第8章 すぐには役立たない就活マニュアル/宮台教授の就活原論

学び
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『絶対内定』ではもう受からない! 今、この社会はどうなっているのか? 今、本当に求められている資質はなんなのか? 今、就職活動をどう乗り切ればいいのか? 日本を代表する社会学者にしてかつて東京都立大学(旧・首都大学東京)の就職支援委員会委員長を務めたこともある著者・宮台真司が語る、社会のこと、働くこと、就職活動、全てを串刺しにした画期的就活論。2011年に刊行され、今もなお就活生のバイブルとして読み継がれている『宮台教授の就活原論』から、一部を試し読み公開します。これから社会に出る若者と、働くことを見つめ直したい社会人のための必読書。理不尽な就活を強いるデタラメな社会を生き抜くために、就活の原理を共に学びましょう。

OBを活用しろ!

就活中の学生は学歴について気にします。僕が勤める首都大は、人文・社会系の入試偏差値が60前後と高く、早稲田、慶応とさほど遜色ありません。でも知名度がないので、就職活動の場面で、例えば早慶の学生たちと自分を較べて「理不尽さ」を感じる学生は多いようです。

首都大のキャンパスは八王子市南大沢にあり、場所柄から神奈川出身者が目立ちます。神奈川はアチーブメントテスト(中学2年時の試験)を実施する神奈川方式(アチーブメントテストと内申点を高校入試に反映)を採用してきたので、学校で「よい子」をしてきた人が多い。

そのせいか、首都大生には「よい子」が多く、クラスの2番が来る学校だと言われ続けてきました。就職志望は地方公務員と地方金融機関が専ら。地味でおしゃれ度が低く、目立つのがイヤで、全体として華やかさを欠く雰囲気があります。入試科目が多いせいもあるでしょう。

大学が小規模なせいで、サークル活動のバリエーションと活性度が乏しく、同じ理由で、OB&OGの社会的なつながりも薄い。卒業者の延べ人数が少なく、世間で認知される機会が乏しい。当然、首都大生が使えるコネも乏しく、早慶の学生を羨ましがるのは自然なことです。

首都大生は学歴を気にするというより、同じ入試偏差値で較べた場合の首都大ないし旧都立大のポジションのふがいなさを理不尽に思う部分が大きい。学生やOB&OGの数が少なく、大学の存在感が乏しいことは、就職活動においてディスアドバンテージ(不利)になります。

ある関西の大学に通う学生が、「大手銀行の採用面接で、京大、同志社、立命館……と大学順に学生が呼ばれていくので驚いた」と話していました。なぜそのように一流大学から順番に呼ばれるようなことがあるのかというと、その企業にOB&OGが沢山いるからです。

世間では大学の入試偏差値が有利不利に直接結びつくと思われがちですが、ある程度以上の偏差値であれば、OB&OG人脈が分厚いことが効きます。そのことは、入試偏差値は高いけれどOB&OG人脈に弱い首都大にいると痛感します。

前章で述べた通り、企業から見た場合に人格やコミュニケーション能力に問題を抱えた学生が目立つので、インターンシップやコネを通じて「こいつは確かに大丈夫だ」という保証がある志望者を優先的に採用するわけです。コネが薄い首都大生はますます不利になります。

ですから僕は、就職支援委員長だった2008年度まで「OB&OGネットワークの活性化」を呼びかけていました。大学の就職課はむしろ裏方に回り、OB&OGのコネクティビティをできるだけ強くするための支援をする。そうすれば首都大生の不利は緩和されます。

OB&OGのコネクションが強力だと、企業情報の収集上も有利だし、「こいつは確かに大丈夫だ」という保証上も有利だし、同じ業種内などでの転職上も有利になります。現在も旧都立大OB&OGが中心のOB会がありますが、年長者のための親睦会みたいになっています。

