第5章 CMと就職情報サイトに踊らされない仕事選び/宮台教授の就活原論

学び
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『絶対内定』ではもう受からない! 今、この社会はどうなっているのか? 今、本当に求められている資質はなんなのか? 今、就職活動をどう乗り切ればいいのか? 日本を代表する社会学者にしてかつて東京都立大学(旧・首都大学東京)の就職支援委員会委員長を務めたこともある著者・宮台真司が語る、社会のこと、働くこと、就職活動、全てを串刺しにした画期的就活論。2011年に刊行され、今もなお就活生のバイブルとして読み継がれている『宮台教授の就活原論』から、一部を試し読み公開します。これから社会に出る若者と、働くことを見つめ直したい社会人のための必読書。理不尽な就活を強いるデタラメな社会を生き抜くために、就活の原理を共に学びましょう。

東大生の就職もイメージ優先

どんな仕事か知りもせず、イメージ優先で就職を希望する学生が多すぎるという話をしました。先に述べましたが、東京大学でも僕が助手だった80年代後半には、女子学生就職希望ベスト3は決まって、1位が国連職員、2位が弁護士、3位が医者だったものです。

この3つに共通する特徴は、第一にパブリックな仕事で、第二にリスペクトされると期待できること。要は、世の人々に承認してもらえる資格があると思えるところです。前章では親からの承認の話をしましたが、「仕事の中身」よりも「周囲の承認」という傾向です。

お金になるよりも、権力を握るよりも、「立派だね」「よくやってるね」と周囲から承認されることが好まれます。あるいは「世に役立つこと」そのものより「世に役立っていると周囲から褒められること」が好まれます。この傾向が年々強くなっていると感じます。

東大助手をしていた1990年に、大学間比較の統計調査をしましたが、東大生には公務員を親に持つ子が早稲田などの一流他大よりずっと多く、それもあってか、社会のために働きたいと答える学生の割合は七割(一流他大平均の2倍以上)に及んでいました。

こうした「社会貢献」願望が文字通りのものなら良いのですが、それが紋切型の「国連職員・弁護士・医者」願望に集中するところから推測する限り、かなりの割合が「皆が社会貢献的だとイメージするもの」に惹かれており、承認欲求と不可分だろうと推測できます。

僕はこうしたイメージ優先を危惧します。例えば国連職員。航空機での移動は全てエコノミークラスの5倍するビジネスクラスか、10倍するファーストクラス。ホテルもVIP待遇。1年の半分は休み。それでも社会貢献的だとする世の中の承認が得られるわけです。

国連経費の8割以上が人件費とも言われ、その官僚天国ぶりは言語道断の域に達します。アメリカが国連への拠出金を滞納する最大の理由は、国連の官僚天国ぶりにあります。もちろん良い仕事をする職員も少なくないと思いますが、それだけで正当化はできません。

こうした事実を知って国連職員になるのか、知らずになるのかは、大きな違いです。後者であれば、理不尽な特権階級ぶりを、社会的承認によって覆い隠す、堕落した社会人になることを意味します。実際にどんな仕事かも知らずに人気職業を志望するのは問題です。

内定取り消しは仕方ない

企業イメージや職業イメージに惹かれて、仕事の中身を吟味せずに就社を希望する学生が多いことを、拙著『日本の難点』でも問題視しました。そこでも記したことですが、学生たちはテレビなどでの企業広告に左右され過ぎ、合理的な就職活動ができていません。

企業には、BtoBと、BtoCの企業があります。Bは business で、Cは consumer。企業相手に中間生産財や設備を売るのがBtoB、消費者相手に最終商品やサービスを提供するのがBtoCの企業です。BtoCの企業は消費者相手に膨大な広告費を使います。

当然ながらテレビなどでの広告に登場するのは、専らBtoCの企業になります。テレビ広告が振りまくイメージに影響されて就職活動する学生は、BtoBの企業に目が向きにくくなります。だから、学生の大半はBtoCの企業に就職したがることになります。

大学生にもなってBtoB企業とBtoC企業の識別もできず、消費者広告に登場するのがBtoCの企業ばかりであることを知らないというのは、頭が悪すぎます。『会社四季報』にあたり、財務諸表を検討する、などして初めて優良企業か否かが分かるのです。

あるいは、同じBtoCの企業――例えば携帯電話のキャリア――でも、学生の大半は、派手な広告を展開する企業に行きたがるので、業績に問題を抱えがちな企業のほうが就職人気が高いという事態が起こっています。むろん、業績だけを見て就職するのは考えものですが。

アメリカやヨーロッパにはコミュニティバンクと呼ばれる金融機関があります。地域コミュニティに貢献的だと評価されれば事業リスクがあっても融資をするし、逆に、儲かる事業だと分かっていてもコミュニティに非貢献的だと評価されれば融資をしません。

日本にもナントカ信用金庫と呼ばれる地域金融機関がありますが、脱原発宣言をして自然エネルギー方面について有利な融資メニューを揃える、城南信用金庫(東京都+神奈川県)のような、儲けよりも公共性を優先するような真のコミュニティバンクは、ごく少数です。

皆さんが就職活動をする際にも、コミュニティバンクの経営方針のように、儲けと同程度かそれ以上に公共性を評価する態度があっても良いでしょう。しかしその際にも、企業の公共的活動がどれだけ持続可能かを評価するには、財務諸表の検討が欠かせません。

