1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新55巻が絶賛発売中! 累計発行部数600万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。3865円でふたりでどうやって飲むか。そして、飲兵衛における理想の上司とは。
「2人合わせて3865円か…」「ま、飲めない金額じゃないよな」
夕方、友人の竹股と街へ飲みにくり出そうとする宗達。ところがお互いに懐具合が寂しいことが判明し、軍資金を計算してみると、ふたり合わせて3865円。じゃあまたこんどにするか、と判断すればいいのに、「ま 飲めない金額じゃないよな」となるのが酒飲みの滑稽さだ。そして、自分の経験を思い返しても、身に覚えがありすぎる。
お手頃な晩酌セットを注文し、ちょいと高級な生ビールは半分ずつ飲んで、2杯目からは最安のチューハイに切り替えるなど、涙ぐましい努力でその場を楽しむふたりの飲兵衛の姿は、悲しくもあり、幸せそうでもある。
ラストシーン、宗達の勘違いもあって、合計金額は4095円。さてどうするかという結末も見ものだが、そもそもそんなにギリギリまで飲まなければいいじゃん、というツッコミは、無粋というものだろう。
「罰としてキミはそのサンマを提供しなさいっ。ボクは部下の監督不行き届きでビールを買ってくるから……」
仕事の外回り中、タイムサービスで6尾900円というお得なサンマを発見し、つい衝動買いしてしまう宗達。それだけならまだあるあるの範疇とも言えるが、その勢いで七輪と備長炭まで買ってしまうのは、さすが酒飲み日本代表だ。
それらを両手に会社に戻り、早めに帰ってさんまで晩酌を……と思いきや、そんな日に限って突然の来客や急ぎの用件が次々舞い込んでくる。泣く泣く仕事をしていると、デスクの横の大荷物に気づいた課長に聞かれる。「さっきから気になってたんだけど このつつみは何?」。正直に顛末を話した宗達に対し、「仕事中にけしからん!」と怒るのかと思いきや、課長も酒飲み。その返しが粋すぎて、こんな上司がいたら一生ついていきたい! とすら思ってしまった。
結果、残業を終えた同僚たちとともに会社の屋上でサンマを焼き、缶ビールで乾杯。これ以上にうまいさんまの食べかた、ないんじゃないだろうか?
* * *
次回「小さなシアワセの見つけかた 『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:スズキナオ)は7月5日(金)配信予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。