そういうものではなく、誰でもブログを作れる時代なのですから学生とOB&OGが集えるブログを作ったり、誰でもグーグルやヤフーなどのグループメールの機能を手軽に使える時代なのですから、メーリングリストを作ったりする。それを就職課が支援するという形です。

就職活動中の学生が、自分の置かれた状況を書き込んだり、質問したりアドバイスをお願いする。あるいは既に就職した先輩が、自分の就活経験を書き込んだり、質問の回答やアドバイスを書き込んだりする。そうしたやりとりを通じて、学生が先輩に自分を売り込む……。

首都大生は、早慶の学生に較べると、OB&OG集団の小規模さと結合の弱さゆえに、情報とコネが乏しい状況で無駄にジタバタしがちです。公務員試験でも、筆記試験で合格したのに省庁回りで内定を取る段階になると落ちまくるのも、同じ背景があるだろうと睨んでいます。

現時点ではこうしたハンディを学生たちが自分で主体的に埋めるしかありません。単に勉強やサークルに打ち込むだけでなく、そうした活動によってつながるネットワークを作らなければなりません。さもないと小規模大学の学生であることのハンディを克服できません。

僕がこういうことを言うまでもなく、首都大生の最もアクティブな層は、首都大ネットワークの小規模性や閉鎖性を察知して、外にネットワークを求めています。そういう層は、最も非アクティブな層と同じようにあまり大学に来ません。それはそれで賢明なことだと思います。

つまり、同じ演劇活動をやるなら早稲田の演劇サークルに関わるとか、NPO活動なら慶応湘南藤沢キャンパスのサークルに関わるとか、より活動的でコネクティビティの高い場を探すほうが賢明です。小規模大学の学生は早くからこうした有利不利問題に敏感であるべきです。

偏差値ではなく要領の問題

僕のゼミに来る学生たちは様々な偏差値の大学から来ています。首都大生が占める割合は30人中10人以下。入試偏差値はいろいろなのに、偏差値に関係なく学生たちのレベルは極めて高いのです。学生たちのレベルと入試偏差値が関係ないのは、ここ数年、目立つ傾向です。

「いい学校・いい会社・いい人生」の如き軌道が不明確になったことは、一方で将来不安を引き起こしていますが、他方で全身全霊をかけて受験勉強した上で大学に入る学生たちの割合を減らし、大学の入試偏差値が低くても余力と伸び代のある学生たちを増やしているようです。

学生たちを見る限り、自分がどれ程の入試偏差値の大学に通っているのかが、かつてほど劣等感や優越感に結びつかなくなりました。そうした尺度以外に、モテるのかモテないのか、人生の経験値が高いのか低いのか、といった尺度が重要になり、全体的に多元尺度化しました。

現在のように高卒者の5割以上が大学に進学する状況では、よほど入試偏差値の高い大学以外は学歴が意味を持たなくなります。公立小学校でクラスの5割以上が将来大学に行くことを考えたら、当たり前のことだと思います。上位大学以外は偏差値に意味がない時代です。

加えて、低偏差値大学の、しかし伸び代のある学生と、東大早慶などの高偏差値大学の、いわば伸び代いっぱい使った学生とがゼミで討論する場合、前者が必ずしも後者に劣らないというケースも目立ってきました。採用現場でもそのことが次第に気づかれていくことでしょう。

ただ、有名大企業が学歴を覆面にして採用試験をやっても、最終的に残るのは東大早慶ばかりというのは昔からよく聞く話です。それ自体は今も変わりません。先のOB&OG人脈の話を横に置けば、偏差値の高い大学には事務的な作業について要領の良い学生が多いからです。

そうした学生に自己実現幻想に関わる期待外れや人間関係的なストレスに耐える免疫力があるかどうかは別問題なので、彼らが企業に残って高いパフォーマンスを示すかどうかは分かりません。でも事務作業の要領の良さが保証されている点で、企業はリスクをヘッジできます。

