観光地ぶらり
番外編第2回

「観光地とは土地の演技である」 蟲文庫・田中美穂×『観光地ぶらり』橋本倫史

暮らし
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アトラクションのスタッフみたいな感覚でここに座っています

橋本 今回の『観光地ぶらり』という本に向けて、取材に出かけてみたものの原稿に書かなかった土地もいくつかあるんですけど、そのひとつが東海道の関宿で、「昔の旅人の気分を味わってみよう」ということもあって、ひとつ手前の宿場町から関宿まで歩いてみたんです。この関宿も、昔ながらの街並みの保存が進められているところなんですよね。関宿の場合、鉄道が敷かれたときに、旧来の宿場町からわりと離れた場所に駅が設置されて、街の中心が急激にそちらに移動したことで、もとの宿場町エリアは寂れたそうなんですね。ただ、街の中心が完全に切り替わったおかげで、宿場町のエリアには再開発の手がのびることもなく、建物がそのまま残っていたらしくて。そこにあるとき、新聞記者の方だったか、外からやってきた人が古い建物を「発見」して、「これは貴重な財産だから、保存したほうがいい」という話になって、街並み保存が進められているんです。

田中 しまなみ海道を取材された回に、向島のパン屋さんの話が出てきますよね。昔のガイドブックでは紹介されていなかった古い商店が、最近はよく取り上げられるようになって、「まさか古いことが売りになる日がやってくるとは」とお店の方がおっしゃっていた、と。それで言うと、ここに来られるお客さんのなかには、そこそこ年配の方でも「初めて古本屋に入りました」という方が結構おられるんです。都市部であれば、なんとなく馴染のある方も多いんじゃないかと思いますけど、地方出身だと、大型チェーン店以外の古本屋を初めて見たという人も多いんですよね。特に土日や連休になると、初めて古本屋に入るという方も珍しくないので、そんなときには、アトラクションのスタッフみたいな感覚でここに座っています。

橋本 僕も古本屋がない町に生まれたから、その感覚はわかります。中学校に上がる頃になると、国道沿いに新古書店ができて、そこは中古の漫画やゲームが並んでいて、奥にアダルトコーナーがあって――そういうお店はありましたけど、昔ながらの古本屋というのは、漫画でしか触れたことがなくて。店主がじっと丁場に座っていて、立ち読みをしていたらハタキでパタパタされる――そういう描写が漫画に出てくるという形でしか、古本屋に接したことはなかった気がします。

田中 だから、「珍しいものを見る」みたいな感じの人もおられます。私のほうはそれも全然問題ないんですけど、むしろお客さんのほうが、入ってみたもののどうふるまっていいのかわからなくて困っているとか、そういうこともけっこうありますね。

橋本 そういう人の気持ちはよくわかります。上京して最初に住んだのは高田馬場で、古本屋街がすぐ近くにありましたけど、作法がわからなくて、最初のうちはお店に入れなかったです。お店に入るときは店主に挨拶するべきなのか、棚に並んでいる本を勝手に触ったら怒られるのか、そういうことが全然わからなくて。

田中 「本を触ってもいいですか?」って、よく聞かれます。「どうぞどうぞ、売り物です」とかって答えてますけど。あとは「値段はどこについているんですか?」という質問も、週末や連休になると一日に何回もあります。でも、それも当然とは思います。

橋本 そういった質問って、ここでお店を構えたばかりの頃からありましたか?

田中 あんまりなかったですね。その頃はよっぽど時間がある人じゃないと、観光のお客さんはここまで歩いてこなかったんです。当時、遠方からといえば、古本好きの方ですね。古本好きだと、どこか出張だとか旅行だとかとになったら古本屋があるかどうか調べて、ちょっと離れててもわざわざ行かれるじゃないですか。観光というよりかは、そういう方のほうが多かったですね。でも、それが段々替わってきて――さっきのしまなみ海道のパン屋さんもそうですけど、昔だったらガイドブックに載らなかったような細い道、言えば「地味な裏通り」みたいな場所が紹介される流れはだいぶん前からあるので、その影響もあるのかなと思います。何十年ぶりに旅行で来られたという人から、「前に来たときはこのあたりまで歩かなかった」と言われることは多いです。

橋本 じゃあやっぱり、ここまで観光客が足を運ぶようになったのは最近なんですね。

「観光地とは土地の演技である」

橋本 「蟲文庫」に立ち寄る観光客が増えてきたときに、「お店で扱うものも少し観光客を意識したラインナップにしようか」と考えたことはあったんですか?

