1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始、最新56巻が絶賛発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。自分史上ナンバーワンのビールを飲むシチュエーションとは。この世でもっとも不要なことのひとつとは。
「オレも行って手伝うからビール飲ましてくれ――っ」

飲み仲間の竹股の出身地は山形の豪雪地帯。実家の兄が入院中につき、今年の冬は雪おろしを手伝うために実家に帰るという。
それを聞いて、大変そうだな〜と反応する宗達と斎藤。ところが竹股が「だけど雪おろしが終った直後に飲むビールがすばらしくうまくてさ」と言うと、宗達の表情が一変。続く「全身汗びっしょりになってるからな そのうまさは自分史上ナンバーワンだな」というセリフを聞き、「オレも行くっ!」と反射的に叫ぶ。うまいビールが飲めるというだけの理由で、山形行き、さらにハードな雪おろしを手伝うことを即決できる男。さすがだ。
ただし当然、初心者の宗達はあまり役に立たず、序盤でリタイヤして家のなかに避難。作業を終えて真にうまいビールを飲む竹股を見て、「い、いいなあ…」とつぶやくばかりなのだった。
「ちょっと練習しようか?」

新入社員が会社の花見の場所取りをするシーンは、サラリーマンが登場する漫画の定番のひとつだ。
今年は若手の小篠がその役で、昼過ぎから場所取りに行く予定らしい。それを知った宗達は「オレもつき合うよっ」と声をかける。なんていい先輩なんだと思うかもしれないが、実は午後の外回りの予定が相手の都合でキャンセルになり、予定がポッカリ空いてしまったからというのが真相。つまりはサボりというわけだ。
シートにごろりと横になって桜を見上げる宗達。その横には、手際のいい小篠がすでに手配した潤沢な酒類がある。となれば当然、フライングで一杯やりはじめてしまいたくなるのが酒飲みというもの。そこで宗達の言い放ったセリフ「ちょっと練習しようか」が、せめてもの言い訳的で味わい深い。花見で酒を飲む“練習”なんて、この世でもっとも不要なことのひとつだろう。しかしながら、その背徳的なうまさは容易に想像できてしまう。
結果、花見が始まるころには寝てしまい、事情を知らない課長に「よっぽど疲れているんだろう」と心配までさせる始末。罪な男だ。
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:スズキナオ)は3月21日みんな大好き金曜日17時公開予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。