厳密に必要条件&十分条件を考えれば、高偏差値大学の学生ならばほぼ全員の事務能力が高いと言えるものの、低偏差値大学の学生のほぼ全員の事務能力が低いとは言えません。最近は、さして意味があると思えないので大学受験に真剣に取り組まなかった学生がいるからです。

とはいえ、低偏差値大学にも存在するはずの、伸び代があって事務能力もある学生は、よほど分厚いOB&OG人脈がない限り企業に発見してもらうのは容易ではありません。でも僕の私塾を見るとそうした学生が存在するのは確かで、そこに企業側から見た盲点があります。

ちなみにOB&OG人脈について言えば、地方の就職では、出身大学よりも出身高校のほうが就職に強く関わります。理由は、地方企業には地元高校のOB&OGが大勢いるからです。極端に言うと、東大を出ていても、地方の企業に就職したい場合にはあまり役立ちません。

GHQの方針で各県ごとにある地方新聞社は、だいたい6割以上のシェアがありますが、これら新聞社はほとんどが大学閥でなく高校閥によって貫かれています。唯一に近い例外が高知県で、高校閥がほとんどなく、高知新聞社にあるのも大学閥だけです。

いずれにせよ、分厚い高校のOB&OG人脈があれば、一流大学に進学することがなくても、「こいつはスゴイ奴だ」という具合に伸び代がある人材が発見される可能性が高まります。地方に限らず、こうしたオルタナティブなリクルーティングルートがあっても良いでしょう。

就活本のバカヤロー

『面接の達人』などを含めた就活本を真に受けてなぞるだけでは、多くの受験者が同じように振舞うので、アピールできません。というよりも、むしろ低く評価されます。マニュアルを額面通りになぞるだけで何とかなると考えること自体が、能力の低さだとみなされるのです。

それは大学入試の小論文試験を採点する場合と同じです。複数の教員が採点するのですが、似た答案が多いと感じる場合、他の教員もそう感じないかどうかを打診し、複数の答案を突き合わせて、用語や構成から単なるコピペであると判断されるものは減点の対象にするのです。

就活マニュアルが企業研修と結びついているのは第2章で述べましたが、実は企業研修の方法は自己啓発手法アウェアネストレーニングメソッドに基づいています。自己啓発手法において重要なのは、あるメソッドで自己制御をうまくしているかを見極めることよりも、ステージの高さを見極めることです。

自己啓発手法にはゲシュタルト療法、交流分析、神経言語プログラミングなど複数のメソッドがありますが、日常の行為や体験を支える枠組(ゲシュタルト、スクリプト、プログラム等と呼ばれる)を書き換え、通常は不可能な行為や体験を可能にする点は共通です。

行為や体験を支える自明な枠組を書き換える仕方にメソッドごとの特徴があります。こうした言い方で分かるように、人間は、体験や行為を支える自明な枠組を書き換えることで、簡単に限界(と見えたもの)を超えられる程度の存在であることを弁えること自体が大切です。

例えば、そのようにして「限界を乗り越え」た人がいるとして、彼や彼女は性格を書き換えたことになるのでしょうか。答えはノーですが、こうしたメソッドを使った「限界の乗り越え」が何を意味するのかを再帰的に理解できる度合いでステージの高さを見ることができます。

自己啓発手法を使って行為や体験の枠組自体は比較的容易に書き換えられますが、トレーナーの力量も、書き換えの効率性や有効性に加え、こうした書き換えがパーソンシステムと社会システムにとってそれぞれ何を意味するのかをどう理解しているかで測られるのは同じです。

ことほどさように、就活マニュアルや就職トレーニングにおいても、マニュアル通りになぞることが重要なのではなく、こうしたマニュアルが何を意味するのかを再帰的に把握する仕方が大切になります。つまり、マニュアルに対する理解の仕方でステージが測られるわけです。