田中 うちの場合、本以外のものがますます減ってきてるんです。最初の頃は、本の買取りがあんまりなかったんですよ。売るべき本が少なくて、それで、しょうがないから、駄菓子とか自分で縫った袋を並べたりしてたんですけど、今はもう、どうしようかというぐらい本があるので、本だけの店になってきました。「観光客向けに」といっても、何をどうすればいいのかわからないですし。何かあるかなあ。いや、考えはするんですよ。店を維持していかなきゃいけないし――でも、何をしたらいいんでしょうねえ。

橋本 前にお邪魔したときに、倉敷の気風について蟲さんが話されていたことがありましたよね。このあたりの人は、バリバリ商売に邁進していくというよりも、のんびりゆったり、「どうしようかねえ」という気質の人が多い気がする、と。

田中 そうですね。ただ、最近は規模の小さい個人経営の店だけではなくて、もう少し大きな資本があって、従業員を雇ってお店を出すというところも増えてきているので、そればかりではないと思うんですけど。

橋本 倉敷出身の演出家・危口統之(きぐち・のりゆき)さんは、生前に「観光地とは土地の演技である」という言葉を書き綴っていて。その言葉はすごく印象的で、『観光地ぶらり』の「あとがき」でも引用したんですけど、倉敷に立ち寄るたびにその言葉を思い返して、「自分は今、まさに『土地の演技』を目の当たりにしているんじゃないか」と考えてきたところもあるんですよね。危口さんは2017年に亡くなりましたけど、それから7年のあいだに、さらに観光地化は進んでいて、今この街並みを目の当たりにしたら、危口さんだったら何を書くだろうかと考えてしまうんですよね。

田中 ほんとに、ここにいたら面白かっただろうなと思います。一緒に話がしたかったです。

橋本 倉敷にはどんどん新しいお店がオープンしてますけど、それはどこも、観光客が美観地区に対して求めるイメージが具現化したような佇まいに仕上がっているなという気がするんですね。それを見ていると、なるほど、土地の演技だ、と思わされる。これは倉敷に限った話ではなくて、那覇の市場を歩いていても感じることですし、あるいは浅草を歩いていても感じるところなんですよね。

田中 朝、家からここの店まで来るのに、倉敷川沿いをずうっと上がってくるんですけど、ある信号を渡ると美観地区なんです。そこで信号待ちをしているときに、「これから職場に入ります」って感じがね、最近はするんですよ。前は全然そうじゃなくて、自分の店まで来ないとそんな気持ちにならなかったのに。GWとかのすごく忙しい時期になると、挨拶まではしないにしても、同じ地区で働く人たちに「お疲れ様」って言うような気持ちで帰っていく感じがあるんです。それは良いとか悪いとかではなく――。

橋本 倉敷の街が変わってきているなかで、そういう感覚が芽生えてきたってことですか?

田中 それは確実にそうでしょうね。さっきの話にあったように、このあたりは、わりあい皆さんそれぞれにやっていて、一丸となって何かをやるという感じが普段はそんなにないと思うんですが、でも、20年くらい前に、屏風祭(びょうぶまつり)というお祭りが「復活」したんですけど、そのお祭りはこの通りがメインになるんです。そのお祭りは、最初の年から成功したんですけど、地域の人の感想として、「今まで話したことがなかった周りの人と話す機会になった」というのが多かったみたいで。それは私もそうだったなあと、そのとき思いました。

新しい名物が創出されつつある

橋本 (お店の前の通りを、法被姿の一行が通りかかる)あれ、なんか、今日はお祭りやってるんですか?

田中 あれは「素隠居(すいんきょ)」です。

橋本 お面を被って、うちわを持ってる。

田中 お祭りの日になると登場するんです。素隠居にうちわで頭を叩いてもらうと、賢くなったり健康になったりするという。小さい頃から、親に抱っこされて頭を差し出されて、怖くてギャーッと泣き叫ぶやつですね(笑)。今はもう、自分から積極的に行きますけど。

橋本 今更ですけど、今日はちょっと、お土産を買ってきたんです。数年前に、実家の近くに道の駅ができたんですけど、そこに日本酒がたくさん並んでるんです。東広島のスーパーなんかだと、白牡丹と賀茂鶴ぐらいしか見かける機会がなかったんですけど、その道の駅には見たことのなかったお酒がずらりと並んでいて。

田中 ほんと、最近はおいしい日本酒が色々ありますよね。

橋本 若い世代が新しい試みを始めているのか、ラベルもデザインが効いたものが増えていて。それが、道の駅ができたことによって可視化された感じはあるんですよね。せっかくだから日本酒をお土産に買っていこうと、開店時刻の9時に合わせて出かけたら、その時間からもう駐車場がかなり埋まっていて、結構賑わっていたので驚きました。

