1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、現在単行本54巻を数え、累計発行部数600万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。出張先の酒とスーパーの片隅に並んでいる魚の頭について。
「ホントやばいぞ。コレ飲んだら絶対帰るからなっ!」
翌日、朝6時の新幹線で出張するという予定を控えた岩間宗達(いわま・そうたつ)。しかもやり残した仕事があり、書類を手に抱えている。ところが間の悪いことに(?)、お気に入りの噺家が出演する落語会があり、友人たちと参加することに。
当然、会が終われば演芸場近くの酒場で一杯、という流れになるが、宗達は「今夜はぜったいに飲んだらやばいんだっ!!」と帰ろうとする。しかしそのすぐあと、確固たる決意を胸に抱いていたはずが、なぜか友人たちと酒場にいる宗達。「コレ飲んだら絶対帰るからなっ!」と言いつつ、旬の肴が登場すれば1杯、好きな銘柄の酒が登場すればまた1杯と杯を重ね、そこになんと、さっき出番を終えたばかりの、ひいきの噺家が登場し……。
大切な予定の前には酒を控えればいいだけ。けれどもそれができず、簡単に誘惑に負けてしまうのが酒飲み。そんな背徳感を感じながらの酒が、いつもよりいっそううまく感じたりもするから困ったものだ。
「刺身をとったあとの魚の頭はスーパーやデパートではクズ同然にあつかわれているけど、実はオイシイ部分がイッパイ隠れた『宝の山』なのだな」
魚のアラが大好きだ。スーパーの鮮魚売り場のすみで、宗達の言うとおり「クズ同然」、パックにたっぷりと入って100円とか200円で売られていながら、まさに「宝の山」。ブリのアラならブリ大根、鮭のアラなら塩焼き、まぐろのアラならねぎと煮込んでねぎま鍋風など、どれも極上の酒の肴となる。
スーパーで、1匹2500円の真鯛の身や刺身用の1200円の片身を前に悩む宗達。と思いきや、給料日前につき、それらは高嶺の花。そこで目をつけたのが、300円の鯛の頭。身をとってたたきにし、残った頭の半分はカブト煮に、半分は塩焼きに、さらにシメには鯛茶漬けと、つつましくもぜいたくな鯛づくし晩酌を楽しむ。
そのさなか、友人から飲みの誘いが来るが「せっかくだけどまたこんどな」と断る宗達。電話を切ったあとの「この鯛づくしを前にしていまさらケチな居酒屋なんかにいけるかってんだ」というセリフに、酒飲みならではの小さな幸せが詰まっている。
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次回「小さなシアワセの見つけかた 『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:スズキナオ)は6月21日(金)配信予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。