言い換えれば、沢山のマニュアルを読んだ上で個々のマニュアルに対してメタ的な立場を取れるようになることで、個々のマニュアルに縛られない自由を獲得することが重要になるということです。一般にマニュアルとはそのように使うものだと思いますが、いかがでしょう。

どの大学でも、就職課では就活マニュアルに載っているようなワークシートをやらせているわけですが、そのことの意味が、マニュアルを反復的に再現すること自体にはないことをちゃんと学生たちに伝えているでしょうか。企業の目線を取得できることが一番大切なのです。

よく言われることではありますが、企業の採用試験は、企業が学生を評価するだけでなく、学生が企業を評価する場でもあります。企業がどんな採用方法を用いているのか自体を、学生が企業を評価する材料として使えばいいのです。

一生懸命ワークシートをやって、自分を発見して……というような『絶対内定』的な手法が素朴に通用してしまうような企業は、やはりダメな企業です。そんな会社に入ってもろくなことはないと断言できます。なぜなら、人材の価値というものが分かっていないからです。

もちろん大企業ともなれば面接官のばらつきが大きいし、最初の段階では「下っ端」が面接官をやるから、中には『絶対内定』的なものを要求してくる向きもあるでしょう。その程度の面接官には『絶対内定』的に応答してもいい。要は、その程度のものなのです。

就活マニュアルは皆に与えられた共通のツールであり、それをどうメタ的に理解して使いこなすかが競争ゲームの本体なのです。その意味で、就活マニュアルをいちいち真に受けて反復する学生は既に敗北しています。自分の目で観察し、自分の頭で考えなければいけません。

ここまでの話を踏まえ、以下では就職試験の各段階で求められる能力を考えます。むろん、ここに書いてあることさえあればOKというわけじゃないし、ここに書いてあることをクリアしなければ就職できないわけでもない。あくまで演技の参考にするつもりで読んでください。

* * *

この続きは『宮台教授の就活原論』本書にてお読みいただけます。

筆者について

みやだい・しんじ。社会学者。大学院大学至善館特任教授。東京都立大学教授。東京大学文学部卒(社会学専攻)。同大学院社会学研究科博士課程満期退学。大学と大学院で廣松渉・小室直樹に師事。1987年東京大学教養学部助手。1990年数理社会学の著作『権力の予期理論』で東京大学より戦後5人目の社会学博士学位取得。権力論・国家論・宗教論・性愛論・犯罪論・教育論・外交論・文化論で論壇を牽引。政治家や地域活動のアドバイザーとして社会変革を実践してきた。2001年から「マル激トーク・オン・ディマンド」のホストを務め、独自の映画批評でも知られる。社会学の主要著書に『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎文庫)、『日本の難点』(幻冬舎新書)、『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『子育て指南書 ウンコのおじさん』『大人のための性教育』(ともに共著、ジャパンマシニスト社)、映画批評の主要著書に『正義から享楽へ』『崩壊を加速させよ』(blueprint)がある。

  1. まえがき/宮台教授の就活原論
  2. 第1章 なによりも”適応力”が求められている/宮台教授の就活原論
  3. 第2章 仕事は自己実現の最良の方法ではない/宮台教授の就活原論
  4. 第3章 自己実現より”ホームベース”を作れ/宮台教授の就活原論
  5. 第4章 自分にぴったりの仕事なんてない/宮台教授の就活原論
  6. 第5章 CMと就職情報サイトに踊らされない仕事選び/宮台教授の就活原論
  7. 第6章 就職できる人間になる“脱ヘタレ”の心得/宮台教授の就活原論
  8. 第7章 社会がヘタレを生んでいる/宮台教授の就活原論
  9. 第8章 すぐには役立たない就活マニュアル/宮台教授の就活原論
『宮台教授の就活原論』試し読み記事
  1. まえがき/宮台教授の就活原論
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  9. 第8章 すぐには役立たない就活マニュアル/宮台教授の就活原論
  10. 『宮台教授の就活原論』記事一覧
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