昭和から次々と大物財界人や著名人が飲み込まれてきた「M資金詐欺」をご存知だろうか? 戦後に端を発する長い歴史を持つ、ある意味「伝説的」なこの詐欺は、暗号通貨やメタバースが世界を覆い尽くそうとする令和になってもなお、その「魔力」を持ち続けている。時代から時代へと一部の人間を次々と魅入らせてきた“幻”=「M資金」。その正体を追ったノンフィクション『M資金 欲望の地下資産』が、2022年7月26日(火)に発売された。
今回は、表向きは古物商や美術商として活動しながら、上野を拠点に詐欺を働く集団『上野グループ』とM資金の関わりについて一部をご紹介する。
表の顔は美術商、裏の顔は骨董品詐欺集団
昭和の後半頃から、上野を拠点に詐欺業界で『上野グループ』と呼ばれるようになった者たちがいる。
メンバーは上野にある某古美術商の主人である『S氏』を中心として、同業の骨董品店の店主や骨董品・美術品好きの高齢の会計士、そこに関わるブローカーたち約10人前後で構成されている。彼らもまた、他のグループ同様に高齢者たちの集まりである。ブローカーの面々は御徒町の宝石ビジネス詐欺や金塊詐欺にも精通した人間が顔を揃えていた。
彼らは、骨董品や美術品の詐欺を得意としていた。
どこの物ともわからない古びた刀に偽造した鑑定書を付け、それを「坂本龍馬の愛刀である」と言い張り、某県の老舗旅館に対して「これがあれば客寄せになるから」と説明し1億5000万円で売り払ったり。どこの物ともわからない酒杯に、またしてもありとあらゆる鑑定書や資料を付けて、これが「李氏朝鮮王朝の王様が所有していた幻の酒杯である」と言い張って10億円で売りに出してみたりと、実に壮大なロマンを漂わせた詐欺行為を繰り返していた。
そんな彼らだからこそ、同じような匂いを放つM資金話は、言うなれば親戚や兄弟のようなもので、日常的にM資金信者やトレジャーハンターたちとの交流も多くあったため、M資金詐欺も仕掛けるようになったのだ。
もともと骨董品などの古物商や美術商に興味を持つ資産家たちとのコネクションを持っていたため、彼らは他のグループのように企業の社長や会長といった人物を相手にするよりも、個人の資産家などをターゲットにM資金詐欺を展開した。
彼らはビジネスの世界で暗躍するというより、どちらかと言えば趣味や個人の資産管理の世界でM資金詐欺を働いている。
上野グループの面々は大手町グループや新橋グループの詐欺師と違い、古物商や美術商といった表の顔がしっかりとあることから、わざわざ自分を大きく見せるための小細工をする必要はなかった。
骨董品の世界の一部には、とてもダークな側面がある。古くは明治維新による神仏分離政策から起こる廃仏毀釈によって、仏像を有する寺院と神社が一体化した神宮寺(別当)の解体が進められ、別当に収められていた国宝級の逸品や木彫品などが闇市場に多数流通するようになり、蒐集家たちの間で高額取引されていた。
博物館や美術館に保管されるわけでもなく、神仏分離政策で「どうせ、壊されて焼かれてしまう神社(別当)の品だから、焼かれるよりは売り買いされて、この世に残したほうがいい」という思いもあったのだろうか。他方では地元住民たちの嘆願で取り壊しを免れた有名神社の別当からも、そこに勤める社僧(神社で仏教行事を務める僧侶)が、多数の品々を古物商や美術商を通じ闇ルートに流し、現金化し私腹を肥やしたという話が漏れ伝わっている。
終戦後もその流れは変わることなく、社僧たちが神社にあった歴史的な品々を闇で次々と売りさばいていた。
信心深い人からすれば、とんでもない行為だが、これがかつて多くの神社で起こっていた歴史の事実である。すべての神社がそうではないが、この手の神社が日本国内にはいくつも点在している。
神社だけではなく、仏像や掛け軸などを売る寺院もいくつかあった。やがてその品数も尽き始めてきた頃、どこかの古物商が絵画の贋作を模倣して本物だと売り始めた。
明治時代から価値ある骨董品は、正規オークションよりも闇ルートのほうが手に入りやすいことを知っていた蒐集家たちは、興味を持った品々を高額で買い続けた。
そもそも古物商や美術商と繋がる鑑定士が「鑑定の結果、これは本物です」と言ってのける世界である。いったいなにが偽物で、なにが本物か? 誰にもわからない世界だ。
客は「本物だけが欲しい」と願うのはもちろんだが、現実的には「自分が信じた物を本物だ」と思ってコレクションする、といったところである。
よって骨董品などの古物を扱う世界は、疑い深かったり、生真面目で、几帳面だったりする人には、やや不向きなところだ。
上野グループの中心人物であるS氏は、
「一見、とてつもなくぬるくて、とてつもなくダマしやすい世界のようにも見受けられますが、実は顧客層や蒐集家たちが持つ歴史的知識や古物の知識が博士レベルでしてね。
たとえば偽物を売るにしても、生半可な出来では通用しませんよ。もうほとんど100パーセントの復刻でなければ、太刀打ちできないほどです。相当な復元技術を兼ね備えていなければ、この業界ではやっていけないですね」
と、贋物取引業界の真髄を明かした。
彼らは他の詐欺師たちでは真似できない『知識』と『復刻技術』が求められるという極めてマニアックな領域に生息していることから、他の詐欺師たちが土足で荒らしてくることもない。その代わり自分たちも他の種類の詐欺行為の知識や経験が浅いため、あえて別の詐欺行為に手を出すということもなく、贋物詐欺をやることがほとんどだ。彼らは日々の仕事の流れで、ごくたまにM資金詐欺をやっているという。
彼らは職業柄か、被害者になりうる客の情報について以前から把握している場合が多い。
大手町グループ、新橋グループ、岩合グループでさえも、騙せそうな相手をトレジャーハンターたちのコネクションを悪用して探しているのに、上野グループがさほど苦労せずに、騙す相手(客)の情報をどうやって集めているのか?
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※この続きは現在発売中の『M資金 欲望の地下資産』にてお読みいただけます。
本書では、今回紹介した内容のほかに、全5章に渡ってM資金の誕生から現在も続く令和のM資金詐欺の手口、詐欺師たちの生態、M資金に群がる大手企業などの経済人、M資金最新の手口や次の“生贄”とされる危険について記されています。本書内にはM資金関連年表も掲載。令和のM資金詐欺問題に立ち向かうための必読書です。
筆者について
ふじわら・りょう。週刊・月刊誌や各種web でアウトロー分野の記事を多数執筆。マンガ原作も手がける。万物斉同の精神で取材・執筆にあたる。