1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、現在単行本55巻を数え、累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。スキー場でのウマい酒の飲み方とは。そして、風邪と酒。
「ゲレンデの上のほうの見晴らしのいいところに、白ワインを雪の中に埋めておくんだ。で、ひとしきりすべったあと、こいつを掘り出してカンパイするんだよ」
仲間たちと一緒にスキーをしに出掛ける宗達。新幹線に乗って目的地に向かう道中、「岩間さん、スキー場でのウマい酒の飲み方ってどんなのですか?」と聞かれたときの答えがさすがだ。昼ご飯の前にゲレンデのてっぺんからふもとまで一気にすべりおりてきてロッジの食堂で飲む生ビールや、晩御飯を食べながら飲むホットウイスキーの美味しさも捨てがたいが「もっとオシャレな飲み方があるんだな」という。それで語り出したのがこの名言である。雪の中に白ワインの瓶を埋めておくなんて、なんとも宗達らしい、ちょっと憎ったらしいほどにひねりの効いた楽しみ方だ。
「山頂で飲むキンキンに冷えたワインは最高だぜーっ」と得意げな宗達に対し、一同は「さすがは岩間さん」と感心し、そのまま真似してみることに。しかし、実際にやってみると、タイミング悪く、視界もきかないほどの吹雪となり、冷えた白ワインを飲んでも体が冷えるだけ。「これのどこが最高なんですか…」とみんなが散々文句を言っているその頃、なぜか宗達はスキーをせず、暖かい食堂で雪景色を肴に悠々と酒を飲んでいるのであった。
「ウーム。やっぱり酒は百薬の長じゃな~」
特に初期の『酒のほそ道』には、おいそれとマネのできないハードコアな飲み方がたくさん登場するのだが、これもそのひとつだろう。38度2分の熱を出して会社を休むことにした宗達。セキも鼻水も出て、どうやら完全に風邪をひいてしまったらしい。しっかり眠って体を休める前に、栄養をとっておかねばと「玉子酒」を作って飲むことにした。あんまり美味しいものにはならなかったが、「こりゃクスリだなクスリ」と、ひと思いに飲み込む。
それで寝ればいいものを、テレビで見た「ホットワイン」の作り方を思い出す。今度は玉子酒より美味しくなり、「栄養つけにゃ」とチーズも食べる。と、ここから徐々に方向性が怪しくなってきて、おろししょうがのしぼり汁を温かい紹興酒にあわせたオリジナルの「紹興薬酒」を作って飲み、風邪に効くというのでネギを網で焼いて食べ、さらには「ホット・サケ」、つまりはただの熱燗を飲み始める。
「やっぱりコイツがいちばんいいや」とほろ酔いの宗達。とうとう粒ウニと塩辛を用意してテレビを見ながらコタツの小宴。「早く寝ろ早くーっ」と作者もマンガの外からつっこむほどの自由気ままっぷりである。
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次回「小さなシアワセの見つけかた 『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は7月26日(金)配信予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。