1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始、最新55巻が絶賛発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。飲兵衛にとっての一年の抱負。酒と肴とダイエット。
「今年もいい酒飲めますよーに」
大晦日、今年はおじさんおばさんと3人、温泉旅館で過ごすという豪華な年越しのようだ。しかし宗達の顔は浮かず、「できればもう少し落ち着いてしっとりやりたいんだけど やっぱ温泉の年越しなんてこんなもんなのかね」と天邪鬼っぷりを発揮。
そこでひとり旅館を抜けて初詣へ。帰り道、大雪の降る山道を歩いていると、なんと足を滑らせて川に落ちてしまう。大あわてで宿に戻り、露天風呂に入って命拾い。さらには酒まで飲んで、「やっぱ年越しは温泉に限るっ!!」と180度態度を変える、いつもどおりの宗達なのだった。
というのが本編なんだけど、僕が特に感動したのは何気ない初詣の1シーン。柏手を打ったあと、実にさらりと「今年もいい酒飲めますよーに」とお願いをしている。いくら酒飲みといったって、こんなときばかりは「家内安全」「商売繁盛」などを願ってしまいそうなものだが、宗達の頭の中は「そんなことより酒!」なのだ。とてもかなわない……。
「飲みたいものを飲み食べたいものを食べる それが人生だよ」
課長、かすみと、カウンター酒場で飲んでいる宗達。この日のママのおすすめは秋の幸。シメジ、マイタケ、ナメコ、ヤマブシタケ、エリンギ、ヒラタケ、そして輸入ものながら松茸まであるという充実ぶりの、きのこたちだ。
がぜんテンションの上がる面々だが、宗達の様子だけがなにやらおかしい。ママが白マイタケの天ぷらを提案すると、「課長 白マイタケなら網焼きにしてスダチと塩で食べる方がうまいですよ」。シメジとベーコンのバター炒めなら、「いやっ シメジはダシ醤油で煮て玉子でとじるのが一番ですよ」。終始こんな調子。
ただしかすみは最初からお見通しで、最終的に「課長 岩間さんのダイエットにおつき合いする必要はないですよっ」とぴしゃり。宗達が夏のあいだに増えた体重を気にし、なるべくヘルシーな調理法で食べようとあがいていただけだったというオチだ。
観念した宗達はついに松茸の天ぷらをほおばり、満面の笑みを見せる。そこで課長のこのひと言。『酒ほそ』のキャラクターのなかでも、実は課長の名言率は高い。
* * *
次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:スズキナオ)は10月18日(金)公開予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。