1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新57巻が絶賛発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。客と店員の関係性について。四季のなかで酒を飲むことについて。
「それでもどこかしらひっかかるものがあるんだよ 客の優位性をカサにきてるような気がして」

宗達と同僚たちとの宴席で話題に上がっているのが、“居酒屋の店員との話し方について“だ。若い社員にしてみれば、敬語で話すのが常識と思いつつも、いかにも渋い雰囲気の常連客が店員とフランクに話しているのに憧れるのだという。
宗達の意見はこうだ。「まずは客と店員との年齢差が必要だよな」「あきらかにオレより年下ってわかる場合はですます調じゃなく話すときもあるけど」「それでもどこかしらひっかかるものがあるんだよ」「客の優位性をカサにきてるような気がして」
“客の優位性”という言葉が宗達から語られていることは重要だと思う。店側が客に対して安定したサービスを提供しないと途端にクレームにつながるような今の時代、むしろ行き過ぎたクレームによって“カスハラ”という言葉まで生まれているが、それでもやはり客がお店に対して優位である、お金を払っているんだから当然だという思いはまだ価値観のベースになっていると思う。
グルメレビューサイトが普及したから、誰もが店を評価し、点数をつけることができる。それを楽しむ気持ちはわからなくもないが、無自覚に優位性を行使してしまっていないか、いつでもとことん慎重でありたい。
「季語があって短い言葉で日常的なことを詠むという俳句が まさに日頃酒を飲んでいる心情を表すのにピッタリじゃないかと思って」

今さら書くのもおかしいのだが、『酒のほそ道』の末尾には、毎回、俳句が添えられている。いつも添えられているからすっかり慣れてしまっているが、これは宗達が詠んだ俳句なのである。宗達はめちゃくちゃに飲んで記憶を無くしたりしながらも、毎回、ちゃんと俳句を詠んでいるのだ。
今回のエピソードでは、飲み会でのふとした会話から宗達がなぜ俳句を趣味にしているのかということが語られる。それが「まさに日頃酒を飲んでいる心情を表すのにピッタリなんじゃないかと思って」という言葉で、「冷たいビールや燗をつけた酒 旬のつまみなど 飲酒も俳句と同じく季節感が大事だろ」とあとに続く。
なるほど、言われてみれば、宗達の酒の飲み方はすごく季節や旬を大切にしたものだ。『酒のほそ道』では全体を通じて、季節に応じた酒の楽しみ方が何度も描かれてきた。季節の変化とそれに合わせた酒やつまみとを、宗達はずっと五・七・五の言葉で表現してきたのだ。
以前、山小屋の店主で俳句が趣味だという方に話を聞いたことがある。その方いわく、山に登ってそこで見た景色を書き留めておくのには、写真よりも日記よりも、俳句という形式が一番適しているのだそう。まさにそれも宗達と同じで、季語が不可欠な俳句だからこそ、四季折々の山の風情が織り込まれるのだろう。宗達が酒を飲みながら感じてきた四季を追体験するために、俳句に注目してもう一度全巻を読み直さなくてはと思った。
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は6月27日みんな大好き金曜日17時公開予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。