田中 朝から!――ただ、私も起きるのが段々早くなって、近くのホームセンターは8時から開くんですけど、「まだかなあ」って、朝から開店を待っているときもあるんです(笑)。昔はここを11時に開けるのがやっとだったんですけどねえ。

橋本 自分が生まれ育った町に道の駅ができたっていうのは、ほんとに驚きの出来事だったんですよね。僕からすると、ほんとに何もない町だと思っていたんです。昔は駅のホームに「名所案内」という看板が出ていたんですけど、そこに書かれていたのは「まつたけ山」くらいだったんですよね。山には松が植えられていて、秋になると松茸狩りができます、と。僕の祖父くらいの代だと、秋になると職場の同僚を連れてきて、山で採ってきた松茸を七輪で焼いてふるまっていたらしいんです。でも、それもあくまで、祖父母の時代の話なんですよね。昔は薪が必要だったから、人が山に入る機会が多くて、松葉もある程度拾っていたらしいんですけど、今は山に入ることがなくなって、落ち葉も積もる一方だから、松茸なんて生えなくなって。だからもう、これといった名物もない町だと思っていたんですよね。酒蔵は近くにあるけど、それも正確には隣町になるので。でも、道の駅をオープンするからにはと、名物を打ち出そうとしている感じがあって、だからお酒は大きな名産品としてずらりと並べることになったんだと思うんですけど。今日ちらりと食堂を見たら、「西条ラーメン」という文字が見えて、えっ、西条ラーメンなんてありましたっけ、と驚いたんです。道の駅ができると、そこに暮らしている人たちのなかに観光客の視線がインストールされていくんだろうな、と。

田中 この本のなかにB級グルメのとこも書かれてましたけど、岡山だとホルモンうどんがあるんです。どっちも県北のものなので、あんまり馴染みはなかったんですけど、話題になってからは県南のこっちほうでもホルモンうどんを出す店を見かけるようになって。観光で来られた人からすると、ある程度わかりやすいというか、どこで何を買うかとか食べるとかを決めやすいんだろうなと思いました。でも、ラーメンはほんとにいろんなところに出現してますよね。

橋本 昔からラーメン屋さんがある町でもなかったような気がするので、ちょっとびっくりして。地元を離れた人間がこういう指摘をするのは野暮だろうなとは思うんですけど、そうやって新しい名物が創出されつつあるということは、「土地の演技」という言葉と絡めて、考えさせられるところが多いな、と。

  1. 第0回 : プロローグ わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう
  2. 第1回 : いずれ旅は終わる 愛媛・道後温泉
  3. 第2回 : 人間らしさを訪ねる旅 八重山・竹富島
  4. 第3回 : 一つひとつの電灯のなかにある生活 灘・摩耶山
  5. 第4回 : 結局のところ最後は人なんですよ 会津・猪苗代湖
  6. 第5回 : 人が守ってきた歴史 北海道・羅臼
  7. 第6回 : 店を選ぶことは、生き方を選ぶこと 秋田・横手
  8. 第7回 : 昔ながらの商店街にひかりが当たる 広島/愛媛・しまなみ海道
  9. 第8回 : 世界は目には見えないものであふれている 長崎・五島列島
  10. 第9回 : 広島・原爆ドームと
  11. 番外編第1回 : 「そんな生き方もあるのか」と思った誰かが新しい何かを始めるかもしれない 井上理津子『絶滅危惧個人商店』×橋本倫史『観光地ぶらり』発売記念対談
  12. 番外編第2回 : 「観光地とは土地の演技である」 蟲文庫・田中美穂×『観光地ぶらり』橋本倫史
  13. 番外編第3回 : たまたまここにおってここで生きていくなかでどう機嫌良く生きていくか 平民金子・橋本倫史・慈憲一 鼎談
  14. 番外編第4回 : これからの時代にノンフィクションは成立するのか 橋本倫史・森山裕之 対談
連載「観光地ぶらり」
  1. 第0回 : プロローグ わたしたちの目は、どんなひかりを見てきたのだろう
  2. 第1回 : いずれ旅は終わる 愛媛・道後温泉
  3. 第2回 : 人間らしさを訪ねる旅 八重山・竹富島
  4. 第3回 : 一つひとつの電灯のなかにある生活 灘・摩耶山
  5. 第4回 : 結局のところ最後は人なんですよ 会津・猪苗代湖
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  11. 番外編第1回 : 「そんな生き方もあるのか」と思った誰かが新しい何かを始めるかもしれない 井上理津子『絶滅危惧個人商店』×橋本倫史『観光地ぶらり』発売記念対談
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  15. 連載「観光地ぶらり」記事一覧
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