1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新57巻が絶賛発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。飲食店でのタブレットを使った注文システムについて。酒の席で人にほめられるには。
「時代の流れでオレは受け入れてるよ 多少手間はかかってもまちがいがないだろうし」

酒を取り巻く状況が時代に応じて変化していく様子が、『酒のほそ道』では何度も題材として取り上げられてきた。今回のテーマは、居酒屋を含む飲食店でのスマートフォンやタブレットを使った注文システムについて。
宗達の馴染みの小料理屋の常連客たちが、注文システムのオンライン化について話し合っている。その場の最年長である“ご隠居”は、駅前の寿司店の注文システムが急に変更になって困ったとこぼす。他の客も、店のタブレットは複数の人が触るから不衛生に思えること、かといって自分のスマホを使って注文するというのは、店側が客のスマホに依存しているように思えることなどを理由に挙げ、ただ便利だからとオンライン化を容認しているわけではないようだ。
しかし宗達はといえば、「時代の流れでオレは受け入れてるよ」と、柔軟な姿勢を示す。お店を続ける側にとってそれが便利なのであれば、その判断を受容し、支持するのがいい客のあり方だと思っているのだろう。まあ実際のところ、エピソードの最後では、行きつけのラーメン屋の注文システムが急に変更になっていてうろたえ、思わず店を出てしまう宗達の姿が描かれているのだが……。
「ホメられるのはうれしいけど…… 仕事じゃなくて酒に関してってのがちょっとなんだけど…」

『酒のほそ道』の連載1500回を記念し、いつもより掲載時のページ数を増やして描かれた特別な回である。
誰しも「今日はなんかやけに調子がいいな」という一日があったりするものだが、この日の宗達もそんな感じだ。会社を出て立ち飲み屋に寄り、生ビールを「キュビビビビ」と飲めば隣のお客さんに豪快な飲みっぷりを褒められる。その店を出たところで同僚の海老沢に出会って連れていかれた先には会社の仲間たちが勢ぞろいして飲んでおり、「酒の席に岩間くんがいるといないとでは大違いだからさ」と課長に称賛される。
外に出ると雪が降っていて、ちょうど竹股から電話があり、斎藤も誘って一杯飲もうという。馴染みの仲間との宴席に宗達が選んだ店は、『酒のほそ道』の記念すべき第1話で宗達が入店し損ねた「藤ノ木」だ。長い月日を経てついに入ってみるとこれがまたいい店で、「さすが宗達いい店知ってるな」と喜ばれる。
すでにだいぶハシゴ酒をしてきた宗達だが、最後の最後に行きつけの小料理屋へ。そこにはいつもの顔ぶれが揃っていて、締めのお茶漬けをガシガシとかき込む姿に「いよ~っ宗達! 日本一!!」の声がかかる。
仕事ぶりを褒められることは一切ない会社員だが、しかし、酒を飲む姿で多くの人を幸せにしてきた。そんな宗達が見た走馬灯のような一話だが、それが夢ではなかったことは、翌朝のひどい二日酔いが教えてくれるのだ。
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「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:スズキナオ、パリッコ)は今回が最終回です。書き下ろし、加筆修正を加え、2025年12月、太田出版より単行本発売予定です。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。