2008年頃から業績が悪化した企業による内定取り消しが社会問題化していて、世間は同情的ですが、多くの場合、僕は学生に同情しません。『会社四季報』や『帝国データバンク』などを読まず、イメージ先行で就職先を決めている学生が大半だからです。

メディアリテラシーの肝は「視座・視点・視野」

広告に影響されがちな消費者目線での会社選びから、どうすれば脱することができるのでしょうか。もちろん、ここでは、適職幻想に踊らされることなく、なおかつ、自分の最終目的&優先順位が定まった状態で、就職活動をしていることが前提になります。

テレビや新聞雑誌やインターネットで入手できるのは、消費者向けに加工された誘引情報ですから、たとえ社会貢献的な価値を訴えている場合でも、真に受けるのは問題です。財務情報を入手する以外に、どんな情報にアクセスすれば良いのでしょうか。

やはり、企業内部の人の話を聞いてほしいのです。そうすることで、ものづくりやサービス提供についての戦略や、同業他社に負けないための狡猾さを、徹底的に観察してほしいのです。アウトプットではなく、インプットにこそ注目してほしいと思います。

とりわけ重要なのは、木で鼻をくくったような公式見解ではなく、ハイコンテクストな情報あるいはパーソナル情報です。人の言うことは文脈次第で変わるものですが、文脈次第で言うことがどう変わるかを通じて、それを左右する不変項を探り出すのです。

新聞雑誌やインターネットにアクセスすると、企業の広報担当や開発者がインタビューに答えるなどして様々な情報を発信しているのを見つけることができます。でも、大半は受け手を意識した印象操作です。やはり内部の人間からじっくり話を聞くことが大切です。

新聞雑誌やインターネットなどの情報で送り手の状況を正確に掴むのは、難しいことです。今述べたように、メディアから流れる情報を真に受けずに、さまざまな社会的文脈、例えば送り手の権益や心理を想像して評価する能力を「メディアリテラシー」と言います。

これを身につけるには、遅くとも思春期が終わるまでにメディアリテラシー教育を受ける必要があります。テレビや新聞雑誌に接触しているだけでメディアリテラシーを獲得するのは無理です。コンテンツを真に受けずに距離を取るにはエネルギーが要るからです。

このエネルギーは感染(ミメーシス)を含めて通常は対人的に与えられる他ないでしょう。作り手は然々の組織で然々のポジションにあり、然々の組織は然々の業界内で然々のポジションにあり、然々の業界は経済界で然々のポジションにあり……という具合です。

外務省でかつて諜報活動に従事しておられた佐藤優氏が仰るには、どの国の諜報活動も9割はテレビや新聞雑誌で公に流された情報をデータとして分析し、全体像を浮かび上がらせる活動です。社会的文脈を知れば、公けにされたものから莫大な情報が得られます。

このメディアはある視座から報じているが、なぜ別の視座に立って報じないのか。このメディアはあるところに視点を合わせているが、なぜ別のところに視点を合わせないのか。このメディアは視野を制限しているが、なぜもっと広く視野を取らないのか……。

どんなコンテンツについても必ず、視座・視点・視野の恣意性があります。恣意性とは、本来別様の可能性があるのに現実にはソレでしかないという状態です。視座・視点・視野の恣意性に気づき、なぜソレが選択されているかを問えば、膨大な情報が得られます。

* * *

この続きは『宮台教授の就活原論』本書にてお読みいただけます。

筆者について

みやだい・しんじ。社会学者。大学院大学至善館特任教授。東京都立大学教授。東京大学文学部卒(社会学専攻)。同大学院社会学研究科博士課程満期退学。大学と大学院で廣松渉・小室直樹に師事。1987年東京大学教養学部助手。1990年数理社会学の著作『権力の予期理論』で東京大学より戦後5人目の社会学博士学位取得。権力論・国家論・宗教論・性愛論・犯罪論・教育論・外交論・文化論で論壇を牽引。政治家や地域活動のアドバイザーとして社会変革を実践してきた。2001年から「マル激トーク・オン・ディマンド」のホストを務め、独自の映画批評でも知られる。社会学の主要著書に『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎文庫)、『日本の難点』(幻冬舎新書)、『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『子育て指南書 ウンコのおじさん』『大人のための性教育』(ともに共著、ジャパンマシニスト社)、映画批評の主要著書に『正義から享楽へ』『崩壊を加速させよ』(blueprint)がある。

  1. まえがき/宮台教授の就活原論
  2. 第1章 なによりも”適応力”が求められている/宮台教授の就活原論
  3. 第2章 仕事は自己実現の最良の方法ではない/宮台教授の就活原論
  4. 第3章 自己実現より”ホームベース”を作れ/宮台教授の就活原論
  5. 第4章 自分にぴったりの仕事なんてない/宮台教授の就活原論
  6. 第5章 CMと就職情報サイトに踊らされない仕事選び/宮台教授の就活原論
  7. 第6章 就職できる人間になる“脱ヘタレ”の心得/宮台教授の就活原論
  8. 第7章 社会がヘタレを生んでいる/宮台教授の就活原論
  9. 第8章 すぐには役立たない就活マニュアル/宮台教授の就活原論
『宮台教授の就活原論』試し読み記事
  1. まえがき/宮台教授の就活原論
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  9. 第8章 すぐには役立たない就活マニュアル/宮台教授の就活原論
  10. 『宮台教授の就活原論』記事一覧
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