1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新56巻が絶賛発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。酒についての医学的な見地がどうであっても……。たとえ二日酔いの苦しみが待っていても……。
「こちとらこの瞬間のために命かけてんだっ 誰にも文句は言わさ~ん!」
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「酒は百薬の長」と言われていた時代は遠くなり、最近では、「結局のところ、飲酒は少量であっても健康を害する」というような研究結果が出たと聞いた。まあ、たぶんそうなのだろう。
ましてや、1杯目をできるだけ美味しく味わうために水分を摂取しないようにする……という行為など、医学的な見地からすれば愚か過ぎる行為であろう。しかし、そうやって我慢したあとに飲む酒は、生きる喜びに溢れるようにうまいのだ。
このエピソードでは、休日の宗達が極上のビールを味わうためにあくせくと頑張っている。ランニングをして、銭湯に入って喉を乾かし、餃子をテイクアウトして、缶ビールを氷水に漬けてキンキンに冷やしたりしている。そして、その行為の一つひとつに(おそらく架空の)専門家たちが、「入浴後は血液がドロドロになっていますのですみやかに水分補給が必要です」といったように的確なコメントを挟みつつ、ストーリーが進んでいく。
「ビールを美味しく飲むためには適温があります」「おつまみといえども栄養のバランスは考えたいものです」などといった数々の専門家の発言を、しかし宗達は「うるさ~~いっ!!」の一言で振り払う。そして「こちとらこの瞬間のために命かけてんだっ」と、至福の表情で自分なりの一杯を心ゆくまで堪能するのだ。
「な な なんだ この焼酎の量は…? これじゃウーロン茶の入る余地がぜんぜんないじゃないかーっ」
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“濃い酒”をついついありがたがってしまうところが、酒好きにはある。もちろん、チューハイのグラスにどれだけ氷を入れるか、また、チューハイそのもののアルコール度数をどう設定するかはお店の采配による。
飲み物のオーダーが多く入るほどに客単価は上がり、そうやって地道に積み上げられた売り上げによってお店が運営されていくのだから、酒が濃いとか薄いとか、量が多いとか少ないとかは、客が思っている以上にお店にとっては重要な問題だろう。
しかし、それを踏まえたうえでも、やはり、薄い酒はちょっと寂しくて、濃い酒はなんだか嬉しいのだ。ホッピーやウーロンハイのように、焼酎を割り材で割って飲むようなスタイルのドリンクでは、焼酎の量が酒の濃さに直結する。ごくたまに、グラスになみなみと焼酎が注がれていて、割り材を加える余地がないほどの一杯に出会うことがある。
「多けりゃいいってもんじゃないぞーっ」「ったく困ったもんだっ」と、このエピソードにおける宗達のように、困りながらもニヤけてしまった経験が、多くの酒飲みにはあるのではないだろうか。嬉しいほどに濃い酒を飲んだ先には、記憶の薄い時間や二日酔いの苦しみが待っているというのに、やはりどうしてもニヤニヤしてしまうのだ。
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は2月28日みんな大好き金曜日17時公開予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。