1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新56巻発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。飲兵衛が健康うんちくを語る理由。バカバカしい話をし合える飲み仲間がいることのかけがえのなさ。
「えーとスープにはコラーゲンとビタミンが豊富に含まれ 薬味の青ネギはベータカロテンにビタミンCそして各種ミネラルが…」
仕事帰りの立ち飲み屋で生ビール、鶏皮のから揚げ、メンチカツ。串カツ専門店に移動してチューハイ、牛と豚とササミの串カツ。今度はもつ焼きがメインらしい店でホッピー、ナンコツ揚げ、レバーフライ……と、思い切り酒とつまみを堪能した宗達。
締めに立ち寄った店で、馴染みの顔ぶれを前にうんちくを披露しはじめる。いわく、「鶏の皮は脂が多いけど揚げることによって逆に脂を抜くことができる」「メンチカツに入っているタマネギに含まれる硫化アリルは血をサラサラにするし」「揚げ油として使われる植物油に含まれるリノール酸は動脈硬化の予防や老化防止に効果を発揮する」
要するに宗達は、今日これまでなんの躊躇もなく食べまくってきたあれこれについての罪悪感を追い払うため、健康うんちくを並べているらしい。「食べすぎじゃね?」とつっこまれつつもさらに宗達は「スープにはコラーゲンとビタミンが豊富に含まれ……」と、手持ちの『食品健康辞典』のページをめくりながらつぶやく。これはこのあと、帰りに寄ろうと思っている豚骨ラーメンの栄養成分らしい。この考え方でいけば、どんな料理であろうと、食べれば食べるほど健康になれそうで心強い。
「月はつまみが宇宙食しかないだろうから ビールかハイボールかな」
どうでもいい話をしながら飲む酒は楽しい。それはもちろん、めでたい誰かを祝いながら飲む酒も、深刻な悩みを打ち明け合いながら味わう酒もあるだろう。しかし、店を出た途端に忘れてしまうような話題こそ、常にあれこれ考えないと生きていけない私たちの疲れを癒してくれるものである。
このエピソードで宗達が同僚たちの宴席で話していることがまさにそれ。ふいにはじまった十五夜のお月見の話から、月そのものについての話に、そこから宇宙の話へとつながって、「将来 月に人が住むようになったら基地の中ではおそらく飲酒は許可されるんじゃないかな」と前田課長が言い出す。そうなれば地球を見ながらの「地球見酒」ができるんじゃないか、そんなときに飲む酒は何がいいだろうと会話が展開し、宗達が「月はつまみが宇宙食しかないだろうから ビールかハイボールかな」などと言う。 重力が地球の6分の1である月面での酔い心地はどんなものか、千鳥足も軽やかなのではないか、でも飲み屋の行き帰りにいちいち宇宙服を着るのは面倒だ……と、こんなことばかり延々とみんなで話し合っている。バカバカしいの一言で片付けられてしまいそうな会話だが、こういう話をし合える飲み仲間がいることは本当にかけがえのないことだと思う。
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は1月17日みんな大好き金曜日17時公開予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。