら、その距離は徒歩で5分ほど離れていて、最短ルートである商店街を、乗り換えをする人々が朝夕問わず行き来している。
そんな背景があり、両駅間には名酒場が意外なほどに多く、「西のホッピー通り」と呼ばれていたりもする。かなりローカルな情報ではあるものの、一部の酒飲みの間ではもはや常識というか、秋津新秋津間はかなり熱い飲みスポットなのだ。
王者と言えるのが「焼き鳥 野島」で、真っ昼間の開店と同時に席が埋まってしまう人気の立ち飲み屋。1本100円の串の巨大さ、特にレバーのインパクトは、初めて見た誰もが驚くことだろう。他にも「立ち飲みスタジアム なべちゃん」「サラリーマン」など、個人的に好きな店は多い。
ところでそんな街に、ずっと気になりつつまだ行けていなかった店があった。秋津駅の南口改札を出て目の前、そんなに大きくはない雑居ビルの1階に「マクドナルド」がある。で、その同じビルにもう1軒、寄り添うように入っているのが、「ジャンボヤキトリ もつ煮 おみやげ」のド派手な看板が嫌でも目に飛びこんでくる、「もつ家」という立ち飲み屋なのだった。これまた昼の1時からやっていて、いつでもお客さんでいっぱいのマクドナルドの隣で負けじと存在感を発揮しているのがおもしろい。この無節操な光景こそ、秋津を象徴していると言えるかもしれない。
正面左側には、テイクアウト窓口も兼ねて外に向けオープンになっている串焼き台があり、その横に、店内へと続く引き戸の扉があるのみというシンプルな構造。ドアの上部はガラスになっていて、そこからなかを覗くと、どう見ても細〜いカウンターに、たいていはずらりと、常連であろう先輩がたが並んで飲んでいる。こんなことを言うと酒場ライター失格かもしれないけれど、僕はこの手の酒場でよくある、先客に対して「ちょっとすいません」などと言いながらぎりぎりのスペースを奥へ進んでいく行為が、ちょっと苦手なのだった。なんか、悪い気がして。
ところが先日、別の仕事で野島に行く用事があり、そちらに関してはさくっと飲んで無事終了。まだまだ日は高く、そのまま帰るのももったいないなと思って、「今日こそもつ家に寄ってみるか」と、店へ向かってみることにした。
当然入り口からは先客たちが見えるが、意を決してやってきたので、扉を開ける。例の「ちょっとすいません」をやりつつ奥へ。するとここが、想像とは真逆の穏やかな店なのだった。
焼き台で店主さんらしきが静かに串を焼き、カウター内にはその他に、かなり若く見える女性店員さんがひとり。ご親族かアルバイトか。また、意外にもお客さんでぎゅうぎゅうという状態ではなくて、常連と思われる3人の先客が静かに飲んでいるだけだった。入り口から見える光景に、カメラの圧縮効果的なものが働いていたのかもしれない。店内BGMもなく、大きな窓から初夏の日差しが差し込む店内は、どこか神々しくすらある。
メニューは、鶏と豚の串が10数種あって、1本130円。最安は「韓国のり」と「柿ピー」の100円。その他、「マカロニサラダ」「ポテトサラダ」「缶づめ」など、必要最低限の構成だ。
まずは「チューハイ」(税込400円)と、つまみは、さっき巨大焼鳥を数本食べてきたばかりなので、もうひとつの名物「モツ煮込み」(400円)を頼む。すぐに届いたチューハイをぐいっとやると、なんとも言えないいい気分だ。ご近所にあって、ワイワイガヤガヤが魅力の野島とは対照的と言えるかもしれない。「こっちはこっちで大好きだ!」と、心のなかで叫ぶ。
お椀サイズの煮込みは、ふわふわの豚もつと豆腐に刻みねぎの正統派。じっくりと煮込まれたゆえであろう、みそ醤油っぽいつゆの煮詰まったような濃厚さもいいつまみになる。添えられた韓国風の甘辛みそを途中で溶かすと、味わいが変わってまた酒がすすむ。「豆腐多め」とか「豆腐だけ」といった注文もできるらしく、豆腐好きの僕としては、次回は絶対にそっちも頼んでみよう。
チューハイは、ナカ(焼酎)とソト(炭酸水)が別のホッピースタイル。ただ、同じホッピービバレッジ社の製品ながら、瓶の炭酸水はホッピーよりもずいぶん容量が少ない。ならば1杯で炭酸水を使いきってしまえばいいだけの話だけど、酒に意地汚い僕はこういうセットを前にすると、最低でも「ソトイチナカニ」はいきたくなってしまう。必然的に酒が濃くなり、まぁ、それはそれで嬉しい。当然、「中」(200円)もおかわり。
店内の壁には、メニュー以上に膨大な「親父の小言」的格言のバリエーション違いの紙が貼ってあり、もはや壁紙状態。きっと、最初に気に入って1枚貼ってみたら、同様のものを見つけるとまた貼らなくては気が済まなくなってしまったのではないか。そんな歴史を想像しながら飲むのも楽しい。
煮込みもチューハイも残りあと少しで、そろそろお会計をしようと思っていたころに、女将さんらしき方が到着した。明るいキャラクターの、典型的な酒場の女将という感じ。おもむろに店内BGMのスイッチを入れると、CHAGE&ASKAの『YAH YAH YAH』が景気よく流れだし、一瞬にして店内の空気が変わってしまったのには笑った。
これから夜にかけ、店はまた別の表情になってゆくのだろう。
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「酒場と生活」次回第2回、2024年6月20日公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。